AnPonmanの エルベ川&モルダウ川流域ちゃりんこ旅31日間 (2008年6月11日~7月11日)

11 June 2008... Osaka Intl >>> Amsterdam/Schiphol >>> Hamburg Intl >>> Hamburg Hbf
1日目(小雨⇒曇り⇒曇り) 関西空港発⇒アムステルダム乗り継ぎ⇒ハンブルク空港着(市内予約ホテル泊)

6月11日(水) 先月メルヘン街道を走破した勢いで今回の旅行に臨んだつもりがど〜ゆ〜わけか意気消沈、出発の2日前には無計画な旅が不安でしたけど前日自転車を関空に持ち込んで準備完了。7時半自宅発、前日に預けた自転車とともにオランダ航空カウンタでチェックイン、ちなみに自転車同伴料金は20kgまで片道80ユーロ(約13600円)。両替(1700ユーロ=約289000円)も昨日済ませておりゆっくりうんこしてから11時半に離陸、18時過ぎにアムステルダム空港で乗り継いで18時55分ハンブルク空港に到着(往復155950円)。荷物受取所ではすでに自転車は出てましたが両輪ともペチャンコにされてしもてるやおまへんか! 空港内でのセットアップは20時過ぎに完了したもんの、中央駅直行バスには乗せてもらえそ〜になくハンブルク市内まで自走することに決定。距離は10〜15kmぐらいでっしゃろか、なんべんも道を尋ねながら無事中央駅近くのホテルを探し当て21時半チェックイン、朝食及びシャワー&トイレ付き13300円は風呂もないのに高額でひじょ〜に不満でおました。また、夏場でっさかい半袖短パンでじゅ〜ぶんかと思てましたら、北ドイツは予想外の寒さでパッチを持ってこんかったことを後悔。そうそう、当夜はEURO2008トルコ対スイスの試合が行なわれトルコ移民の多いハンブルクはひと晩中大騒ぎでおました。豆ポタ距離約15km也。(イラストはドイツ全土地図)

12 June 2008... Hamburg Hbf >>> Schwerin Hbf >>> Wittenberge Bhf >>> Havelberg
2日目(曇り時々雨⇒曇り時々晴) ハンブルク中央駅⇒シュヴェリン駅乗換え⇒ヴィッテンベルゲ駅⇒ハフェルベルク(ペンション泊)

6月12日(木) 9時にスタートしたもんの今にも降りそ〜な天候はウィンドブレーカにトレパンでも寒いほど。大規模工事現場を通り抜けてエルベ川に出た頃には雨が降り出し慌てて中央駅まで戻り、相性のよ〜ない都市にはアッサリ見切りをつけて鉄道で先へ進むことに決定。幸か不幸か駅の書店には3巻組の自転車道地図(1巻7ユーロ=約1200円)が2巻しかなくその始点がヴィッテンベルゲ、川沿いに南下してるとばっかり思てたら東に進んでシュヴェリンとゆ〜駅で乗換え。見事に乗り間違えた私は約2時間のロスタイムをごっつい湖のある町で過ごしましたが、こ〜ゆ〜時にも自転車の分解組立てなしに駅を出入りできるっちゅ〜のは便利でんな。直線距離約140km、ハンブルク発12時半、ロスタイムを含んでヴィッテンベルゲ着17時15分(自転車込み35ユーロ=約5950円)。ここから川までの道のりは砂利に石畳に凸凹の舗装路と散々ながら中洲の自転車道は快適、よ〜やく本格的なエルベ川自転車道を満喫しながら20時半まで走り、小綺麗な町ハフェルベルクのペンションに宿泊(朝食及びシャワー&トイレ付き26ユーロ=約4400円)。夕食はホットドッグ店でビール込み6ユーロ(約1000円)、巨々大々な尻のおば〜はんが比較的安い宿を問い合わせてくれましてん。なんぼ利便性や格が違うとはいえ昨日よりはるかにえ〜部屋で3分の1の料金・・・おりょ、サッカーはドイツがクロアチアに負けてしもたやおまへんか。ほんでから、これから先もず〜っと朝食時には忘れずに特大サンドイッチ弁当を作りましてん(笑)。豆ポタ距離約45km也。(上の絵写真は亀頭のよ〜な形の町ハフェルベルク)

13 June 2008... Havelberg >>> Tangermunde >>> Rogatz >>> Schartau
3日目(曇り一時雨⇒晴れたり曇ったり) ハフェルベルク⇒タンゲルムンデ⇒ロゲイツ⇒シャルタウ(ペンション泊)

6月13日(金) 9時にスタート。夜の雨もあがり道路も乾いてきて曇天で憂鬱な気分以外はすべて良好、パニアバッグは片方が5kgと4kgでは軽快さがぜんぜん違うし、今回ウェストポーチを加えたことでハンドルのリュックにも食料がちょびっと入り重宝。周囲は平坦な田園風景ですけどあっちゃこっちゃに防風林のよ〜な林が点在、前を初老の夫婦が走ってましたさかい安心してたら3人とも迷子になってしもたやおまへんか。地元のに〜ちゃんがバイクで途中まで案内してくれて、それから再度エルベ川自転車道に出るまで延々植杉林(起伏は僅か)を25km以上無駄走り。途中、石畳を避けて道路端でコケてしもたり(自転車のみ)3人とも林の中でオシッコしたり、彼らと別れてからは右岸堤防道(悪路)を選んで逃げ場のない所で夕立に遭いズブ濡れ。幸いにも防雨防寒兼用のウィンドブレーカとドイツ製のパニアバッグは水を通さず優秀、これ以上ない悪条件下を走って走ってよ〜やく高速道路の大橋下で雨宿り、先客のオッサン2人に助けてもらい土手から橋上の反対車線まで自転車を持ち上げ対岸へ。13時、城壁や異様な建物が残る町タンゲルムンデでは晴れてきたため半袖になってしばらく観光、15時頃には周囲に麦の穂が実る農道で大勢の自転車仲間と行き交いました。さらに小村をいくつか通り抜けてロゲイツとゆ〜町ではけっこ〜高い値段をふっかけられ、舟(自転車込み1.5ユーロ=約250円)で対岸に渡りシャルタウとゆ〜村の農家ペンションに18時45分チェックイン。朝食及びシャワー&トイレ付き24ユーロ(約4100円)、夕食は近くのレストランでビールとおまかせ定食(内容は肉とフライドポテトやったか?13ユーロ=約2200円)。豆ポタ距離約95km也。(上の絵写真は城壁や異様な建物が残る町タンゲルムンデ)

14 June 2008... Schartau >>> Magdeburg >>> Steutz
4日目(曇り一時雨⇒晴れたり曇ったり) シャルタウ⇒マクデブルク⇒ストエツ(個人宿泊)

6月14日() 8時45分に曇天下をスタート。旅の空が曇ってるとなんや気分まで落ち込んでしまいまんな・・・連日ほとんど交流もないまま雨雲から逃げ回ってるだけやおまへんか。昨日のタンゲルムンデでももっとゆっくりしたかったのに天気が読めずついつい急ぎ足、西風が冷たいもんの自転車道はお〜むね良好でいつのまにやらマクデブルクを通過、長いエルベ川沿いに都市は少なく残りはデッサウとドレスデンぐらいでっしゃろか。正午には約1kmに及ぶ石畳に泣かされたし延々続く樹木トンネルもヴェザー川自転車道にはないもの、13時には昨日ズブ濡れになった反省から雲の動きをしっかり読んで夕立直前に小村の公園に避難。そうそう、昼食は腹が減った時に弁当(朝の残り物)を食べてスーパーやガソリンスタンドでビールやワインを購入、寒いとはいえ夏場のことで1.5リットルボトルに水と混ぜて荷台に積んでました。14時半にリスタート、さらにひと踏んばりして再び小雨の降り出した小村ストエツの個人宿に18時45分チェックイン。ごっつい農家のおば〜はんは英語がわからず通りがかりの家族に通訳してもらいましたが、2階の部屋は朝食付きシャワー&トイレ別で20ユーロ(約3400円)。20時、先ほどの家族から村のパーティに招待されて教会の広場でありがたい夕食、出店でビールや食べ物が買えるうえミニバンドの演奏に合わせて数組がダンス、年に数回隣町と合同で催されるそ〜で民族衣装の若者たちが踊ったり・・・日本の村祭りでっしゃろか。しかし、今宵はドイツの試合もないせ〜か飲めや歌えの大騒ぎにはならず控え目なのはやや意外、ビールをおごってくれまんねんけどとても彼らのペースで飲めるもんやおまへん(笑)。数家族を相手に折り紙教室を開いたりして翌日1時半まで付き合いましたが足が冷えました。豆ポタ距離約85km也。(上の絵写真は祭りに招待された小村ストエツ)

