AnPonmanのドイツメルヘン街道ちゃりんこ旅22日間 (2008年4月24日~5月15日)

24 April 2008... Osaka Intl >>> Frankfurt Intl >>> Frankfurt Hbf
1日目(雨⇒曇り) 関西空港発⇒フランクフルト空港着⇒(鉄道)⇒フランクフルト(中央駅前予約ホテル泊)

4月24日(木)早朝は雨、自転車は2日前に輪行して関空に預けたので、パニアバッグを両脇に抱えて6時すぎに出発。不っ細工なことにドイツに行く前からぎっくり腰寸前で、初のひとり旅はスタート時点から不安材料てんこ盛り(笑)。チョンボにも腕時計を忘れて関空のコンビニで安物を購入、ANAスカイポータで自転車を受け取りルフトハンザ航空カウンタでチェックイン、セキュリティチェック及び出国審査後現金20万円をユーロに両替して出発ゲートへ。自転車及び私自身のダメージをちょびっとでも軽減するため直行便を選択。スポーツ用品30kgまで往復160ユーロ(約27200円)っちゅ〜のは大出血ながら、自転車17.5kg+輪行袋や緩衝材約1kg+パニアバッグ片方約5kgではしょ〜がおまへんやろ。

10時37分に関空を出発して、約10時間後の15時ちょ〜どフランクフルト空港に到着。迷子にならんよ〜にみんなの後に続いて入国審査を無事通過、荷物受取所では係の女性が大荷物の出口まで案内して鉄道駅の場所も教えてくれてラッピ〜。自転車は階下の駅に降りるエレベータ近くで組み立てることにしましてんけど、落ち着いて作業したつもりでも両輪に空気を入れ終えた頃には汗びっしょり(笑)。おりょりょ、ボトルケージが根元からちぎれてるやおまへんか・・・後荷台の両側にパニアバッグを取付け、リュックには輪行袋や緩衝材を入れて前荷台に縛り完了。

自販機はチンプンカンプン、中央駅までの切符(自転車込み3.6ユーロ=約610円)を求めて長い列に並び、時々列の後ろに停めた自転車の無事を確認しながらっちゅ〜有様。エスカレータでホームまで重装備の自転車を降ろすのも命懸け、なんとかSバーンに乗って3つ目の中央駅まで行きホテルにチェックイン(初日と最終日予約合計16400円)。トンチンカンな問答で苦戦したもんの駅前のホテルはわかりやすく日本人客もチラホラ、自転車はロビーの近くに置かせてもらい、機内で蓄えたビールやおにぎりを食べて早めに就寝、汗をかいた体に西風が冷たい曇天のフランクフルトでは明日からの天候が心配・・・

25 April 2008... Frankfurt Hbf >>> Kassel Hbf >>> Hann.Munden >>> Hemeln
2日目(曇り⇒曇り時々晴れ一時小雨) フランクフルト⇒(鉄道)⇒カッセル⇒ハンミュンデン⇒ヘメルン(個人宿泊)

4月25日(金) この時節、6時頃にはも〜夜が明けてまっさかい早めに起きて朝食前に駅まで切符を買いに行きました。ところで、ヴェーザー川自転車道の始点はハンミュンデンなんですけど、ガラスの腰や膝とも相談して乗降しやすいカッセル中央駅まで(自転車込み34ユーロ=約5780円)とし、詳し〜地図もないまま無謀にも直線距離約25km北のハンミュンデンまで走ってみることにしましてん。9時22分発とのことでしたがすでに9時頃には地上階15番ホームに電車が入っており、昨日のSバーンのよ〜にエスカレータを登ったり降りたりすることもなくスムーズに乗車。先頭の専用車両に自転車を縛りつけた後は私のよ〜に補助椅子にすわるのはまれでしたが、傍らにトイレもあるしカッセルまでの2時間強はビールを飲みながら退屈しまへんでした。とゆ〜わけで、定刻に発車した列車は11時40分に曇天のカッセルに到着(中央駅かど〜かの確認が必要!)、日本とは違い自転車をそのまま乗せられるのはひじょ〜に重宝しまんねんけど、段差や隙間があってかなり危険な乗降は足腰を痛めんよ〜に注意が必要でおま。

駅前で何人かにハンミュンデンの方向を教わり、ほんまはヴェーザー川の源流のひとつフルダ川に出たかったもんの、延々アップダウンが続く車道を走りながらなんちゅ〜アホなことをしたもんやと後悔しきり。それでもやがて風景が田舎の田園地帯に変わった頃には晴れ間ものぞき、小綺麗な村で弁当(朝食の余り)を食べてたらニコニコ顔のオヤジがドイツ語で話しかけてきました。たぶん「に〜ちゃん日本から来たんかいな? ほんでどっからどこまで走ってんねん?」でっしゃろか(笑)、南西風が背中を押してくれるのは助かるもんの食事中にはマフラーも必要でした。とゆ〜わけで、スタート地点に着く前からヘバってしまいましたが自転車のほ〜は大丈夫のよ〜で、ハンミュンデンまであと6kmのところでよ〜やくフルダ川自転車道を見つけてひと安心。ところが、このルートからではいつヴェラ川と合流してヴェーザー川になったかもわかれへんまま、もし人に尋ねんかったらハンミュンデンを通りすぎてしまうところやったやおまへんか。まだ14時半、間違いついでにこの町には帰りに立ち寄ることにして右岸の小径に入ったところ、これまた行き止まりでヴェーザー川自転車道は川からちょびっと離れた車道傍でしてんな。ここからは神戸自転車同好会のNさんにコピーしていただいた地図が役に立ちました。

しばらく走ったところでPensionの看板を見つけて値段を尋ねたらなんと43ユーロ(約7300円)! これやったらフランクフルトの駅前ホテルと変われへんやないかと諦めてさらに走り、約10km先の村ヘメルンで何人かに尋ねて迷てるうちに突然雨が降ってきたではおまへんか。なにがて旅先の雨ほど気の滅入るもんはおまへんさかいちょびっと焦りましたがな、幸いにして車を修理中の青年が近くの個人宿まで案内してくれたうえ事情を説明してくれました。16時半、笑顔で出迎えたおば〜はんが見せてくれたのは女の子が喜びそ〜な素敵な屋根裏部屋で、ベッドふたつにキッチン・シャワー・トイレが付いて朝食込みで22ユーロ(約3740円)、筆談で夕食も頼んでみたところ川沿いのレストランの地図を書いてそこへ行けとのこと。雨はお湿り程度で止んだよ〜でさっそく出かけたのは川沿いにあるアットホームなレストラン、渡し船で行ける対岸(川巾50m前後)の町景色が綺麗でけっこ〜ハヤってましたでんな。「わかれへんからおまかせ定食!」「しゃ〜ないな・・・なんでも食べや!」とゆ〜わけで、パンの上にぎょ〜さんのハムと目玉焼きが乗った料理とビール小瓶2本で8ユーロ(約1360円)。小さな村の夜はほんまに静かでゆっくりくつろいで疲れを取ることができました。豆ポタ距離約50km也。(上の絵写真はヘメルンの個人宿Peters)

26 April 2008... Hemeln >>> Bad Karlshafen >>> Wehrden
3日目(晴れ⇒薄曇り⇒晴れ) ヘメルン⇒バートカールスハーヘン⇒ヴェアデン(ペンション泊)

4月26日() パン・ハム・チーズ・卵・紅茶の朝食も過不足なしで宿探しは初回からひじょ〜にラッピ〜。おかげで宿泊費+飲食費=30ユーロ/日(約5100円)っちゅ〜目標を設定できましたけど、素晴らし〜環境でしたしちょびっと日本でこの品質と値段は考えられまへんやろ。帰りもまたぜひ泊まりたいもんやと考えながら9時前に朝霧の中を出発、あっちゃこっちゃで八重桜が満開でしたけど視界100m前後で狭い川の対岸が不鮮明なほど。ここらへんの自転車道は山や丘に囲まれて時々アップダウンや未舗装路を含んでおり、道巾は2mのところもあれば3mのところもあったりで川からは近付いたり離れたり。周辺の大部分は田園地帯で小麦の緑色か菜の花の黄色それに耕畑中の茶色も目立ち、自転車道のほとんどが農道を兼ねてトラクターの残した土で雨の日はたぶん泥んこでっしゃろ。10時、木組みの家々が可愛〜オーデルシェイムの村を散策する頃には霧も晴れて素晴らし〜好天、途中で橋を渡って左岸を走りましたけどたいていは川の両岸を自転車で走れるみたいでんな。地図上では再度舟で右岸に渡るよ〜でしたが私は気付かずそのままバートカールスハーヘンに到着。

