AnPonmanの 情熱のスペイン&悠久のポルトガル10日間 (2007年10月7日~16日)

7 October 2007... Osaka Airport >>> Amsterdam Airport >>> Barcelona Airport >>> Barcelona
1日目(曇り⇒晴れ⇒晴れ) 関西空港発⇒アムステルダム乗り継ぎ⇒バルセロナ空港着(市内宿泊)

10月7日()週末の関空はなんでやねんっちゅ〜ほどの混雑で手荷物検査は大行列、両替もなんとか間に合いましたけど久々のユーロはやっぱり便利でんな。便器の蝿が懐かし〜アムステルダムでも比較的スムーズに乗り継ぎでき、着いたバルセロナ空港にはFCバルサの専用バスが停まってたやおまへんか!

8 October 2007... Barcelona >>> Valencia
2日目(曇りのち晴れ、宵口夕立) バルセロナ⇒バレンシア(市内宿泊)

10月8日(月)午前中のバルセロナ観光ではガウディの聖家族教会やグエル公園などを見学。午後はバスで地中海に沿ってバレンシアへ約360km。現地のガイドからは朝夕の外出さえ控えるよ〜口うるさく注意されたため、ホテルに到着後連泊の自由行動について添乗員嬢と相談。(上の絵写真は現在も建築中の聖家族教会)

9 October 2007... Valencia >>> Cuenca >>> Madrid
3日目(曇り⇒晴れ⇒晴れ) バレンシア⇒クエンカ⇒マドリード(市内宿泊)

10月9日(火)午前中のバレンシア観光では教会に入らず添乗員嬢に初迷惑をかけ、続いて訪れたクエンカでは旅行仲間が忘れた帽子を探しに戻りペナルティ解消(笑)? 午後からは首都マドリードに向かいバス移動距離合計約385km。治安の悪さに加え自転車レーンのない市内道路事情にもお〜いに幻滅でしたが、三越でのショッピング後は数人の怪しげな中国人が我々のバスを物色。(上の絵写真は世界遺産の断崖絶壁都市クエンカ)

10 October 2007... Madrid >>> Toledo >>> Madrid
4日目(晴れ⇒晴れ) マドリード⇒トレド⇒マドリード(市内連泊)

10月10日(水)は土壇場まで悩んだ末、自由行動を断念してマドリード観光に参加。現地ガイドや添乗員嬢から情報を得るうちに豆チャリでポタる意欲が失せましてん・・・。17年ぶりのプラド美術館では、世界3大名画のひとつラスメニーナス1作に集中しましたけど、午後からのトレド観光では教会周辺をスケッチしながら添乗員嬢と雑談。再度マドリードに戻ってからは大半がオプションに出かけたため数人で夕食、彼女がバスに忘れ物をしたおかげで思いがけないデートができたやおまへんか。(上の絵写真はラ・マンチャの古都トレドの眺望)

11 October 2007... Madrid >>> Consuegra >>> Cordoba >>> Granada
5日目(晴れ) マドリード⇒コンスエグラ⇒コルドバ⇒グラナダ(市内宿泊)

10月11日(木)、移動距離約560kmのこの日はバスが1時間も遅刻してラ・マンチャ地方へ、風車のある丘上ではウィンドブレーカと手袋を着込んでもまだ寒〜おました。いよいよ南スペインに入り、午後のコルドバ歴史地区観光でもまたまた添乗員嬢に探しに来てもろて恐縮。グラナダでの夕食は、バス遅刻のお詫びに飲み放題でしたさかいワイン1本お持ち帰り(笑)。さらに夕食後はフラメンコショーっちゅ〜長〜い1日でしたが、民族色の濃い音楽に目(耳)がない私はあっさり終わってしもたのが残念・・・。(上の絵写真はドン・キホーテにも登場するコンスエグラの風車)

12 October 2007... Granada >>> Mijas >>> Sevilla
6日目(晴れ) グラナダ⇒ミハス⇒セビーリャ(市内宿泊)

10月12日(金)午前中のグラナダ観光では、世界遺産アルハンブラ宮殿の内部装飾に唖然呆然、シエラネバダ山脈の麓にあるせ〜か午前中の冷え込みは厳しおましたでんな。午後のミハスでは残念ながらアフリカ大陸は見えまへんでしたけど、約1時間の自由時間には5分間ラフスケッチを何枚か描いて白い家並みを満喫。さらにアンダルシア地方の中心都市セビーリャへ総距離約370km。(上の絵写真はコスタ・デル・ソルのリゾート地ミハス)