15 June 2008... Steutz >>> Dessau >>> Worlitz >>> Lutherstadt Wittenberg
5日目(曇り一時雨⇒晴れたり曇ったり) ストエツ⇒デッサウ⇒ヴルリッツ⇒LTSヴィッテンベルク(YH個室泊)

6月15日() 今回の旅は元気がないうえ昨夜大阪で大地震があったと聞〜てさらに心配事が増えました。仮に大惨事やったとしてもすぐに帰られしまへんさかい無視することにしましたけど気分は憂鬱・・・さて、本日も曇天下を8時半にスタートしてあっちゃこっちゃ迷走しながら10時45分デッサウに到着。エルベ川流域有数の都市については昨夜女性英語教師から観光スポットを教わりましたが、眺めのえ〜川の辺で弁当を食べただけで再び道に迷い中年夫婦とともに14時半ヴルリッツに到着。いやはや、長距離の自転車旅ではドイツ人でさえけっこ〜迷いまんねんな、なんにも自転車道にこだわる必要はおまへんけどエルベ川から離れてしもては本末転倒(笑)。しばらく雨宿りしてからリスタートしてルタースタットヴィッテンベルクでも再度夕立に遭い、宗教改革者ルター縁の町のYHに18時半チェックイン(朝食及びシャワー&トイレ付き個室で23.5ユーロ=約4000円)。このYHのよ〜にシャワー&トイレ付きの個室に泊まれるのはごくまれで、同じ値段でもっと快適な宿を探せる私は洗濯したいときだけYHを利用、しかし美し〜町の新し〜YHには設備がなくクリーニング店を教えてくれたやおまへんか。洗濯はあきらめて近くのハンバーガ店で食べた夕食は5.5ユーロ(約935円)、食料を買い損ねた日曜日の夕方に営業中の店があったことはひじょ〜にラッピ〜。ほんでから、自転車のサドルを軽いものに換えて尻が痛いですけどそれ以外の体調はすこぶる良好。豆ポタ距離約90km也。(上の絵写真は宗教改革者ルターゆかりのの町LTSヴィッテンベルク)

16 June 2008... Lutherstadt Wittenberg >>> Torgau >>> Dobeltitz
6日目(曇り⇒晴れ一時雨) LTSヴィッテンベルク⇒トルガウ⇒トゥーベルティッツ(ペンション泊)

6月16日(月) ちょびっと遅れて9時半にスタート。幸運の女神も賞味期限切れか連日午前中は曇天午後からは夕立から逃げ回るパターン、ここらへんからチェコのプラハまで約400kmとの情報を得たもんの夢のまた夢・・・迷いかけたところでガタガタのランドナーに乗ったヒゲオヤジが近道を案内、相手がドイツ語だけでもどないかなるもんで彼と別れてから道端の休息所で昼食。途中のスーパーで買物もできましたが13時半頃からは晴れ間がのぞき風もおだやか。16時半、第2次大戦中に米ソが邂逅した場所として有名なエルベ川の町トルガウでも夕立、雨宿り後先に進んだもんの18時半にも再度夕立で不運な旅を嘆いてしまいまんな。さらに小村トゥーベルティッツまで漕いで20時前に農家のペンションにチェックイン、ガストホフのよ〜な宿は夕食と朝食及びシャワー&トイレ付きで22ユーロ(約3740円)。不勉強な私はトルガウから東が旧東ドイツかと勘違いしてましてんけど、中生ビール2杯も含んでこの値段・・・「お前が3人目の日本人や!」とゆ〜オヤジは一緒にサッカーを観たかったよ〜で、ドイツ語でぎょ〜さん話しかけてくれましたが2002年の大洪水の記録も拝見。豆ポタ距離約90km也。(上の絵写真は第2次大戦中の米ソ邂逅地点トルガウの○○○とエルベ川)

17 June 2008... Dobeltitz >>> Muhlberg >>> Kreinitz >>> Meissen >>> Radebeul
7日目(日本晴れ!) トゥーベルティッツ⇒ムールベルク⇒クレイニッツ⇒マイセン⇒ラーデボイル(YH個室泊)

6月17日(火) 普段チップをケチる私でも昨日の宿には大満足で支払いを1ユーロ追加、できることなら帰路にもぜひお世話になりたいもんでおま。珍し〜ことに6時前から朝日が差し込んで8時過ぎにスタート、次の小町ムールベルクで爺さんについて行ったら元に戻ってしもたやおまへんか。大きくS字に曲がってから舟で対岸に渡るこの地は最もわかりにくい場所のひとつ、英語を話せる人が少ないうえレフトとドイツ語のレヒト(右)は混乱の元でんな(笑)。10時半、ウィンドブレーカを脱いで半袖になった頃には大勢のサイクリストとすれ違い挨拶。11時半、トルガウから約40km南の小村クレイニッツのエルベ川畔で昼食中、オバハンらに「あんたのいてる場所がほんまの米ソ邂逅地点やねんで!」と教わりました。その後はうんざりな石畳の繰り返しと地獄の階段2ヶ所に泣かされたもんの、いつのまにやら風景に小高い丘が加わり昨春バスで左岸を走ったことを思い出しました。添乗員嬢はここらへんを世界遺産エルベ渓谷と説明してましたがそれは間違い、いやそれにしてもマイセン入り口から眺めるアルブレヒト城は見事とゆ〜他なし。但し、この日は洗濯が最優先のためマイセンをそのまま通り過ぎてYHのあるラーデボイルへ、18時半に訪れたのはいかにも旧共産圏を思わせるひじょ〜に古い施設で、時間外のせ〜か肥満体で怖い顔のオバハンはしんどそ〜に手続きしてくれました。朝食付き個室シャワー&トイレ共同で19×2ユーロ(約6375円)、ドイツ語でチンプンカンプンながら洗濯物は明日の朝持ってこいとのこと。その後、近くのスーパーでワインや酢キャベツなどを買い(8ユーロ=約1360円)早めに就寝。豆ポタ距離約100km也。(上の絵写真はエルベ川流域で最も美し〜マイセンのアルブレヒト城)

18 June 2008... Radebeul >>> Meissen >>> Radebeul
8日目(曇りのち晴れ) ラーデボイル⇒山頂村⇒マイセン⇒ラーデボイル(YH個室連泊)

6月18日(水) YHには他に中学生たちも泊まってましてんけど、ど〜ゆ〜わけか私の席が用意され朝食の盛り付けまでしてくれてるやおまへんか。あのアホはたぶんYHに泊まるのは初めてかもしれんとでも思てまんのやろか(笑)? トンチンカンなままついでに洗濯物も出してお代は3ユーロ(約500円)、ヴェザー川流域の半値以下ですけどやっぱり洗濯機でないと汚れはちゃんと落ちまへんわ。さて、例によって曇天のためゆっくり休んでから軽い自転車で背後の山頂(標高300m前後)まで、山頂村に着いた正午頃には幸運にも晴れてきて旧ザクセン王国の眺望を堪能。これでよ〜やく1週間目にしてオリジナリティのある旅になってきましたけど、半袖短パンでも暑い午後からは昨日素通りしたマイセンにも再訪。ドイツの6月はちょ〜どサクランボの実る頃で家々の赤い薔薇もひじょ〜に綺麗、周囲の段々畑はかなり古いもののよ〜でペルーのマチュピチュを彷彿。なんと、観光用SLも走るラーデボイルまで戻ったところで手漕ぎの車椅子自転車に遭遇、3輪リカちゃんとの違いは前輪やハンドルをたたんで日常生活ができるところでんな。相手は重度の身体障害者でっさかい失礼な興味本意の質問は遠慮して、スーパーで買物(8ユーロ=約1360円)後20時前にはYHに戻り休養しました。さすが怖いオバハンが睨みをきかせてるだけに古い施設とはいえ安全で清潔、なんと洗濯物は干してたたんで返してくれて旧東独なりの優しさを痛感。但し、YHでは洗濯できる代わりにシャワーは使いづらい場合が多く私自身は連日不潔(笑)。豆ポタ距離約50km也。(上の絵写真は旧ザクセン王国を一望できた山頂と葡萄栽培の段々畑)