正午前、大橋上で町や川を眺めてたら綺麗な女の子2人組に道を尋ねられましたけどチンプンカンプン(笑)。やや雲が増えてきましたさかい土手に降りて周辺をスケッチしながら朝の残りで貧し〜昼食、目の前にはけっこ〜ごっつい遊覧船が停泊しましたが狭い川でも水量は安定してまんねんな。さて、ここはトレンデルブルクから流れてくる細いディーメル川の合流地点でもあり、川沿いの自転車道R8に進路変更したもんの自然道をちょびっと走っただけですぐにギブアップ、別の農道も試してみましてんけどそれも行き止まりでトレンデルブルク城とザバブルク城は断念。約10kmのくたびれ儲けでしたが、荷台にパニアバッグを取り付けてガタガタ道を走るのは精神的なプレッシャーが多大、直径僅か5mmのネジ2本で10kg以上の荷物を支えてると思うと耐えられまへんわ(笑)。ちなみに服装はとい〜ますと頭はヘルメットなしのなんとか帽とサングラス、上半身が半袖下着+長袖シャツ+薄物セーター+ウィンドブレーカで、下半身は下着+ズボン下+レーパン+トレパン+厚物靴下+運動靴。なお、この日は午前中からセーターを脱ぎましたがやや西風のある穏やかなポタリング日和でおました。

今回の自転車旅は小柳津厚尚氏の著書"ドイツ自転車旅行を楽しむ"を参考にしましてんけど、それによると週末は閉店が多く水と食料を翌日分も確保せなあかんっちゅ〜わけで憂鬱でおま。また、著者の自転車は凹凸タイヤのMTBでっさかい未舗装路についての評価はやや甘いかもしれまへん。再度バートカールスハーヘンに戻りスーパーで飲料水と食料を仕入れてリスタート、幸か不幸か袋(パニアバッグ2個とリュック)はほぼ満杯で2日分の食料を積んで走る余裕はおまへん。15時半、再び晴れてきたベーヴェルンゲンあたりの川沿いの自転車道はひじょ〜に快適、さらに進んで小高い丘上の可愛〜集落まで押し上げて宿を探したところ週末で満杯でしたやおまへんか。次の村ヴェアデンで井戸端会議中のオバハンが案内してくれたのはなんと朝食付きで15ユーロ(約2550円)、いや〜・・・農家の片隅の病気になりそ〜な部屋は辞退して教会の隣のペンション(朝食付き28.5ユーロ=約4845円)へ。18時、ここのオヤジはごっついガレージに自転車を6台所有してどんな修理でもできる態勢が自慢、英語を話せる女将のほ〜は「うちの息子も時々仕事で日本に行ってんねん!」とゆ〜優し〜人でした。夕食は昨日と同様景色のえ〜川端にあってけっこ〜ハヤってるレストラン、おまかせ定食(パンにサーモンや野菜を挟んだ料理)とビール中生1本で7.2ユーロ(約1220円)。豆ポタ距離約60km也。(上の絵写真はバートカールスハーヘンとヴェーザー川の展望)

27 April 2008... Wehrden >>> Hoxter >>> Holzminden >>> Lobad >>> Polle >>> Bodenwerder >>> Daspe
4日目(晴れ⇒薄曇り) ヴェアデン⇒ヘクスター⇒ホルツミンデン⇒ロバト⇒ポレ⇒ボーデンヴェルダー⇒ダスペ(ガストホフ泊)

4月27日() 連日6時に起床して腹筋などのウェイトトレーニングをしながらゆっくりと準備、朝食後にはしっかりうんこもして9時前後にスタートするスタイルを守りました。部屋は過去のツアーでも何度か泊まったよ〜なごく平均的なもので飲料水も1本サービス、朝食は8時に1階の食堂で他の宿泊者数人と一緒でしたが私の席にマップが置いてあるやおまへんか。昨夜、ヴェーザー川自転車道のマップ見本を読んでたことに気付いた女将がプレゼント、合計30ユーロでえ〜から持って行きとのことで先輩からコピーは貰てたもんの大助かりでおました。帰りもまたぜひ泊まりたいもんやと考えながら9時ちょ〜どに好天下を出発、川沿いの快適な道を約30分でヘクスターに着いたもんの途中で同泊の夫婦に軽々と抜かれて落胆(笑)。そうそう、とくに週末はぎょ〜さんの自転車仲間に出会いまっさかい午前中は「モルゲン!」11時頃からは「ハイ!」、大手を振って挨拶してくれる人もおれば日本流にムッツリだんまり無視の族もいてま(笑)。ふたつの尖んがり屋根を持つコルヴェイ城がシンボルのこの町では駅の近くでスケッチ、周辺を散策中に立ち寄ったパン屋のね〜やんは明るいラテン系の飛び切りの美人でおました。先月のツアーがおフランスでしたさかいど〜してもドイツの女性は地味な感じがしまんねんな・・・

11時頃にはウィンドブレーカを脱いでセーターも脱ぎたいもんの収納場所に困る好天下、次のホルツミンデンとゆ〜さらにごっつい町で完全に道に迷てしもたやおまへんか。たぶん大規模道路工事現場を迂回しよ〜として迷子になってしもたよ〜で、常に川を視野に入れといたら大丈夫なはずなんですけどなかなかそ〜もいきまへんねんな。迷いついでに地図にない丘上村ロバトまで漕ぎ上げてガストホフ(またはガストハウス)で昼食、"宿泊もできるレストラン"ではおまかせ定食(かなりのボリューム!)とビール中生1本で11ユーロ(約1870円)。食べきれんかった大量のフライドポテトを持帰り教わったコースを辿ってヴェーザー川へ、この体験のおかげで水さえあれば週末でも食いもんの心配は無用とゆ〜確信が持てました。14時前、再び平坦で快適な自転車道に変わったあたりから丘上の城址が美し〜村ポレを遠望、麓では対岸に舟で渡ることや城址まで登ることは断念し休息がてらスケッチを描いてリスタート。

ボーデンヴェルダーの町を素通りした頃から雲が増えてやや薄曇りになってきましたさかい、青いごっつい橋のあるダスペとゆ〜村で自転車道傍のガストホフに16時半頃チェックイン、応対した無口な男性はドイツ語しか話せずお互いボケ漫才のよ〜なトンチンカンぶりでおました(笑)。個人経営のYHのよ〜な?ガストホフはシャワー&トイレが共同で朝食付き30ユーロ(約5100円)、やや不満ながら他におまへんし近所の人の話では朝食が豪華とゆ〜ので泊まることにしましてん。自転車置き場の大きな納屋で彼にチェンオイルを借りよ〜としてまたまたトンチンカン、そこへレーシングスーツに身を包んだ女将がオートバイで戻ってきたではおまへんか。巨大なお尻が魅力的な40才前くらいの彼女は「うちの人英語わかれへんねん!」とゆ〜わけで、田舎では日曜の夜にほとんど泊まり客はいてへんねんなっちゅ〜こともわかりました。この時期、日が暮れ始めるのは21時頃でっさかい荷物を外した軽い自転車で周辺を散策しながらスケッチ。豆ポタ距離約60km也。(上の絵写真は尖んがり屋根のコルヴェイ城がシンボルのヘクスター)