13 October 2007... Sevilla >>> (Border) >>> Evora >>> Lisboa
7日目(晴れ) セビーリャ⇒(国境)⇒エヴォラ⇒リスボン(市内宿泊)

10月13日()、南スペインも安全とはいえまへんけど初めて早朝の散歩を決行、セビーリャのグアダルキビル川沿いには自転車道も整備されちょびっとそそられましてん。寒いことはおまへなんだが、この時期の夜明けは8時頃で日暮れは19時半頃、7時半頃の空には冬の星座が姿を現して明けの明星とともに見事でおました。午前中のセビリア観光後はいよいよ国境を越えてポルトガルに入り、世界遺産エヴォラ歴史地区観光を経てリスボンへ総距離約435km。なお、ファドのディナーショーはオプションでしたさかい泣き泣き断念・・・。(上の絵写真はセビーリャ市内を流れるグアダルキビル川)

14 October 2007... Lisboa
8日目(晴れ) リスボン(市内連泊)

10月14日()はリスボン市内観光をキャンセル、添乗員嬢に離団届けを提出して終日自由行動。周辺に自転車道は見当たらず、ホテル西側の動物園を目印にしてモンサント森林公園へ。日曜日でもあり、早出してきた数組のMTBのグループと挨拶をかわすうち、ひとりのインテリサイクリストが眺めのえ〜丘頂まで案内してくれましてん。坂の多いリスボン市内にも自転車レーンは見当たらず9割近くがMTB、ロードバイクの彼と別れた後は市内南西端まで降りテージョ川河口からベレンの塔へ。公園の芝生では約45分、数人のボールリフティングにも加えてもらいましたが、サッカーは人種や言語を問わずに交流できるところがよろしおま。

南米移民のフォルクローレ演奏が不思議に調和する中で腹ごしらえをすませ、ジェロニモス修道院や新大陸発見記念碑を経て川沿いに中心部のコメルシオ広場へ。ここでもまた青年4人組が変わった楽器で素晴らし〜演奏を披露、爺さん婆さんや数組の若いカップルが踊り出すなどそれはそれは楽しゅ〜ござりました。さらに、リスボン最古の建造物サン・ジョルジェ城に至る石畳坂は豆チャリを押して往復、帰路は北西方向に進みエドワード7世公園の高台からホテルの看板を見つけてひと安心。

夕刻、ホテルに無事辿り着いた途端、3人のスタッフに制止されてこ〜ゆ〜珍問答。
「なんでやねん? これ今から部屋でスーツケースに収めまんねん!」
「ちゃいまんがな! その豆チャリなんぼしまんねん?」
なお、ロカ岬へは行けまへんでしたけど、添乗員嬢が出席証明書をくれたやおまへんか(笑)。(上の絵写真はサン・ジョルジェ城の見えるリスボン市街)

15~16 October 2007... Lisboa Airport >>> Amsterdam Airport >>> Osaka Airport
9~10日目(晴れ⇒曇り) リスボン空港発⇒アムステルダム乗り継ぎ(機内泊)⇒関西空港着

10月15日(月)はホテル出発がなんと朝の5時半とゆ〜強行軍でしたけど、アムステルダムでの乗り継ぎロスタイムは2時間程度。10月16日(火)11時には帰宅でけて、10日間とはゆ〜ても最後は半日でおましてんな。機内が冷え込んだせ〜かちょびっと喉風邪をひ〜たかもしれまへん。

PostScript... おりょ、帰ったらも〜お世話になったリスボンの友人からメールが届いてて、彼のブログには私のダッサい写真まで載せてくれてるやおまへんか。案の定、彼の25×700C極細タイヤはあれからパンクしたよ〜で、スペイン各地も含めた道路事情はMTB系クロスのほ〜が無難でっしゃろか。ツアーでたったいっぺんしか豆チャリの出番がなかったんは初めてですけど、観光最終日のリスボンは暑〜も寒〜もない絶好のポタ日和でひじょ〜にラッピ〜。今回も28人の仲間から運を分けてもろて連日好天にも恵まれ楽し〜旅がでけました。


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