19 June 2008... Radebeul >>> Dresden >>> Kurort Rathen >>> Konigstein >>> Bad Schandau
9日目(晴れ一時曇り) ラーデボイル⇒ドレスデン⇒クアオルトラテン⇒ケーニヒシュタイン⇒バートシャンタウ(ペンション泊)

6月19日(木) 好天下を9時過ぎにスタート、洗濯してくれた衣類はものすごえ〜香りがするやおまへんか! サッカーや自転車が好きな私ですけど、スポーツで汚れるのは苦手で風呂と洗濯機とトイレを牽〜て走りたいもんでんな(笑)。なんでやねん? やっぱり今朝もおんなじ席に私の分だけ朝食を盛り付けてくれてました。ほんでから、10時過ぎにはドキドキのドレスデン到着、かつてのザクセン王国の首都で北のフィレンツェあるいは百塔の都と謳われた都市では、昨春の中欧ツアーで訪れたとき教会見学をサボって対岸の自転車道に立ってみました。当時は危うく迷子になりかけたりビールを買い損ねて落ち込んだもんですけど、同じ場所をわずか1年数ケ月ぶりに自転車で再訪できてしもたやおまへんか。橋上から眺めるエルベ川は200m前後まで広がり珍し〜砂浜も点在、中央広場では日本人の団体を見かけたもんの観光に忙しそ〜で会話はなし。ほんまは地元ガイド嬢にチェコ国境越えについて聞〜てみたかったんですけど・・・そ〜でんねん、ドレスデンから国境までは約65kmでその日のうちに走れてしまう距離。

リスタート後は右岸の7m巾自転車道はすぐに終わって百年の思いも冷める石畳、しばらく押し歩いたもんのギブアップして舟(1.5ユーロ=約255円)で右岸道へ。自転車道は快適になりましたけど午後からは一時曇ってきて南風が正面から・・・再び晴れてきて暑さと多少のアップダウンでバテバテの14時半頃、ザクセンスイスの観光村クアオルトラテンに近付くほどに渓谷美も本格化。お恥ずかしながら、私はバスタイ橋とゆ〜のはエルベ川のどこかに架かってるもんと勘違い(笑)、山頂要塞のあるケーニヒシュタインも素通りして右岸に渡りバートシャンタウへ。18時頃、観光案内所でチェコの地図を求めたところ皆無との返事でYHも満杯、偶然出会た英語を話せる中年女性とその両親がプラハまで行くとゆ〜ので同行。しかし、残念ながら国境線のある小村シュミルカではなかなか共通の宿を探せず、ちょびっと迷惑そ〜な彼らと別れ数km後戻りしてペンションに20時半チェックイン。朝食付きバス&トイレ共同で20ユーロ(約3400円)で、今旅初めてのお風呂を満喫。豆ポタ距離約100km也。(上の絵写真は山頂にドイツ最大の要塞跡を持つ小町ケーニヒシュタイン)

20 June 2008... Bad Schandau >>> Schmilka >>> Decin >>> Usti nad Labem >>> Libochovany
10日目(曇り時々小雨⇒薄曇り⇒晴れ) バートシャンタウ⇒シュミルカ⇒国境⇒デチン⇒ウスティナドラベム⇒リボコバニィ(YH個室泊)

6月20日(金) なんちゅ〜ても宿に風呂が付いてるほどありがたいもんはおまへんな。チップも置いて8時半にスタート、再度町の中心まで引き返して本屋へ立ち寄ってみたもんのチェコに関する情報はゼロ。それにしても国境の町で隣国の地図が手に入らんっちゅ〜のは・・・いや、そもそも何をビビってるかとゆ〜とでんな、旧共産圏でっさかい・・・検問は? 治安は? 言葉は? 宿泊は? それはそれは物凄いプレッシャー。昨春の中欧ツアーではチェコ国境を通過する際30分前後待たされたうえ、仲間がパスポートの不備を指摘されたりしましたさかい心細いかぎり・・・

シュミルカの先には検問所らしき建物は見えてまんねんけど自転車道はなし・・・やっぱり舟で左岸に渡るんやろかと思案中「どないしたん?」と声をかけてくれたのは巨乳巨尻のね〜やん、お互い片言の英語ですけど無事に国境を越えられるかど〜か相談してみたところ、対岸の自転車道を次の町まで自転車で一緒に走ってくれたやおまへんか。11時半頃まで、トンチンカンな英会話で10数kmの楽し〜デートができましたけど、彼女は昼食の誘いを断って小雨のパラつく中を急いで引き返して行きました。

なんや移民が多いけど国境手前にまだこんなごっつい町があったんかいな? 探し回った観光案内所で聞かされるまでチェコに入国したとは思いもよらず「ぐえ(なんちゅ〜声を出すねん!)、こっここはチェコでっかいな?」「いらっしゃい! 知らんかったん? ユーロ圏はノンチェックやねん!」巨乳が飛び出しそ〜なね〜やんはいくつか必須のチェコ語をメモってくれました。ちょびっと重いもんのチェコ全土の分厚い地図を8ユーロ(約1360円)で購入、ユーロは場所によっては使える程度でおつりはコルナとゆ〜通貨で返ってきます。そ〜かいな・・・自転車の美女は私をチェコまで送り届けてくれたんやと改めて感謝。

さて、このデチンとゆ〜町からは自転車レーンもある左岸国道を走ってみましたが快適、ず〜っとラーベ川(エルベ川)沿いに進んで行けるところも安心でよろしおま。ドイツとどない違うかとゆ〜と・・・古い列車や工場の煙突が旧共産圏の名残でっしゃろか? エルベ渓谷が終わってからは日本の田舎と違和感のない山々が続きます。13時頃、途中の村に立ち寄りドイツから持参した弁当を食べながら小学生たちと交流、とゆ〜ても彼らは学校で英語を習てまへんさかい双方チンプンカンプン(笑)。

次のごっつい町ウスティナドラベムで橋を渡ると右岸には自転車道があるやおまへんか、17時頃リボコバニィとゆ〜小村で宿を探すことにして立ち寄った酒場で尋ねてみました。この店ではユーロも使えるうえちょびっと英語を話せる客のひとりが近くの宿まで案内、村立YHのよ〜な広い施設は食事なしシャワー&トイレ共同で8ユーロ(約1360円)。以前、ヴェザー川流域で15ユーロ(約2550円)の難民収用所のよ〜な宿を辞退、心配しましたけど小学校やったとゆ〜建物の内部は設備も新しく文句おまへん。再度酒場に戻り親切なサイクリストにビールをおごって話してたら、筋骨たくまし〜40才前後の大男も会話に加わり自宅に夕飯を食いに来いとのこと。

いっぺん部屋に戻ってみたところ、偶然にも昨日同行を諦めた家族もおんなじ宿に泊まってるやおまへんか!「なんとか国境を越えましたでっせ!」「あんたどないしてこんなとこ見つけたん?」4人で大笑い。その後はこの村のすぐ傍を流れるエルベ川の畔を散歩してみましたが、河原とゆ〜より広い平坦な土手は丁寧に草を刈り込んであり芝生の上を歩く気分。20時、彼の家ではガールフレンドとも〜ひとり女性を加えて庭でソーセージ焼き、ぎょ〜さんニンニクを付けて食べたり角切りのスイカを入れてワインを飲んだり、巨乳のチェコ美人ふたりともお尻が小さいのがドイツ女性との違いでっしゃろか? 表裏に庭のある広い家の中を案内してもろた後は再度酒場の大型モニタでサッカー観戦。

準々決勝のクロアチア対トルコの試合はPK戦の末トルコが初の準決勝進出、疲れた私は半分寝てましたけど1次リーグで敗退したチェコでも観まんねんな。ビールは彼のおごりでしたがとても連中のペースで飲めるもんやおまへん(笑)。店にはさらなる巨乳美女がいて「この女え〜胸してるやろ? つれて帰り!」とからかわれながら、ラストは深夜(すでに翌日!)の折り紙教室を開いていちばん長い日によ〜やく終止符。豆ポタ距離約100km也。(上の絵写真はチェコのデチンへ向かう国道にあるシュミルカの国境検問所。2007年12月21日、東欧9ヵ国がシェンゲン協定に参加しドイツとの国境でも検問を廃止)