28 April 2008... Daspe >>> Hameln >>> Rinteln
5日目(晴れ⇒晴れたり曇ったり時々雨) ダスペ⇒ハーメルン⇒リンテルン(ホテル泊)

4月28日(月) 朝食はバイキング形式でしたけどど〜やら客は私ひとりらしく格別豪華とゆ〜わけでもおまへなんだ。今朝も晴れて体調もよく腰も膝も今のところは問題なしで洗濯物がたまってきたことだけが憂鬱、ほぼ連日南西風に背中を押されながら川下へ走りまんねんさかいこれ以上贅沢はいえまへんやろ。9時前にスタートして9時半頃にはも〜ウィンドブレーカを脱ぎましたけど、笛吹き男(ねずみ捕り男)で有名なハーメルンへ向かう道はタイル地が多くやや殺風景。犬を散歩させる人にもしょっちゅ〜出会いますがちゃんと押さえて自転車を待つマナーは立派、そ〜いえばまだ夜中に犬の泣き声を聞〜たことがおまへんさかい日本とは数百年の文明差がおま(笑)。しかし、北のほ〜からどんどん雲が増えて雨がパラついてきたではおまへんか・・・10時半ハーメルンに到着、雨が止んだスキに初めて観光案内所に入って尋ねたのは「コインランドリーはどこでっしゃろ?」(笑)。教えてもろたのはクリーニング屋さんでしたがパニアバッグ1杯分が7.5ユーロ(約1275円)、夫婦の風貌はブルガリア人でっしゃろか?16時とゆ〜のを14時にしてもらい市内観光。雨は突然降り出してすぐに止むパターンの繰り返しで陽射しもあったりで天気を読むのは至難、旧市街で朝の残りとビールの貧し〜昼食中偶然にも仕掛け時計のねずみ捕り男を観れてラッピ〜。

14時、約束ど〜り洗濯物を受け取った頃には再び陽射しも戻ってひと安心のリスタート、だんだん慣れてきた自転車道は農道と町道を組み合わせただけで片鉄ロマン街道(岡山県)なんぞに比べると貧弱、これやったら今すぐにでも日本列島縦断自転車道が作れるやないかと考えながら次の町リンテルンへ。16時半、川沿いにあるホテル(55ユーロ=約9350円)を諦めて町を出よ〜としたら再び雨やおまへんか、バス停で雨宿りしながら自転車本で近くホテルの情報を得て約1時間後にチェックイン(45ユーロ=約7650円)。オルトリーブ社のパニアバッグは防雨性完璧でしたしウィンドブレーカの下も濡れずにすんだもんの、高いホテル代のわりにはシャワーしかなくも〜ちょびっとで風邪をひ〜てしまうとこでしたがな。フロントとバーを掛け持ちの大女とはその後ビールを飲みながらしばらく雑談、ね〜やんは当初57ユーロ(約9700円)とゆ〜てましたがもっと安い部屋を探してくれて、チンプンカンプンな私をちょびっと離れた自転車置き場へも案内してくれました。そうそう、バス停ではびしょ濡れの小学生にYHの場所を尋ねたもんの彼らの話は皆目要領を得ず断念、ちゃんと予習しといたらこんな目に遭わんでもすんだのにとお〜いに悔やんだ夜でおました。豆ポタ距離約55km也。(上の絵写真はねずみ捕り男で有名なハーメルン)

29 April 2008... Rinteln >>> Hausberge >>> Minden >>> Petershagen >>> Grossenheerse
6日目(雨のち曇り時々雨) リンテルン⇒ハウスベルゲ⇒ミンデン⇒ペテルスハーゲン⇒グロッセンヘールゼ(ペンション泊)

4月29日(火) 雨は朝まで降り続いたよ〜でさいなこれからどないしたもんやら・・・、予定ど〜り走れるんかいなとか風邪でもこじらせたらとか憂鬱な気分になるもんでんな。旅行前にはどしゃ降りの中を練習しましたけどそれは風呂や洗濯機があっての話、その時にはブレーキゴムがアッちゅ〜まに刷り減ってしもて制動不能の恐怖も体験できました。しかし、雨カッパを着てまで走る気のない私はフロントの男性に鉄道でミンデンまで行くことを相談、自転車好きとゆ〜彼は鉄道は路線が違うとのことで代わりに近道を教えてくれました。雨も彼が予告したと〜り止んできましたさかい10時から超のろのろ運転でスタート、半信半疑のコースはじゅ〜ぶんな広さの町道で交通量も僅かでしたやおまへんか。登りはしれてましたけど最後はけっこ〜長い坂道を降って11時半にハウスベルゲへ、この町で食料を仕入れてから大橋を渡って快適な自転車道に入り正午頃にミンデンに到着。今までと異なるのは橋がぎょ〜さん架かってることと周囲が完全に平野になったことですが、悪天候では観光する気にもなれずまたまた降り出した雨を避けて橋の下で惨めな昼食(笑)。

その後も降ったら雨宿り止んだら自転車や荷物を汚さんよ〜に超のろのろ運転を繰り返し、おまけに川沿いの自転車道に入り損ねたまま車道を走り続けてペテルスハーゲンも通過、高速道路に迷い込んだり散々な思いをしながら目的地グロッセンヘールゼへ17時到着。牧歌的な田園地帯のペンションについては小柳津氏の著書でも紹介されてますけど、その本を読んで日本から来たことを告げると背の高い女将はとても喜んでくれました。農家を改築した個人宿には今までにも泊まりましたけどこの村は家が10軒ほどで他は田畑だけ、以前よりは部屋数も増えたよ〜で私が泊まったのは2階のバルコニーのある部屋でした。バス・トイレは別室でしたけどなにより風呂へ入れるのはありがたいもんでんな、ど〜やら客は私だけのよ〜で彼女は夕食も作ってくれたうえワインを1本おごってくれたやおまへんか。一緒に飲みながらモダンアートのアトリエやごっつい農家の隅々まで案内してくれたり、まるで叔母の家でも訪ねたほどくつろげましたけど、ヴェーザー川の中間あたりまで来てよ〜やく内容のある旅になってきたことを実感。豆ポタ距離約60km也。(上の絵写真は小村グロッセンヘールゼのレーリンゲホフペンション)

30 April 2008... Grossenheerse >>> Nienburg >>> Bucken >>> Hoya >>> Verden
7日目(晴れ⇒夕方から雨) グロッセンヘールゼ⇒ニーンブルク⇒ブッケン⇒ホヤ⇒フェルデン(YH個室泊)

4月30日(水) ワインの夕食と朝食それに風呂付きで35ユーロ(約5950円)は安すぎると思いますけど、抱き締めて頬擦りまでしてくれる女将に再訪を約束して好天下を9時に出発。10kmほど走ったところで砂利道になったため交通量の少ない車道に出てショートカット、車は今までもそ〜でしたが比較的広い車道でもセンターライン越えで迂回してくれるし、対向車が通りすぎるまでは後で待ってくれまっさかい極東の島国とはちゃいまんな(笑)。途中に立ち寄った店で昼食用にビールと甘いケーキ(仕方なく)を買いましたが、どーゆーわけか日本のコンビニのよーにビールと弁当を置いてくれてまへんねんわ。ウィンドブレーカは早めに脱いだもんの、この日は南東からのやや強い追い風で楽チン、なはずがニーンブルクからブッケンまでの長かったこと・・・。継ぎ目が多かったりタイル地やったりはまだしも旧街道の石畳となると押して歩くしかおまへん。確かにドイツの自転車専用道路は安全なんですけど長旅となるとまた話は別で、極太スリックタイヤやどデカサドル装備の自転車でさえ嫌気が差して再々車道に出てショートカット。

16時をまわり、泊まれそ〜なレストランを訪ねてみたところなんとそこはケーキがメインの喫茶店、グラマー美人の母娘は「小さい村やから泊まるとこあれへんねん!」と隣村の個人宿を教えてくれました。いや・・・うまいこといかんもんでんな(笑)、礼をゆ〜てからは約10km先のフェルデンまで漕いで観光案内所で教わったYHへ、ちゃんと地図ももらいましてんけど郊外のYHを探し当てるまでに10人以上に尋ねましたやろか。18時、およそ10年ぶりに利用するYHではスーパートンチンカン(笑)、世話してくれた小柄(とゆ〜ても160数cm)で素敵なね〜やんはひじょ〜に忍耐強い娘で、こんなアホな奴知らんわとゆ〜顔で私を見ながら何度も違う話し方を試してくれました。「すんまへんな、トンチンカンなことで・・・」「え〜ねん、おもろい人やから!」、洗濯&乾燥も頼んで夕食朝食及びシャワー&トイレ付きの個室は42ユーロ(約7140円)。「ウチな、この鍵ひとつで全部の部屋開けられんねん!」ひとりで仕切ってるのが自慢の彼女は「特別に新し〜部屋使わしたげるわ! ピッカピカやで〜!」とゆ〜わけで、YHでも個室は値段が10ユーロほど跳ね上がりますけどゆっくり休めたほ〜がお徳。夕食後、彼女と一緒に洗濯物を取りに行った頃には激し〜夕立でしたやおまへんか。豆ポタ距離約90km也。(上の絵写真はフェルデンの川端風景)

1 May 2008... Verden >>> Achim >>> Bremen
8日目(晴れのち曇り一時雨) フェルデン⇒アシム⇒ブレーメン(YH個室泊)

5月1日(木) あとで地図を見てみると(先に見とかんかい!)、ヴェーザー川自転車道とはゆ〜もんの半ばペテルスハーゲン以北はほとんど川沿いを通りまへんねんな、フェルデンへも強引に自転車道を手繰り寄せたよ〜で町を流れるのはヴェーザー川やおまへん。とゆ〜わけで、後半は支流や運河に迷い込みやすく人10倍ボンクラな私は道なき道をブレーメンまで、途中行き止まりになった田んぼの中で自作YH弁当?を食べてたら自転車がコケたやおまへんか。ちゃんと地図のと〜りに進んだらも〜ちょびっとはマシなんでっしゃろけどそれにしても・・・、疲労困憊した私はも〜自転車も自転車道も観光もなんにも興味ないわとゆ〜気分で憂鬱。人間疲れ果てると気力や集中力それに感性まで萎えてしまいまんねんな(笑)。

13時半にブレーメン着、小雨が降ったり止んだりでマフラーが必要なほど寒い川端のビアガーデンで小休止、メルヘン街道最北端のブレーメンにはちょ〜ど大阪とおんなじよ〜な中之島がおまんねんな。その北端が途切れたあたりのヴェーザー川右岸沿いにYHがあり朝食及びシャワー&トイレ付きの個室は36ユーロ(約6120円)、その前に観光案内所で地図をもらい駅の場所や"ブレーメンの音楽隊"像を確かめてから16時半にチェックイン。ローラント像のあるマルクト広場ではロックコンサートが催されておりちょびっと元気が回復、聴〜てるほ〜も私よりごっつい女の子数10人が飛び跳ねまんねんさかい熱気ムンムンでおました。ところで、YHでも個室を頼んだら田舎の個人宿より高〜つきまっさかい夕食はピザとビールで我慢(笑)。豆ポタ距離約60km也。(上の絵写真はヴェーザー川流域最大の都市ブレーメン)

2 May 2008... Bremen >>> Brake >>> Nordenham >>> Bremerhaven
9日目(晴れのち曇り時々雨) ブレーメン⇒ブラケ⇒ノルデンハム⇒ブレーマーハーフェン(YH個室泊)

5月2日(金) ハンミュンデンからブレーメンまでとゆ〜当初の目標は予定より1日早めに達成できたもんの、ヴェーザー川自転車道はエルベ川河口のクックスハーフェンまでまだまだ続いてるわけで、今だメルヘンのメの字もおまへんさかいせめて北海までは出てみたいと思い直しましてんわ。中之島からも〜ちょびっと川下にはごっつい港が広がり以後の川巾も今までの倍ほどに広がりますけど、それにしてもこんな狭い川を河口から何10kmも遡ったところにハンブルクに次ぐドイツ第2の貿易港があるとは・・・、信じられへんわとか考えてる間にさえなんべんも迷子になってしもて今度こそギブアップ(笑)。

諦めて引き返そ〜としたら「ブレーメンの出入りは難し〜さかい北へ行くんやったらついてき!」と誘われ、せっかくやから彼らに同行させてもらうことにしましてんけどなんとそのスピードたるや驚異的。中年夫婦ふたりとも700×30C前後のタイヤのクロスバイクにパニアバッグを積んで、条件的にも大差ないはずやのにほとんど休んでくれへんし私だけ息切れしてしまうやおまへんか。ノーヘルで長い茶髪を振り乱す女ターミネータも日頃から走り込んでるよ〜で引き締まった体形、「いや〜奥さんタフでんな! おたくに対抗できる日本女性はひとりもいてまへんわ!」っちゅ〜のが正直な感想。彼らはブレーマーハーフェン手前のノルデンハムに住む母親を訪ねて週末を過ごすんやそ〜で、私に親切にしてくれたのは兄弟のひとりが日本女性と結婚してることも理由のよ〜でんな。約75kmの道のりで休んだのは昼食を含めてたった2回、案内してくれたお礼に飲み物代は私が払い彼らはニシンバーガー?をおごってくれましたが、途中しばらく続いた茅葺き農家の村落は今回初めて目にするものでひじょ〜に変わってました。

やっぱり引っ張ってもらうのとひとりで右往左往するのとではじぇんじぇんちゃいまんな、多少ガタガタ道があったところで不満を感じる余裕さえないまま必死について行くだけで精一杯、足がツった時点で辞退するつもりがいつのまにやらノルデンハムに着いてしもたやおまへんか。残念ながら、14時頃から雨が降ってきましたさかいYHまで案内してもらい彼らに礼をゆ〜てお別れ、しかしこの日はこれから先のほ〜が長く金曜日の小さなYHは満杯でしたやおまへんか。小降りになるまで約1時間休息させてもらいノルデンハム駅でも約1時間スーパーでは約2時間、散々な思いをした後フェリー(3ユーロ=約500円)でヴェーザー川河口対岸のブレーマーハーフェンへ。19時前には一難去ってまた一難、明日走る体力は残ってまへんさかい駅の近くの安宿を探し回りましてんけど結局YHへ、この判断がまた失敗で郊外のYHを探し当てるまでに右往左往して20時前によ〜やくチェックイン。朝食及びトイレ付きシャワーなしの個室は22ユーロ(約3740円)と安〜おましたけど、近くのスーパーまで食料買い出しに引き返して昨日の倍クタクタに疲れ果てた1日でした。豆ポタ距離約95km也。(上の絵写真はヴェーザー川河口の都市ブレーマーハーフェン)

3 May 2008... Bremerhaven >>> Bremen >>> Nienburg >>> Grossenheerse
10日目(晴れ⇒薄曇り) ブレーマーハーフェン⇒(鉄道)⇒ブレーメン⇒(鉄道)⇒ニーンブルク⇒グロッセンヘールゼ(ペンション再泊)

5月3日() 今度とゆ〜今度は誰がなんといお〜と足腰ガタガタで完璧に疲労困憊、5kmぐらい離れたブレーマーハーフェン駅に向かうのもたいへんでおましたけど、ニーンブルクまで鉄道を利用してさらにグロッセンヘールゼまで戻って休養することに決定。切符は自転車込み26ユーロ(約4420円)、比較的大きな駅でもエスカレータやエレベータはなく階段横のベルトコンベアでホームへ、ないよりはマシでも老人や子供はひとりで自転車を押し上げるのは無理で私も手伝いました。週末のせ〜か乗客や自転車の多さが気にはなってましてんけど、1両のみの自転車専用車両が一番前か後か誰にもわかれへんっちゅ〜のはドイツとは思えまへんな。案の定、10時過ぎの列車は満員御礼で身体障害者を優先して10台前後の自転車は全員積み残しにされたやおまへんか・・・