21 June 2008... Libochovany >>> Litomerice >>> Roudnice >>> Klecanky
11日目(曇りのち晴れ) リボコバニィ⇒リトムニェジツェ⇒ロウドニツェ⇒クレサニ(個人宿泊)

6月21日() 朝食もご馳走してくれた彼は一緒に自転車でリトムニェジツェまで案内、約10km先の町では車のガールフレンドとも合流していろいろアドバイス「え〜か、黄色いR2の標識に沿って走りや! プラハではこことここを観て財布には気〜つけるんやで! 帰りが月曜日やったら車にも注意せ〜! ちょびっと両替もしといたるわ・・・何か困ったらいつでも電話してき!」わかりやすい地図を用意して彼女が順路メモってくれるなど至れり尽くせり。そうそう、途中の家々の壁に描かれた波模様は2002年のエルベ川大洪水の記念やそ〜で、なんと水位が4.5mも上昇してもちろん彼の家も水浸しになったとのこと。ほんでから、チェコ語講座は「まいど」が「アホイ」「ほなお〜きに」は「デクイ、ナスフレダノ」ドイツでもそ〜でしたが、私が一生懸命発音をメモるのを見てみんな面白がりまんねんな(笑)。例えば、リトムニェジツェのジはリとの中間で我々日本人には発音不可能・・・

ちゅ〜わけで、彼らに礼をゆ〜て別れたもんの次の町ロウドニツェで迷子になったやおまへんか。なんべん繰り返しても川端に出られしまへんさかい自転車道は諦めることにして、国道240号線から608号線へ約20km先のモルダウ川まで大巾ショートカット。アップダウンもけっこ〜おましたけどなんとか漕ぎ上げられる範囲内、自転車レーンなしでっさかいひじょ〜に危険ですけど大阪よりは安全ですわ(笑)。ところで、私は昨春ガイド嬢の話を鵜飲みにしてエルベ川がチェコではモルダウ川と呼ばれると勘違い、エルベ川はラベと発音が変わるだけでスピンドレルムーレの源泉から流れ出し、オーストリア国境付近から始まるモルダウ川はプラハを経てエルベ川に合流しまんねんな。

さて、そのモルダウ川も通り越してさらに608号線を約20km走り続けプラハは目前、途中の小村でコギャル4人組に宿を尋ねたついでにジュースをおごって折り紙教室、ひと休みしてからも〜ひと漕ぎ新興住宅地?クレサニの個人宿に宿泊。新築の部屋は食事なしシャワー&トイレ付きで20ユーロ(約3400円)、夕食は手持ちの食料で間に合わせましたがなんとなくビジネスライクな宿でした。なお、準々決勝の第3試合は、ロシアが優勝候補の一角オランダを延長戦の末3対1で破り独立後初の準決勝進出。豆ポタ距離約100km以上也。(上の絵写真はチェコで2番目に古い街といわれるリトムニェジツェ)

22 June 2008... Klecanky >>> Praha >>> Skochovice
12日目(日本晴れ!) クレサニ⇒プラハ⇒スココヴィツェ(YH個室泊)

6月22日() 9時にスタートしてモルダウ川(巾約150m)に出会うまではけっこ〜長い丘を下り、川沿いの舗装された自転車道を走れたのはわずかで残りはひどい瓦礫道。プラハに近付くほどに改善されましたけど今度は何かのイベントで通行止め、迂回するついでにスーパーで食料を仕入れ丘上に押し上げてみたもんの・・・汗をかいたわりにはそれほどの眺望は得られず10時過ぎによ〜やく朝食。それにしても、意図したわけでもなく日曜日にプラハに入れてしかも日本晴れ! 11時にシンボルのひとつカレル橋に到着、世界遺産の旧市街はほとんどが石畳でっさかい自転車は押して歩くしかおまへんけど、さすがにヨーロッパで最も中世の雰囲気を残す街といわれるだけのことはあり大満足。昨春の中欧ツアーでは仲間が買物中に再度カレル橋まで行こ〜として迷子になり焦ったもんで、まさかわずか1年後に自転車ひとり旅でチェコのプラハを再訪できるとは・・・

熱中症になりそ〜なほど暑い日でしたさかい昼食後は河畔の公園でしばらくお昼寝。気がついてみると自転車の前輪がペッチャンコになってしもてるやおまへんか! 荷物は全部無事でしたけどさては誰かのイタズラか? 木陰の芝生に座り込んで調べたところバルブの根元が破れており予備チューブと交換。やれやれ、余裕のある時間と場所でパンクしてくれたのが不幸中の幸いでしたけど、26インチ極太タイヤは走行中にズレるよ〜でバルブの根元に負担がかかりまんねんな。とゆ〜わけで、思たより簡単にプラハまで来れたもんのこれから先どないしたもんか・・・15時からはそんなことを考えながら城丘を散策後とりあえず川上へリスタート、モルダウ川をさらに200km遡ればオーストリア国境近くの古都チェスキークルムロフ。それにしてもプラハの街はごっついでんな・・・他の都市パリやロンドンあたりでも近代建築物が乱立してまっさかいここはお値打ち。

市内の車道にも自転車レーンがおますけどそこから先は車道端を約25km、スココヴィツェとゆ〜小村で探し当てたのは広い芝生のグラウンドがあるYHに似た施設。19時半、スタッフが3人いてるのに30分待てとゆ〜しパスポートまで見せ〜といわれて・・・チェコ語はお手上げでっさかいサッカーボールを借りて時間を潰しましたけど、いかにも旧共産圏らし〜ダラダラした仕事ぶりに腹を立てた私は「なんやその態度は! お互い人種も違うしちゃんと説明せなわかれへんやないか(これ以上は内緒○△□)!」机を叩いて大阪弁で怒鳴ってしまいましてんな・・・しかし、これで相手の態度が改まりましたさかいやっぱり舐められてはあきまへん(笑)。ま〜ま〜の部屋は食事なしシャワー&トイレ付きで15ユーロ(約2550円)、食料は途中のガソリンスタンドで仕入れときましたがユーロは渋々おつりはコルナ。但し、宿泊費のよ〜なまとまった金額はほぽどこでもユーロを受け取ってくれました。豆ポタ距離約50km也。(上の絵写真はモルダウ川右岸からのカレル橋とプラハ城眺望)

23 June 2008... Skochovice >>> Stechovice >>> Praha >>> Rez
13日目(曇りのち晴れ) スココヴィツェ⇒シチェコヴィツェ⇒プラハ⇒チェズ(ガストホフ泊)

6月23日(月) 夜明け前には激し〜雷雨があり自転車を2階まで持ち上げといて正解でおました。9時にスタート、しかしこれぐらい教えてくれても・・・右岸の車道は5kmぐらいで行き止まりになってしもたやおまへんか・・・右往左往後約20kmあと戻りしてよ〜やく橋を渡れたとゆ〜朝から散々な無駄走り。ところで、かなり南まで来たよ〜な気がするもんのチェコのプラハはフランクフルトと同緯度、それでも北ドイツに比べると日暮れが早まり22時前には暗なってきまんねんな。まだ旅は前半でっさかい200km彼方のチェスキークルムロフまでは余裕で往復できまっしゃろ。

左岸の国道にも自転車レーンはおまへんけどサイクリストの姿もあって一応安心、途中のスーパーで食料を仕入れてモルダウ川の畔で朝と昼を兼ねた食事もできました。おりょ・・・おんなじよ〜な名前の小町シチェコヴィツェにはごっついダムがあって行き止まり、ちょびっとだけダム沿いの崖っぷちにチャレンジしてみましたが危険で断念。川を離れた国道のほ〜もなんぼ押し上げてもキリがない大峠で屈辱的なギブアップ、麓まで戻った正午頃には中年ドイツ人夫妻が登って行きましたさかいたいしたもんでんな。よ〜やくおみやげ店兼観光案内所を見つけて地図を購入(6ユーロ=約1000円)、いや入国当初購入した地図は重量軽減のため捨ててしもて・・・それによるとこの先川巾は数倍に広がり渓谷も深まって自転車では無理と判断。