幸い1時間後には次の列車に乗れましたけど乗換駅のブレーメンでも1時間以上のロスタイム、近くのブルゲル公園でYH弁当?を食べることにしましたが自転車ですぐ走り出せるのは便利でんな、この日は地元チームのホームゲームがあるよ〜で駅周辺では緑のユニフォームを着たサポータが大騒ぎ。14時過ぎにニーンブルクに着いてちょびっとだけ観光後リスタート、しばらくすると軽快に田園地帯を走ることができ心配した向かい風もなし、往路車道に迂回したことを忘れ泥道で自転車を汚しながら17時半にはグロッセンヘールゼのペンションに到着。昨日金曜日は数人の泊まり客があったよ〜でぎょ〜さんのシーツが干してありましたが、ラッピ〜にもこの日は私ひとりのよ〜で夕食にはワインも注文して女将のお酌で楽し〜ひととき。豆ポタ距離約45km也。(上の絵写真はニーンブルクの街角)

4~5 May 2008... Grossenheerse
11~12日目(日本晴れ!) グロッセンヘールゼ(ペンション連泊)

5月4日() 朝食後も部屋にこもって明日からどないしたもんかを考えましてんけど、そ〜ゆ〜日に限って素晴らし〜天気になったりしてちょびっともったいないほどでした。昼食は頼まずに昨日買〜た菓子や朝食の残りですませベッドでゴロゴロしてたところ、女将がやってきて「庭でゲームやってるからあんたもおいで!」と誘てくれたやおまへんか。村の衆20人くらいが煙草やビール片手に興じてたのはフランスからやって来たとゆ〜ゲームで、最初に誰かがピンポン大の赤玉を砂場に投げた地点へテニスボール大の鉄球を投げ寄せるとゆ〜もの。ゲームの名称は忘れましたけど子供から大人まで誰でも参加できるうえなかなか奥が深く、当初は子供たちとサッカーがやりたかった私も女将のくれたワインを飲みながらけっこ〜楽しめました。夕方になって半数の10人ほどが自転車で近くの風車のあるレストランに向かい皆で夕食、ドイツの田舎料理は茹でた旬のアスパラガスやジャガイモがど〜んとゆ〜単純さですけどみんなで食べたらまた格別、仲間に加えてもろたお礼に折鶴教室を開いたところ好評で腹いっぱい飲んで食べて19ユーロ(約3230円)、名所旧跡は観たら終わりですけどこ〜ゆ〜ことはず〜っと思い出に残りまっさかいよろしおまんな。(上の絵写真は鉄球投げゲームの様子)

5月5日(月) さいな、このままヴェーザー川自転車道を往復してハンミュンデンまで帰ったもんか、フランクフルトまで鉄道を利用してマインツ周辺のライン川から古城街道やモーゼル川自転車道を下見したもんか・・・この日も女将に引き留められて連泊するうちに気力や体力を取り戻し、今後おそらく再訪できそ〜にないメルヘン街道をもっとじっくり観て回ることに決めましてんわ。ところで、50才前後の女将は私を27~8才の若者と勘違いして可愛がってくれましてんな(笑)、昼間は周辺をスケッチしながら過ごし洗濯も頼み諸々ひっくるめて120ユーロ(約20400円)で合意。夕食は巨乳の女将のお酌でワインを飲みながら彼女の話に適当に相づち、「ちょっとあんた、私のゆ〜てる意味わかってんの?」「えっ? ま〜なんとなく・・・」(上の絵写真はペンションに遊びに来た近所の美少女、愛くるし〜メルヘンの妖精は御歳10才)

6 May 2008... Grossenheerse >>> Petershagen >>> Minden >>> Hausberge >>> Vlotho
13日目(日本晴れ!) グロッセンヘールゼ⇒ペテルスハーゲン⇒ミンデン⇒ハウスベルゲ⇒フロソ(ガストハウス泊)

5月6日(火) 10時、結婚20周年の10日までこの地に留まれとゆ〜女将とは抱き合ってお別れ。当然ながら往路雨に泣かされた地域も好天下ではまったく違う印象で、ペテルスハーゲンを通り過ぎた頃からは東風をある程度追い風に利用できさらに快適。正午を過ぎた頃に平野と山間部を分けるごっつい町ミンデンに到着して散策及び昼食、木組みの家も点在するもんのちょ〜どここらへんから文化が異なってくるよ〜な感じでおま。そして14時には丘上に赤い屋根の家が並ぶハウスベルゲへ、ここはちょ〜ど日本の山崎(山の先端)の地名に当たるところで山村育ちの私はホっとしまんな。また、山頂にある宗教建築物はかなりの距離からでも遠望できるため、ヴェーザー川自転車道前半のチェックポイントにもなりまっしゃろ。その後は往路ショートカットしたヴェーザー川で最も大曲がりな地域をフロソ方面へ、残念ながら右岸を走ったため往復ともバートエーンハウゼンには立ち寄れまへんでした。

ほんでから、15時半に着いたフロソはドイツ全土地図(1/1250000)にもちゃんと載ってる町で、小柳津氏の著書にある「さびれた町」は大きな誤解でっさかい念のため。移民が多く雑多な店が建ち並ぶこの地はむしろ最も活気のある町のひとつで、立派な自転車店もあってチェンオイルも無料サービスで塗ってもらいました。さてそれからが問題、先輩にいただいた地図のコピーに「急で長い坂道」とあり反対方向の山村まで自転車を押し上げ、ハウスベルゲやミンデンあたりまで遠望できてから間違いに気付いて後戻り。あとで山村にも宿泊できたとわかったもんのフロソで探したガストハウスで値段交渉、朝食及びシャワー&トイレ付き45ユーロをまけてもらい38ユーロ(約6460円)。やっぱりドイツでも自転車旅行者は貧乏人っちゅ〜認識があるよ〜ですけど、今日の暑さは半袖短パンになりたいもんの脱いだ服の収納に困るとゆ〜状況でおました。ちなみにガストハウスとゆ〜のは宿泊施設のあるレストランなんですが、私が体験した限りではガストホフもおんなじよ〜な感じでおました。豆ポタ距離約55km也。(上の絵写真はフロソの街角)

7 May 2008... Vlotho >>> Rinteln >>> Hameln >>> Bodenwerder
14日目(日本晴れ!) フロソ⇒リンテルン⇒ハーメルン⇒ボーデンヴェルダー(YH個室泊)

5月7日(水) フロソからリンテルンまでは坂道あり車道あり砂利道ありでしたが南風はそれほどでもなく、10時半頃雨で最も苦労した町のひとつに立ち寄りスケッチ中白バイの警察官に話しかけられましたが、ひじょ〜に感じのえ〜男性で公務員でも国鉄職員とは大違いでしたやおまへんか。人の背丈ほどある外壁がリンテルンの町を一周してることなどを教えてくれましたけど、河川敷も美しく整備されてひじょ〜に小綺麗な町とゆ〜印象が残りました。そうそう、雨の日小学生たちにYHの場所を尋ねたことを思い出しましたが、もし相手がドイツ語でも距離の単位はkmでっさかいわかりやすいでんな。この数日いっぺんに夏になった感じで夕方まで体がモツんかいなと心配なほどでしたが、その後は川沿いの快適な自転車道を走り14時過ぎにハーメルン到着。スーパーで買物をしただけでさらに漕ぎ続け16時には往路宿泊した青い橋のダスペを通過、その頃には暑さもおさまって快調に走ることができ17時頃にボーデンヴェルダーに到着。