くたびれ儲けの末にプラハまで戻り鉄道を利用するかど〜か考えてたら鉄柱に激突! とゆ〜ても徐行運転でっさかいハンドルで受け止めて無傷ですみましたけど(笑)。何日か滞在してもよかったプラハをあとにして帰路は川沿いの自転車道を進み、西日と闘いながらの宿探しはチェズとゆ〜村のガストホフに20時前チェックイン。食事なしシャワー&トイレ付きで20ユーロ(約3400円)のところ、朝食をまけてれるよ〜交渉したら「お前の国の朝飯なんぼやねん?」これまた意地の悪いババァでチェコが美女の国とゆ〜のは取り消し! 自転車置き場がなく部屋へ持ち込むことだけは許してくれましたけど。そうそう、残念ながら昨夜はTVがおまへんでしたが準々決勝の残り1試合は、スペインがPK戦の末W杯覇者イタリアを破り1984年以来6大会ぶりの準決勝進出。豆ポタ距離約100km以上也。(上の絵写真はごっついダムのある町シチェコヴィツェ)

24 June 2008... Rez >>> Libcice >>> Litomerice >>> Libochovany
14日目(晴れ⇒一時曇り⇒晴れ) チェズ⇒リボチツェ⇒リトムニェジツェ⇒リボコバニィ(YH?個室再泊)

6月24日(火) 昨日に続いて明け方は雨でしたが9時にスタートする頃には快晴、しかし自転車道は極端な悪路で車道にも迂回できず釣り人に尋ねて対岸へ進路変更。なんじゃこりゃ・・・橋の向こうはローカル駅でしたさかいホームの端から線路に下りて細い山道へ、両岸ともワーストワンを競うほどの悪路でしたがなんとか次の小町リボチツェに到着。立ち寄ったコンビニ?で笑顔で対応してくれたのはなんとも素敵な台湾美女、「ニッポンから来たん?」「そやねん、プラハからの帰りで・・・」なっなんでんねんこの安堵感、なんで昨日も〜ひと頑張りしてこの町に泊まれへんかってんと後悔しきり。その後も良かったり悪かったりを繰り返す自転車道を延々走ってから国道608号線へ、帰路もさっさと国道に入るべきでしたけど無事リトムニェジツェに15時着。この日は朝からバテ気味でしたが午後からの薄曇りの天候には大助かり、久しぶりのラーベ川(エルベ川)自転車道をも〜ひと漕ぎしてリボコバニィ村で再泊することに。

途中「お〜い大阪人! リボコバニィまでかいな?」車の2人に見覚えおまへんねんけど、ひょっとすると酒場の奥でビリヤードをやってた連中でっしゃろか(笑)? 17時半、管理人のおば〜はんに前払い(食事なしシャワー&トイレ共同で8ユーロ=約1360円)、前回とおんなじ部屋でしたが今回はど〜やら私ひとりのよ〜で広い施設を独占。残念ながら友人は留守でしたさかい夕食は村にも〜一軒ある酒場兼レストランへ、おまかせ定食のメインはトンカツみたいなもんでしたけど中身はチーズ。店には若い男女も数人いて流暢な英語を話す青年とはすぐに意気投合、も〜ひとり全身入墨だらけの親日オヤジも話に加わりシッチャカメッチャカ。もちろんここでも18番の折り紙教室をやりましたけど、なんとギャルのひとりはナプキンでポコチンをこしらえてるやおまへんか(笑)。チェコでの飲食費は1日平均7.5ユーロぐらいでしたが当日はやや贅沢して約15ユーロ(約2550円)、平日のレストラン(とゆ〜てもみんな飲むばっかり)は22時を過ぎても賑やかなことでおました。なお、チェコ語講座ははいとい〜え併せて「アノネ」ビールは「ピボ」自転車は「コロ」豆ポタ距離約90km也。(上の絵写真はまたいつか訪れたい村リボコバニィ)

25 June 2008... Libochovany >>> Decin >>> Schmilka >>> Konigstein >>> Strand
15日目(晴れたり曇ったり再三夕立) リボコバニィ⇒デチン⇒シュミルカ⇒ケーニヒシュタイン⇒ストランド(個人宿泊)

6月25日(水) 8時15分にスタート、車道と自転車道を折り交ぜながら9時半にはウスティナドラベムに到着。なんやねん・・・右岸には素晴らし〜自転車道があり往路危険な車道を走ったことを後悔。それにしても、なんで3巻のガイドブックにプラハまでの道のりが載ってまへんのやろ? 11時、ひと息にデチンまで走りチェコ通貨をほぼ使い切って朝食兼昼食後お別れのスケッチ。この地域の国境線はZ形とゆ〜か、左岸自転車道国境からエルベ川を数km北上して右岸車道国境でんねんな。12時45分、シュミルカに着いた頃からは再三の夕立に雨宿りを強いられ、なんとバートシャンタウの駅に逃げ込んだ直後には豪雨になってしもたやおまへんか。次の小町ケーニヒシュタインではYHに泊まって洗濯したかったんですけど、尋ねる人ごとに違う答えで観光案内所の可愛〜ね〜やんまでが帰り支度中・・・なんや再三再四の雨宿りと右往左往ですんでしもたよ〜な午後でしたけど、小村ストランドの個人宿に18時半チェックイン(朝食及びシャワー&トイレ付きで2泊40ユーロ=約6800円)。そうそう、準決勝の1試合はドイツがトルコとの接戦を3対2で制して決勝に進出! 豆ポタ距離約100km也。(上の絵写真はチェコ国境の町デチンの風景)

26 June 2008... Strand >>> Kurort Rathen >>> Konigstein >>> Strand
16日目(薄曇り⇒晴れ) ストランド⇒クアオルトラテン⇒ケーニヒシュタイン⇒ストランド(個人宿連泊)

6月26日(木) 9時過ぎにスタート。この日の朝は北西風で肌寒く下半身短パンで出かけたことをちょびっと後悔、宿からクアオルトラテン村まではすぐで軽い自転車と共に渡し舟で対岸へ(往復3ユーロ=約500円)。さすがにザクセンスイスの中心地だけあって平日でもぎょ〜さんの観光客、鉄道駅もすぐ近くでっさかいドレスデンからでも1時間もかかりまへんやろ。とりあえずは奥へ上へと山頂村まで自転車を押し上げてみたもんのこれは失敗(笑)、有名なバスタイ橋に向かう登山道はもっと川の近くにあり自転車を残して徒歩約30分、山頂には立派なホテルやレストランもあって他のルートからは車や自転車でも登れる様子。いやそれにしても、標高300m前後からのエルベ渓谷眺望はまさに絶景とゆ〜以外おまへんし、これだけキチンと整備された観光地が無料(一部1.5ユーロ)っちゅ〜のは信じられまへんわ。

往路、バスタイ橋はエルベ川に架かってるもんと勘違いしたおかげで帰路の楽しみが増えました。ところで、ザクセンスイスとゆ〜のはドイツザクセン地方のスイスに似た場所とゆ〜意味ですが、私たちが思い浮かべるスイスはアルプスの麓のチロリン村でっさかいこの珍岩奇岩は??? などと考えながら展望台でメモを取ってると「何を書いてますか?」とゆ〜日本語、相手は初老のドイツ人でしたが奥さんがせわしない人ですぐ立ち去ってしもて残念。そうそう、この町のみやげもん屋でよ〜やく理想ど〜りのガイドブックを購入(5ユーロ=約850円)、見開き180cmのイラストマップにはチェコのエルベ源泉から北海に至る北ドイツの河口まで、31ヶ所の見所が紹介されており私がほんまに欲しかったのはこれでんがなこれでんがな・・・