対岸の観光案内所で場所を教わり急坂を押し上げて17時半に丘上のYHにチェックイン。朝食及びシャワー&トイレ付き個室24.5ユーロ(約4165円)、ここではリビングに寝室×2とシャワー&トイレ×2のある大部屋を私に提供してくれましたが、頼んでも寝室以外の鍵をくれまへんでしたさかい使い勝手はあんまりえ〜ことおまへなんだ。その後はハノーファーから来たとゆ〜小学生5~6年生たちとサッカーをやって大騒ぎ、英語の話せないスタッフに通訳してくれたことがご縁で隣室の孫ギャルふたりと友達になりましてん。但し、孫ギャルとゆ〜ても体格は日本の中高生並みでピアスにネックレスでっさかい・・・私の部屋で折り紙を教えてると先生が迎えに来て夕暮れ時の散歩に出かけましてんけど、門限を破ったそ〜であれほど元気やったふたりが人が変わったほど落ち込んでましたでんな(笑)。教師が生徒を怒鳴ったり叩いたりするのはいっぺんも見かけまへんでしたが、私も教職免許ぐらいは持ってまっさかいいったいどんな罰則があるのか興味津々・・・。豆ポタ距離約60km也。(上の絵写真はほらふき男爵の銅像が点在するボーデンヴェルダーの街角)

8 May 2008... Bodenwerder >>> Polle >>> Holzminden >>> Hoxter >>> Bad Karlshafen
15日目(日本晴れ!) ボーデンヴェルダー⇒ポレ⇒ホルツミンデン⇒ヘクスター⇒バートカールスハーヘン(YH個室泊)

5月8日(木) 7時半からの朝食に私を誘てくれた孫ギャルは教師たちと同席させられてしょんぼり。先生に許しを得て彼女らに別れを告げ、自転車に荷物を積んでたらふたりが見送りに来てくれたやおまへんか。「絶対手紙書くから・・・」「よしよし、なんちゅ〜え〜娘やねん!」抱き締めた感触はも〜大人の香り・・・この先どんなえ〜女になりまんのやろ? おかげでこの日は気分よく9時にスタート、快適な川沿いの自転車道を走りあっちゅ〜まに丘上の古城が見えてきたやおまへんか。10時半、対岸のポレの村への渡舟料は往復2ユーロ(約340円)、川巾たった50m前後のところを2本のケーブルで引っ張って環境にも配慮、お金を取るかわり数台数人でもすぐに運んでくれまんねんな。橋はある程度ごっつい町に1本あるだけでっさかい橋の数で町の規模が読めるほど、もし土建屋日本がこの現状を知ったらヴェーザー川だけで100本以上の橋を架けまくりまっしゃろ(笑)。ところで、古城とゆ〜てもほとんど崩れてしもて城址なんですけどここに縁のメルヘンがあるのかど〜かも不明、往復とも滞在できまへんでしたがポレもまた自転車乗りをホっとさせる場所のひとつでおま。

なんちゅ〜ても暑い・・・そうそう、帰路は昼間の挨拶を「まいど!」に変えましたが頑張ってこれを世界標準にしまひょ(笑)。12時半、次のホルツミンデンでは往復とも迷子になって自分のアホさ加減に呆れますけど、この町にはおそらく街道で最も美し〜YHが最も便利な場所にあって惜し〜ことをしました。ここからヘクスターまでは両岸に素晴らし〜自転車道が続いており15時過ぎからちょびっと観光、個人的にはたぶんここらへんが最高と思えるコースを山頂のフルステンベルクを横目に、往路宿泊したヴェアデンからベーヴェルンゲンを経て18時にバートカールスハーヘン到着。途中で遊覧船を追い抜きましたさかい川の流れは穏やかなよ〜でけっこ〜速いかもしれまへん。

ビールや食料を買い込んでから対岸の坂上にあるYHにチェックイン、朝食付きでシャワー&トイレなしの個室21.7ユーロ(約3689円)。YHではチェックインの最中から小学生3~4年生たちが集まってきてテンヤワンヤ、ひとりひとりに聞かれて邪魔くさいから名前はT.Tと名乗ることにしましてんけど、「D.D(T.Tやっちゅ〜ねん!)も一緒にサッカ〜やろ〜!」「先生もOKゆ〜てるからD.Dも一緒に御飯食べよ〜!」っちゅ〜わけで、美少女コンテストかと思うほど綺麗な娘たちのお給仕でハーレムでしたやおまへんか(笑)。お礼に折り紙教室を開きましたが、ここでは一般客は夕食なしでしてんけど彼らのおかげでひと晩食費が浮きました。ところで、昨日も今日も英語を話せる先生や生徒はわずかなんですけど、「ウチな、ぎょ〜さんボーイフレンドいてんねん!」「わっワテもそん中に加えてんか!」「え〜よ!」とゆ〜わけで、いちばん私の世話を焼いてくれた娘はちょびっとインドの血も混じってそ〜なトルコの美少女でした。豆ポタ距離約70km也。(上の絵写真は丘上の古城を遠望できるポレ)

9 May 2008... Bad Karlshafen >>> Trendelburg >>> Sababurg >>> HannMunden >>> Hemeln
16日目(日本晴れ!) バートカールスハーヘン⇒トレンデルブルク⇒ザバブルク⇒ハンミュンデン⇒ヘメルン(個人宿泊)

5月9日(金) 9時にスタートする際、ぎょ〜さんの子供たちが親指を立てて「D.D(T.Tやっちゅ〜ねん!)、ユーアーナイス!」「お〜きにお〜きに!」日本ではンなこと誰もゆ〜てくれまへんさかいうれしおま。しかし、感激して美少女たちを抱き締めてる場合やおまへん・・・風呂に入らな臭い(笑)! じつはここ2晩のYHのシャワーでは足湯さえできず風邪をひきそ〜で断念しましてん。とゆ〜わけでこの日はヴェーザー川を離れ、グリム童話ラプンツェルのトレンデルブルク城といばら姫(眠れる森の美女)のザバブルク城へ、往路ではギブアップした砂利道と闘いながら辿り着いた両城では結婚式の真っ最中でしたやおまへんか。結局今回の旅ではいっぺんもメルヘンの世界に浸れるチャンスがないまま再度ヴェーザー川へ・・・来た道を帰るのはウンザリでっさかい強引に車道を南下してハンミュンデンを目指し大失敗。坂また坂の大峠越えを強〜られた結果はなんとカッセルに近付いたよ〜でまた後戻り、最後は親切なおっさんに教わった山道を延々降ってなんとかハンミュンデンに18時着。その後も探し回ってチェックインした郊外のYHは個室と違てましたさかい断固キャンセル、クタクタのままさらに10数km北上して訪れたのは2日目に泊まったヘメルンの個人宿(朝食及びシャワー&トイレ付き22ユーロ=約3740円)。20時、爺さん婆さんは「あのボンクラが無事に帰ってきよった!」と大喜び、川沿いのレストランの女将も私を憶えててくれてまたおんなじ料理を作ってくれました。金曜日の店内外は大繁盛でおまかせ定食とビール小瓶2本で8ユーロ(約1360円)。豆ポタ距離約85km也。(上の絵写真はいばら姫=眠れる森の美女ゆかりのザバブルク城)

10 May 2008... Hemeln >>> HannMunden >>> Kassel >>> Guxhagen
17日目(日本晴れ!) ヘメルン⇒ハンミュンデン⇒カッセル⇒グックスハーゲン(個人の別荘泊)

5月10日() 昨日のメルヘン2城への寄り道はくたびれ儲けでしたさかい落ち込んだまま9時出発。再々度ハンミュンデンまで戻り、市場の裏でわかりにくい観光案内所では今回の旅行で最高の美女に出会てしもたやおまへんか、自転車(レンタサイクル?)で市場へ買物に立ち寄ったよ〜な質素なドレスは東欧の女性でっしゃろか?「ウチも観光案内所を探してんねん。今日は市庁舎は休みやし入口はどこやろ?」残念ながら彼女は先に立ち去ってしまい、職員からハンミュンデンには洗濯屋がなく(ほんまかいな?)他の町へ行けといわれWパンチ(笑)。旧市街を散策後は近くの小山に押し上げて大戦の爆撃を免れた欧州屈指の街並みを眺望、グリム童話"鉄ひげ博士"でも有名なヴェーザー川の始点からは支流フルダ川沿いにフランクフルトへ。しばらく快適に走れた自転車道はいつのまにやら砂利道になってしもたやおまへんか、躊躇なく車道に出て時々痩せたり太ったりするフルダ川を横目に14時半頃カッセル中央駅到着。駅ではオシッコしただけですけど胸の谷間も露な黒人のね〜やんが携帯片手に0.5ユーロ(約85円)集金、町の公園などのトイレは無料やのにほとんどの鉄道駅ではど〜ゆ〜わけかお金を取られまんねんな。

週末のカッセルでは広場のジャズ演奏を30分ほど聴〜ただけで再度フルダ川沿いに南下、ここらへんの川巾は100m前後にまで広がって水着で戯れる人もぎょ〜さんいてました。カッセルより上流のフルダ川はまたどんどん狭〜なるかわり快適な自転車道と田園風景が続き、17時頃ひと休みした川沿いのビアガーデンも週末とはいえ自転車客のみでほぼ満員状態。なんと、私もちょびっとぐらいバーのね〜やんにお世辞が言えるよ〜になってきたではおまへんか(笑)、グラマーな彼女から周辺に宿泊施設がないことを教わり腹ごしらえした合計は13ユーロ(約2200円)。ヴェーザー川自転車道とはちゃいまっさかいさらに10kmほど走ってグックスハーゲンとゆ〜町へ、キョロキョロしてると軽トラのに〜ちゃんが話しかけてきて「どないしてん?」「いや近所に安宿がおまへんやろか?」「ふんふん、ほなウチへおいで!」「えっ? お宅は個人宿でっか?」「ま〜そんなもんや!」「ほんでなんぼでんねん?」「タダでえ〜よ!」「???」「地図描いたるわ!」っちゅ〜わけで、ひじょ〜にわかりやすい英語を話す好青年のくれた地図を見ながら自転車道を約2km、川の反対側の急斜面の丘中腹にポツンと立つログハウスでは彼と奥さんと犬が迎えてくれました。

18時半、人に裏切られた体験てんこ盛りの私は半信半疑のまま夫婦の好意に甘えることにしましてんけど、自転車は彼が坂道を担ぎ上げてくれた後ふたりはごっつい犬だけ残して出かけてしもたやおまへんか。べつに失うもんはなんにもおまへんさかい、まずは腰ぐらいまでお湯に浸かれるシャワーをゆっくりと楽しませてもらい、おとなし〜犬に日本語で話しかけながら拝見した間取りは私の兎小屋4つ分はおまっしゃろか。帰ってきた夫婦とはビールで乾杯! 奥さんの手料理を食べながら気付いたのは彼らがベジタリアンやっちゅ〜ことで、日本の食生活や長寿社会が羨まし〜んやとか・・・「ちやいまんがな! 日本の年寄りは寝たきりばっかりやし、味噌・豆腐・納豆にせめて卵は食べんと栄養失調になりまっせ!」とはとても説明できまへんさかい後日メールにて(笑)。ふたりとも健康そ〜な30才前後の夫婦はなんとスコットランドで働いてるそ〜で、デザイナーと庭師のドイツ人はイギリス人やアメリカ人といわれてもそ〜かと思う素敵なカップル。比較的最近中古物件を購入したらし〜別荘?には休暇中に時々戻って来るんやそ〜で私が初ゲスト、いやはやドイツのど真ん中とイギリスを股にかける若者のライフスタイルには恐れ入りました。豆ポタ距離約50km也。(上の絵写真は重厚な木組みの家が残るハンミュンデンの街角)

11 May 2008... Guxhagen >>> Rotenburg >>> Schlitz
18日目(日本晴れ!) グックスハーゲン⇒ローテンブルク⇒シュライツ(ガストハウス泊)

5月11日() 早起きした私はなるべく静かに準備しながら夕食のフルーツなどを食べて9時前に出発。宿泊のお礼に掃除でもと考えましてんけどふたりはまだ休んでるよ〜で手紙を残して失礼、いつか日本へ来たときに1泊お世話させてもらいまひょ・・・自転車道をしばらく走ったらジョギング中の奥さんと犬に出会いお礼を言えました。いつのまに出かけてんと思うほど無音でしたさかい私以上に気を使〜てまんねんな・・・その後も自転車道R1の標識を辿りながら、迷子になったところでローテンブルクに向かうとゆ〜中年夫婦について行くことにしましたが、英語を話せる奥さんは長い腋毛をなびかせながら「東京には友達がいてんねん!」とのこと。ところで、ローテンブルクは古城街道とロマンチック街道交差点のRothenburgにあらずRotenburg、夫婦は時々50km前後のサイクリングをするんやそ〜でお礼に飲み物をおごってお別れ。ちょ〜ど正午過ぎ、朝飯をほとんど食べてへん私はよ〜やくここで腹ごしらえができてリスタート。

ふたりには「フラクフルトまではアップダウンの繰り返しやで〜!」と再三脅されたうえ、この日は強い東風に押し戻されながらいよいよ左膝の痛みが限界に近付いてきましたけど、ヴェーザー川自転車道のよ〜にどこにでも個人宿があるわけやおまへんさかい村から村へも〜ひと漕ぎ。さらにフルダ川沿いを走って16時半、川巾が5mほどになったシュライツとゆ〜山村で立ち寄ったペンションは残念ながら留守。しばらくして別の看板を見つけ石畳の道を押して行くと木組みの大農家のガストハウスがあり、学校の運動場ほどの広さの中庭にもテーブルが並べられぎょ〜さんの客が食事をしてました。たぶんこの地を訪れる東洋人はめったにいてまへんやろから当初はスーパートンチンカン、迷惑顔の女将は私のメモ用紙の下からスケッチを見つけて急に穏やかな表情になりました。昔は飛び切りのグラマー美女やったに違いないおば〜はんが案内してくれた部屋は、獲物の剥製を飾った20畳以上のリビング+寝室+キッチン+シャワー+トイレと超デラックス、ついでに洗濯&乾燥まで甘えてしもて朝食付き36ユーロ(約6200円)。豆ポタ距離約70km也。(上の絵写真は宮殿を思わせる大農家のガストハウス)

12 May 2008... Schlitz >>> Fulda >>> Sinntal
19日目(晴れ⇒曇り⇒晴れ) シュライツ⇒フルダ⇒シンタル(ガストホフ泊)

5月12日(月) 「まっ待ちなはれおば〜はん、朝からそないぎょ〜さん食えるわけおまへんやろ・・・」パンやハムはよその宿の10倍はあるし皿には作りたてのオムレツをてんこ盛り、他にもあれやこれや出してくれましたさかいお弁当に特大のハンバーガーを試作(笑)。なんや、優しかった祖母を思い出しましたけど乾燥途中の洗濯物をそのまま受け取って9時に出発、おば〜はんはこらえきれへんわとゆ〜様子で私を抱き締めて頬擦りまでしてくれたやおまへんか。いや・・・うまいこといかんもんでんな、ガストハウスは宿泊もできるレストランでっさかい夕食を頼まな失礼でしてんけど、だんだん所持金も減ってきており万一のアクシデントを考えると節約せざるを得まへん。ところで、帰国後よ〜やく気付いたのはここらへんからフランクフルトまではゲーテ街道でもあり、野を越え丘を越え・・・日本の関西に例えたらちょ〜ど小豆島を周回する感じでっしゃろか?