午後からもさわやかな好天が続き、昨日YHを探し損ねた山頂城塞のある小町ケーニヒシュタインまで5〜6km後戻り。おりょ、宿を通り越しながら気付いたのは、往路スケッチするかど〜か迷た可愛いらし〜家にご縁で泊まってましてんな(笑)。16時半、急坂の車道端と絶望的な登山道を押し上げて(標高約300m)辿り着いてみると、反対側からロードバイクのに〜ちゃんが気楽そ〜に登ってきたやおまへんか(笑)。ケーニヒシュタイン城塞(入場料10ユーロ=約1700円)から見下ろすエルベ川は大きく蛇行して流れ、巨大な環状丘陵に展開する牧歌的風景こそまさにチロリン村そのものでおました。はいな、スイス人の画家は昔ここからの眺望をザクセンスイスと呼んだんやわと勝手に解釈、麓のスーパーで食料を買い込んでから宿に引き上げて2度目の連泊日も大成功。なお、準決勝の残り1試合はスペインがロシアを3対0で退けなんと24年ぶりの決勝進出! 私は準々決勝でオランダを一蹴したロシアが最強かと思てましてんけど・・・豆ポタ距離約15km也。(上の絵写真はエルベ渓谷最高の景観のひとつバスタイ橋)

27 June 2008... Strand >>> Pirna >>> Dresden
17日目(晴れ⇒曇り強西風一時小雨) ストランド⇒ピルナ⇒ドレスデン(YH個室泊)

6月27日(金) いわゆる空き部屋貸しの個人宿は泊まるには最高なんですけど、チェコからここらへんまでず〜っと鉄道の近くで五月蝿いのが難点(笑)。余談ながら、私がドイツの食材中いちばん美味いと思うのは酢キャベツで、昨夜はそれに蒸した小海老をぎょ〜さん混ぜて食べましたが、大戦中にもドイツ人を栄養失調から守ったといわれる食材は必須でおま。さて、8時15分にスタートしてクアオルトラテンの公衆トイレでもっぺんうんこ、脚全体がダルいうえ左膝が痛いもんの左岸自転車道を駆け抜けてドレスデン着11時。ここでよ〜やく懸念の予備チューブ(6ユーロ=約1000円)購入及び注油、日本のよ〜にそこらぢゅ〜に自転車屋があるわけやおまへんさかいホッとひと安心。途中の町ピルナのスポーツ店には自転車も置いてるのにチューブはなし、当日は西からの冷たい強風に煽られましたが北西に流れるエルベ川ではこたえまんねん。この風では観光台無しで早めにYHにチェックイン(朝食付きシャワー&トイレ共同の個室連泊32×2ユーロ=約10900円)、不便で苦手なYHに泊まる理由は洗濯(2ユーロ=約340円)だけですけどそれにしてもこの施設は高価。16時まで入れたれへんといわれて仕方なく旧市街を散策後スーパーで買い出し、幸いシャワー室には鍵のかかるところもあり他のYHよりはいくぶんマシでおました。豆ポタ距離約45km也。


28 June 2008... Dresden 18日目(曇り強西風) ドレスデン(YH個室連泊)

6月28日() 洗濯物は昨夜のうちにほぼ乾いてしもて高価な連泊が無駄遣いに思えましたけど、この強風下を自転車で走るのはくたびれ儲けと諦めてほとんどどこにも出かけずに休眠。これまた余談ながら、連日の筋力トレーニング内容は腹筋100回に腕立て伏せ50回と四股踏み数10回、残念ながらフロントのロシア人的風貌のね〜やんとは親しゅ〜なれまへなんだ(笑)。(上の絵写真は旧ザクセン王国の首都ドレスデンとエルベ川の夕景)

29 June 2008... Dresden Hbf >>> Leipzig Hbf >>> Magdeburg Hbf >>> Parey
19日目(日本晴れ!) ドレスデン中央駅⇒ライプツィヒ中央駅⇒マクデブルク中央駅⇒パライ(個人宿泊)

6月29日() 9時過ぎの天候は風も止んで快晴! これから先の劣悪自転車道に懲りた私は鉄道を利用して約3分の1をショートカット、YH近くのドレスデン中央駅からライプツィヒ経由でマクデブルクへ(自転車込み25.5ユーロ=約4350円)。あらま、自転車を乗せる便の関係で1.5時間も待たされてしもたやおまへんか! とゆ〜わけでまたまた仕方なしに自転車レーンのある幹線道路を組み合わせて、エルベ川を挟んだ旧市街をもっぺんゆっくりひと回りしてきました。13時、乗り換え駅のライプツィヒでもちょ〜ど1時間待ちでしたさかい旧市街を散策、こ〜ゆ〜場合に自転車でいきなり走り出せる環境はほんま有難いもんでんな。エルベ川からは遠く離れたライプツィヒは、バッハやシューマン、リストにワーグナーなど偉大な音楽家ゆかりの町。ほんでから、ゲーテ街道の東端でもあるこの地に立ち寄れたのはひじょ〜にラッピ〜、1泊分のコストで300km前後も移動できる鉄道はじょ〜ずに利用せなあきまへん。

15時45分、大阪市内の電車にさえ乗り間違える私としては奇跡的にマクデブルク到着、エルベ川流域ではハンブルクやドレスデンに次ぐ都市なんですけど往路は素通り、結局大阪中之島に匹敵する巨大な中洲の自然公園を散策しただけでこの町とはお別れ。その後しばらくは快適な自転車道が続いたもんの右岸はやがて絶望的な石畳に変貌、宿さえない小村になんべんも回り道しながらよ〜やく辿り着いたのは小町パライ。ガラの悪い中華風酒場の前で声をかけてくれた極太のに〜ちゃんに安宿を尋ね、中から出てきた小柄な店主はタイ人かベトナム人の風貌でしたが、彼らが相談後案内してくれた近くの個人宿に21時過ぎにチェックイン。「あんた知ってるか? ドイツと日本とは昔な〜・・・」とゆ〜わけで、初老の夫婦が歓待してくれた部屋は朝食及びバス&トイレ付きで18ユーロ(約3050円)。

大急ぎで先刻の酒場に引き返し夕食(ビール数杯含め6ユーロ=約1000円)とTV観戦。そ〜でんねん、遅刻してしまいましたが今宵がEURO2008の決勝戦でしたやおまへんか! とゆ〜てもでんな・・・必死でドイツを応援してるのは私ひとりだけで、他の客は外のテーブルで飲んで騒いで時々テレビの前に戻ってくる程度。おまかせ定食はどないみても獅子河馬風でしたが店主は中華料理のつもり・・・激戦に次ぐ激戦に耐え抜いて勝ち上がったスペインと、開催国同様の楽チンな環境で決勝まで進んだドイツの対戦は・・・無数の攻撃パターンを持つ前者が強すぎましたでんな(1対0で44年ぶり2度目の優勝)。バラックを中心としたドイツは2002年W杯準優勝時点から主力選手を固定、地元開催の2006年W杯さえ獲りそこねて今回がラストチャンスでしてんけど、酔っパライの連中と一緒に観戦したもんの優勝の感激を分かち合えず残念・・・豆ポタ距離約50km也。(上の絵写真は小町パライの個人宿)


30 June 2008... Parey >>> Havelberg >>> ruhstadt
20日目(日本晴れ!) パライ⇒ハフェルベルク⇒ルシュテット(個人宿泊)

6月30日(月) 残念ながら、親切で温かい宿のご夫婦と交流する時間も連泊する余裕もおまへんでしたけど、シャワー嫌いの私は風呂に入れただけでも大満足でチップを2ユーロ置いて行きました。ちょびっと英語の話せる女将はぎょ〜さんおしゃべりしたい様子でしたが、昨夜の決勝戦を残念がる私に大将のほ〜が「エスパーニャ・・・」と一言。あれでんな、東ドイツやからとかチェコやからど〜こ〜ゆ〜のは私自身の偏見であって、どこの国や地域にも親切で温かい人はぎょ〜さんいてるもんやと改めて思いま。とゆ〜わけで、EURO2008も終わってしもて残り3分の1の日程で北ドイツの旅・・・

9時スタート。近所のミニスーパーで石鹸や乾電池を購入(4.5ユーロ=約770円)、素敵な村に別れを告げて車道と堤防道を組み合わせながら、石畳になったところで諦めて引き返しちょびっと川から離れた車道107号線へ。ほとんどの場合傍らに自転車道が整備され時々はエルベ自転車道指定やったり、左岸の古町タンゲルムンデにも再訪したかったもんの彼方から遠望しながら断念。そうそう、いつのまにやら周囲の風景は一変してマクデブルク以北は見渡すかぎりの平原、一面の麦畑にところどころ植林が点在し廃線になった鉄道が車道と並走。13時半、2日目に宿泊した美町ハフェルベルクでは昼食と観光を兼ねてひと休み、その後はエルベ川景と自転車道双方を楽しみながらコウノトリ村ルシュテットへ。小村ながら有名な観光地のよ〜でガストホフやペンションはいずれも値段が高く、町外れの農家の個人宿に17時チェックイン(朝食及びバス&トイレ付きで23ユーロ=約3900円)。豆ポタ距離約80km也。

1 July 2008... Ruhstadt >>> Wittenberge >>> Lenzen >>> Domitz >>> Raffatz
21日目(日本晴れ!) ルシュテット⇒ヴィッテンベルゲ⇒レンツェン⇒ドゥーミッツ⇒ラファッツ(個人宿泊)

7月1日(火) 女将はニコやかなおば〜はんでしたけど朝食の内容はちょびっとお粗末、昨夜どこに泊まってましたんやろ初老の男女4人組と一緒になったやおまへんか。まずはサッカーのお悔やみを告げたところ「別に気にしてへん!」と返答、彼らもチェコのプラハまで自転車旅行中で「ぜひ北海まで行ってきや!」とのこと。ところで、昨夜大喜びでバスタブに足を入れたらなんと水風呂でしたやおまへんか! 今朝はチビリチビリ1時間以上湯を貯めて朝風呂に入れましたけど。9時過ぎにスタート、10時過ぎにはヴィッテンベルゲに着き自転車道マップNo.3を購入(7ユーロ=約1200円)、ついでにスーパーにも立ち寄って食料買い出しも(9ユーロ=約1550円)。約300km南には同名のルターシュタットヴィッテンベルクもおまっさかい、両市は東西を分けてるもんやと思てましたがここも旧東独のよ〜でんな。往路の始点となった町からは比較的交通量の少ない車道195号線を進み、小学校低学年のサッカー授業(グラウンドは芝生!)を見学しながらの昼食。巨乳巨尻の女教師はヒステリックに「エスパーニャ!」と叫び続けてました(笑)。

植松林を通り過ぎても半日影の並木道が続いて茅葺き農家もチラホラ、13時過ぎには古い木組みの家並みが可愛〜小村レンツェンで小休止。今日から7月、北西西方向に流れを変えたエルベ川は残り直線距離で200km強。強脚やったら2日で走ってしまえる距離を10日間でやりくりせなあきまへんけど、午後からの強い西風に逆らいながら照りつける西日に向かって走るのはたいへん。15時にはうまいことエルベ河畔に出ましたさかいちょ〜ど1時間木陰でお昼寝、おそらくエルベ川流域で唯一東西境界線に位置する小町ドゥーミッツも通過。ここらへんは2002年の大洪水以降の新堤防があり自転車道も良好、とはゆ〜もんのかっての国境地帯だけに周辺に集落が少なく宿探しは困難。途中で出会った子供連れの主婦が案内してくれたのは農家2軒だけの小村? 老夫婦の個人宿(朝食及びシャワー&トイレ付きで24ユーロ=約4100円)は、寝室以外に広いリビング2部屋とキッチンもある2階を貸切りの贅沢三昧。まだ16時過ぎでしたがゆっくり休むことにして宿泊ノートにはスケッチを1枚。豆ポタ距離約60km也。(上の絵写真は農家2軒だけの小村ラファッツの個人宿)


2 July 2008... Raffatz >>> Konau >>> Geesthacht >>> Drage
22日目(日本晴れ!) ラファッツ⇒コナウ⇒ゲースザクト⇒ドラゲ(ペンション泊)

7月2日(水) 土間とゆ〜のかリビングとゆ〜のか、正面玄関を入るとズドーンと奥まで広がる巨大空間はまさに未体験ゾーン。朝食はそこで食べましてんけど黒っぽい猟犬が1匹ウロチョロして「ワシになつかんとあっちゃ行き!」とゆ〜のに足元に寝てしもたやおまへんか。踏んでも蹴っても動きまへんさかい女将にどけてもらいましたけど、英語は忘れてしもたと笑てた彼女が朝にはちょびっと話せるよ〜になっており、豪華な朝食は「好きなだけ持って行き!」と袋までくれる大サービス。出発前、自転車に荷物を積んでたら犬がボールをくわえてきたのでしばしお相手、えらいもんでんな!サッカー王国の犬はドリブルにもちゃんと対応しまんねん(笑)、ボールを思い切り蹴飛ばせる広い芝生の庭のすぐ横はエルベ川とゆ〜環境。9時半、遅いスタートが悔やまれるほどの好天ながら風向きが変わりましたさかい雨が心配、失礼かもしれず聞かれしまへんけどここらへんはすでに旧西独でっしゃろか?

値千金の追い風に乗ってできたてホヤホヤの真新し〜堤防自転車道を快適走行、大洪水以来の堤防工事は景観に配慮しながら現在も進められてまんねんな。コナウ村の茅葺き農家集落を散策してから木陰でお弁当を食べてると・・・おっおじ〜さん、ワテにドイツ語で道を聞〜てどないしまんねん? さっきの渡しのこっちゃなとだいたいわかったからよろしおましたけど(笑)。その後、再び車道に戻ってからが地獄でなんべんも迷子になって右往左往、ゲースザクトで大橋を渡り左岸に移ってからも21時まで宿探しが難航、茅葺き農家のペンションは朝食付きバス&トイレ共同で18ユーロ(約3050円)。いきなり家主の爺さんを含む4人(ひとりは彼の息子か?)がビールで歓迎してくれて、荷物もほったらかしたまま日付が変わるまで酒宴にお付合い(誰のおごりやねん?)。も〜ひとり巨乳のね〜やんがおったら最高なんやけどと文句い〜ながら・・・豆ポタ距離約100km也。

3 July 2008... Drage >>> Hamburg >>> Stade >>> Butzflethermoor
23日目(晴れ⇒曇り⇒雨) ドラゲ⇒ハンブルク⇒シュターデ⇒ブッフリータモア(ガストホフ泊)

7月3日(木) いっぺん泊まりたかった北ドイツの茅葺き農家は清潔とはいえまへんでしたが、2階の小部屋からエルベ川を眺めることができたのはこの宿が初めてでっしゃろか。すでにハンブルク州内のよ〜で美し〜河畔に高い宿はなんぼでもおまんねんけど、ちょびっと戸惑うのがペンションや個人宿が見当たれへんこと。昨夕はちょ〜どうまいこと泊まり客のひとりに外で出会えたからよかったもんの、彼も数泊してるとかゆ〜てましたさかい宿の種類が違うんかもしれまへん。さて、9時前にスタートして風も穏やかな好天下の新堤防自転車道を快適に走行、とはゆ〜もんの昨日はあっちゃこっちゃ迷走したうえ深夜まで飲んだくれて疲労蓄積。しもた・・・寝不足と軽い2日酔いでご馳走になった分のチップを置き忘れたやおまへんか・・・

10時半頃には曇ってきましたさかい、今日は早めに宿を探してゆっくり休みまひょ。11時半にはハンブルク市内に入りそのまま左岸を通り抜けるつもりが迷走また迷走、再び川沿いに出たのはなんと17時半でしたが広い川風景は最高でおました。次の町シュターデは川からは離れますけど運河の畔の家並みがドイツらしからぬ美しさで、最高の場所にあるYHを探し当てたもんの満室やからと断られたやおまへんか。昨日のよ〜なタイプの農家数軒でも1泊ではアカンとか家族用やからと門前払い・・・仕方なくさらに進んで片田舎ブッフリータモアのガストホフに20時半チェックイン、朝食及びシャワー&トイレ付きで32ユーロ(約5450円)は高いですけどしょ〜がおまへん。幸か不幸か到着直後に雨が降り始め夕食は途中で買い出した素材で節約・・・豆ポタ距離約100km也。(上の絵写真はかつてエルベ川の交易港として栄えたシュターデ)