11時半、丘を降って行くと、フルダ川と同名のフルダとゆ〜かなり大き〜町に到着してお弁当、10日ぶりに雲が広がってきましたさかい様子を見よ〜と巨大な教会の近くでしばらくスケッチ、観光案内所には日本語パンフもあってメルヘン街道とゲーテ街道の拠点なんでんな。14時、雨も心配ながら、本日中にシュタイナウあたりまでは走っとかな残りあと1日でっさかい・・・無事にフランクフルトまで帰れるやろかちゃんと飛行機に乗れるやろかと考えると憂鬱(笑)。ひょっとするとフルダ川の源流を辿れるかもしれんと考えたんが大間違い、本線やと思てた鉄道はローカル線で全土地図だけでは完全に迷子になってしもたやおまへんか。おまけに再三の峠越えを強〜られてガラスの左膝もギブアップ・・・山中の小さな村でよ〜やく見つけたガストホフは西部劇に出てくる無法酒場のよ〜で「おめ〜は気に食わね〜・・・とっととこの村から失せやがれ!」っちゅ〜あの雰囲気。旅の終わりになんちゅ〜とこへ来てしもたんやろと思いましたが泊まるほかおまへん、物凄い形相の大男が案内してくれた部屋は朝食及びシャワー&トイレ付き24ユーロ(約4080円)。18時頃、腹ペコで・・・昨日とは雲泥の差の小部屋に半乾きの洗濯物を干してから酒場に下りてみると、50才前後のグラマー美人の女将と若いね〜やんが英語で歓迎してくれました。

まずはここの地名とフランクフルトまでのルートを尋ねビールやおまかせ定食を注文、女将は周辺の地図をくれてここがシンタルとゆ〜地域のヴェイシェルスバッハ村やと説明、ね〜やんのほ〜は最寄りの鉄道駅までの町村名をメモってくれたうえアレコレ書き出して「ウチ、あんたのために献立を書いてみたん・・・」「お〜きにやけど・・・わかれへんからやっぱりおまかせ!」「なんでも食べる?」っちゅ〜わけでえらい楽し〜夜になったやおまへんか(笑)。そのうち客のひとりが片言の英語で話しかけてきましたさかい「日本から来ましてん!」「わかってんがなベストフレンド!」私の胸をこづきながらしゃべるオッサンは「フランクフルトまでやったらこっちの道にせんかい!」「いや残り1日でアップダウン100kmは無理でんがな・・・」女将が穏やかに割って入り彼に事情を説明し、例の無口な大男のマスターは背中を丸めてそ〜ゆ〜光景を眺めてまんねんな。出てきたのはトンカツとハンバーグの中間のよ〜な肉料理と野菜炒めの一種でっしゃろか? いずれにしてもこれまでの素材丸投げのドイツ料理とはまったく異なり美味しゅ〜ございました。ビール3杯と合わせて12ユーロ(約2040円)。豆ポタ距離約50km也。(上の絵写真はシンタル地域の山村風景)

13 May 2008... Sinntal >>> Steinau Bf >>> Frankfurt Hbf
20日目(日本晴れ!) シンタル⇒シュタイナウ駅⇒(鉄道)⇒フランクフルト中央駅(予約ホテル泊)

5月13日(火) 朝食時「これウチの娘から・・・」女将がくれたメモには「ウチな、昨夜忙しゅ〜て折り紙習われへんかってん!」とのこと、これでよ〜やくわかったのはあのね〜やんは厨房におったガラの悪い息子の嫁でしてんな。それにしても・・・女将はど〜見てもドイツ人女性なんですけど、マフィア映画にでも出てきそ〜な形相の父子や細身で鼻の高いね〜やんはどこの国の人でっしゃろ? 今まで見てきたドイツは案外え〜加減なところがおまんねんけどここのシャワー&トイレだけはピッカピカ! 彼女のキチンとメモを取る几帳面さや周囲の人々を気遣う繊細さはラテンでもなし北欧でもなし・・・隣にシュワルツェンとゆ〜村があることに地図を見て気付きなんとなく納得しながら9時前に出発、本日中にフランクフルトまで辿り着かなあきまへんけどほんまに日付はお〜てんかいな? ね〜やんが選んでくれたルートは坂もほとんどないまま10時過ぎには最寄りの駅に着いてしもたやおまへんか、ちょびっと早すぎまっさかいも〜ひと峠頑張ってグリム兄弟が子供時代を過ごしたとゆ〜シュタイナウまで。

10時半、ある程度大きな町やのにキオスクがあるだけで駅は無人なんでんな・・・酔っぱらいのオッサンにビールをおごって助けを求め自販機で切符を購入、フランクフルトまで12.7ユーロ(約2159円)でど〜ゆ〜わけか自転車料金は無用とのこと。「おまえはドイツが好きなんか? そやけどこの汚い駅や町を見てみ〜! 東西統一でガタガタやし移民は増えるしユーロになってから物価は上がる一方や・・・昔のドイツはよかった・・・」たどたどし〜英語はだいたいこ〜ゆ〜意味でっしゃろか? 彼に教わったと〜り隣のホームへは傍から線路を渡って11時25分乗車。繰り返しますけど、1両のみの自転車専用車両が一番前か後か誰にもわかれへんっちゅ〜のはドイツとは思えまへんな。とゆ〜わけで自転車を乗せるコツを伝授しときますと、ホームの真ん中で"よ〜い"しといて先頭車両の自転車マークの有無で前後どっちゃかに"ドン"でんねん。オッサンは私がちゃんと乗れるかど〜か心配そ〜に隣のホームから見送ってくれてました。

余談ながら、約1時間の鉄道旅で酔っぱらいのオッサンのグチを裏付けるシーンを見かけましてんわ、自転車専用車両であるはずの車内の補助椅子をトルコ人の学生たちが占領してるやおまへんか。私は何人かをどかせて自転車を入れましてんけど、次の駅では彼らと入れ替わりに乳母車の母子が2組乗車して黒人のほ〜はど真ん中に放置、何度も往復する車掌は迷惑そ〜によけて通りながらけっして彼女に注意はしまへんでした。12時半、無事にフランクフルト中央駅まで戻れたもんの明日のことが心配で観光どころやおまへん、ホテルはまだ入れてくれまへんやろからマイン川に出て朝の残りとビールで貧し〜昼食。両岸の河川敷公園ではぎょ〜さんの人が日光浴を楽しんでましたが、数kmの自転車道も整備されておりポタリングしたりちょびっと日影で昼寝したり。16時、エスニック料理やビールを買い込んで予約済みのホテルにチェックイン(朝食及びバス&トイレ付き8200円)、フロントではちょ〜ど東京から着いたばっかりの母娘と約3週間ぶりの日本語会話ができました。豆ポタ距離約35km也。(上の絵写真はフランクフルトの摩天楼とマイン川)

14~15 May 2008... Frankfurt Hbf >>> Frankfurt Intl >>> Osaka Intl
21〜22日目(晴れ⇒晴れ) フランクフルト⇒(鉄道)⇒フランクフルト空港発⇒関西空港着

5月14日(水)〜15日(木) 朝食時にも東京からの母娘と一緒になっていろいろ情報交換、ふたりは私がひとりで自転車旅行したことをビックリしてましたけど、なんと彼女(娘)のほ〜は学生時代にドイツを一周したんやそ〜で上には上がいてま(笑)。8時半にホテルを出てフランクフルト中央駅では地下に降りたもんのホームがわからず右往左往、空港ローカル駅へはSバーン8番ホームが正解でしてんけど切符を買うのをわすれてたやおまへんか(笑)。9時半に着いたフランクフルトマイン国際空港でもオロオロして旅のプロ?の誇りは完全崩壊・・・まずはゆっくりビールを飲んで落ち着いてから収納作業ができそ〜な場所を探し、ターミナル1のルフトハンザ航空カウンタ近くでじっくり丁寧に自転車を収納、チェックイン(スポーツ用品30kgまで片道80ユーロ=約13600円)⇒セキュリティチェック⇒出国審査を受けて無事搭乗。いやはや、自転車の持ち回りはたいへんで14時半頃の出発まで時間を持て余した記憶はおまへん。いや、慌てて日本へ帰らなあかんよ〜な理由もおまへんけど翌日8時半関空到着、自宅までの輪行がいちばん骨が折れたもんのノントラブルでめでたしめでたし。

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