4 July 2008... Butzflethermoor 24日目(終日雨) ブッフリータモア(ガストホフ連泊)

7月4日(金) 雨は朝まで降り続いて一向に止む気配もおまへんさかい朝食時に連泊を依頼、窓の外ではオバハン数人のグループが休むかど〜か迷てましたが、なんちゅ〜たかて雨の中を自転車でトコトコ走るほど惨めなもんはおまへん。ついつい最後まで酒の付合いをしてしまう私は今日こそ休養に専念、やっぱり3週間を越える旅では爪切りも持ってきといて正解でおましたでんな。ほんでから、ちょびっとだけと念を押した夕食のお任せ定食はサラダが最高でしたが、ごっつい白身魚フライ3枚にポテトやタイ米がてんこ盛りで値段が心配(笑)。また、ビールのサイズが北と南ではちゃいまんねん(夕食代17ユーロ+宿代32ユーロ=約8350円)。立派な店でマスターの料理の腕もえ〜のに残念ながら場所が辺鄙、最も泊まり客の多い金曜日に私ひとりだけっちゅ〜のは厳し〜でんな・・・

5 July 2008... Butzflethermoor >>> Gluckstadt >>> Brunsbuttel >>> Gluckstadt >>> Freiburg
25日目(曇り⇒晴れ) ブッフリータモア⇒グルックシュタット⇒ブルンスブッテル⇒グルックシュタット⇒フレイブルク(ガストホフ泊)

7月5日() なんと、北ドイツにも蚊がいてまんねんな! まるで梅雨のよ〜に1昼2夜降り続いたせ〜でっしゃろけど夜中に数匹を退治。もちろん蝿もいてまっさかいほとんどの宿には蝿タタキが置いてあります。ほんでから、昨夜奥歯の詰め物が外れてしもて・・・海外旅行中には些細なことさえダメージが大き〜もんででおま。雨上がりの9時半にスタートして大回りしながら河畔のエルベ自転車道へ、土曜日の自転車人口はぎょ〜さんでみんなにつられて渡しに乗船、運河でも渡るんかいなと思てたら広いエルベ川の対岸に移ってしもたやおまへんか。中型のフェリー料金は自転車込み2.5ユーロ(約430円)所要時間約30分、やや肌寒い天候で服装はドイツ到着時点と同様ウィンドブレーカに長ズボン。チェコで気力体力を使い果たした私は終盤の北ドイツでは気が抜けてしもて・・・ま〜目的地クックスハーフェンまでは河口から再度フェリーで渡りまひょ。11時、グルックシュタットの川沿いには美し〜茅葺き農家の集落がおましたけど、観光用とゆ〜よりもなんや個人が別荘として購入し修復に努めてる雰囲気。

も〜ひとつ気付いたことは自転車道の数100mごとに鉄柵が設けられて、羊が逃げ出さんよ〜に重い扉を開け締めさせられるのがじつに面倒。当初は障害物ゲーム感覚で羊やうんこだらけの道を楽しんでましてんけど、北ドイツはドライとゆ〜か気配りの行き届いたドイツ人気質とはちゃいまんねんな? 14時半、そ〜こ〜するうち男女7人組に合流させてもらい河口のブルンスブッテルへ「雨の昨日はどないしててん?」「宿で寝てましてんわ(笑)」「そ〜か、ワシらは鉄道で移動したけど・・・ところでクックスハーフェンまでのフェリーはないど!」無知な私は皆目知りまへんでしたがエルベ右岸最後の町には大規模運河があり、すでにおよそ100年前から北海とバルト海はつながってましてんわ! 欧州最大級の貿易港ハンブルクは例えば淀川河口を遡った京都におまんねんけど、この大規模な運河を切り開いたおかげでさらに繁栄してきたわけでんな。見学後は「お前はゲストやから!」とてんこ盛りのアイスクリームをご馳走になり、私のほ〜は例によって18番折り紙教室(これしかないんか?)を開きました。その後、彼らは運河沿い約100kmの自転車道をキールまで走るとのことでしたが、私は元の道をグルックシュタットまで約25km引き返しYHでも門前払い。

再度フェリーで左岸に渡り次の小綺麗な町フレイブルクでも宿探しは難航、親切な初老夫婦に安宿を尋ねたところ奥さんがあっちゃこっちゃ奔走。20時、なんとかガストホフ(朝食及びシャワー&トイレ付きで30ユーロ=約5000円)に泊まれましたが、1時間前後もウロウロさせられた理由は当日が年にいっぺんのパーティでしてんな。内容的には4日目の小村ストエツと同様でしたがみんながビールや食べ物をくれて、またまた私のほ〜は例によって折り紙教室(これしかないんか?)を開きました。22時頃一旦先程の夫婦宅に預けた自転車を引き取りに伺ったところ、体の不自由なご主人が両手で杖をついて宿まで案内してくれたやおまへんか。再び教会広場のパーティ会場に戻り、なんとはるばるチェコからやってきたとゆ〜爺さんとも話しましたが、会場の有色人種は私ひとりで町中で見かけた移民の姿はどこにもおまへなんだ。24時頃、ふと夜空を見上げると織姫と彦星がいてましたさかい、私を珍しそ〜に見つめる可愛〜コギャルたちに火の傍らで七夕の話をしましたが、残念なことに私の出鱈目英語では彼女たちには皆目通じまへんでした(笑)。豆ポタ距離約80km也。(上の絵写真はフレイブルクで催された年にいっぺんのパーティ←写真提供A&C)

6 July 2008... Freiburg >>> Cuxhaven >>> Otterndorf
26日目(曇り⇒雷雨⇒晴れ) フレイブルク⇒クックスハーフェン⇒オッテルンドルフ(YH個室泊)

7月6日() それにしても・・・昨日はちょびっと運命の不思議を思う1日でした。もし間違えて右岸に渡ってなかったらその日のうちにクックスハーフェンに至り、小町フレイブルクに立ち寄って年にいっぺんのパーティに招かれることもなかったし、7人組と巨大運河を見学することもおまへなんだでっしゃろさかい・・・もし右岸河口のブルンスブッテルにフェリーがあったら、もしグルックシュタットのYHに空室があったら・・・まさしく多次元宇宙のSF世界やおまへんか(笑)。さて、親切な夫婦宅に再度立ち寄り別れを告げて一路クックスハーフェンへ、こだわる理由はそこがエルベ川とヴェザー川両自転車道の終点とゆ〜わけで、前回はヴェザー河口のブレーマーハーフェンで引き返したからでもおます。9時半に半袖短パンでスタートしたもんのほぼ無風ながら肌寒い天候下、堤防を越えて未開通の新自転車道を試してみたところそれはそれは快適でした。日曜日の自転車族の出足は鈍く11時頃よ〜やくひと家族に出会い進路を修正、羊と共有する旧自転車道では数カ所階段状の羊止めに遭遇して腰や膝が悪化。14時半、クックスハーフェンの辺鄙なYHをよ〜やく探し当てたのに個室は無理とのこと、北海が見渡せる海岸線に出て雨宿りの場所を確保した直後にはひじょ〜に激しい雷雨。ついでにそこで休息を兼ねて16時頃まで昼寝することにしましたが、ズブ濡れになって右往左往するドイツ人たちは私よりもはるかに呑気ですわ(笑)。結局オッテルンドルフまで引き返しYHに18時チェックイン(朝食付きシャワー&トイレ共同で2泊42ユーロ=約7150円)、連泊する理由は洗濯物(3ユーロ=約500円)がぎょ〜さん溜まりましたさかい・・・豆ポタ距離約75km也。


7 July 2008... Otterndorf 27日目(曇り時々雨) 終日オッテルンドルフ(YH個室連泊)

7月7日(月) 外出しよ〜としたら雨が降り出しコギャルたちとの交流もないまま終日休養、一応エルベ河口までとゆ〜目標は達成したもんの無意味な2日間でおました。豆ポタ距離約1km也。(上の絵写真はエルベ河口の港町クックスハーフェン)

8 July 2008... Otterndorf >>> Stade >>> Luhe >>> Schulau >>> Hamburg
28日目(曇り時々雨南西風強) オッテルンドルフ⇒シュターデ⇒ルーヘ⇒シュラウ⇒ハンブルク(安ホテル泊)

7月8日(火) 9時前、昨夜からの雨がよ〜やく止んだもんの今後ど〜なるか不安なままのスタート。本日もウィンドブレーカに長ズボンとゆ〜スタイルで、台風並の追い風に乗って車道73号線の自転車レーンを快適に走行。やっぱり帰国の3日前になるとソワソワしてきまっさかい・・・この日の予定は右岸に渡りハンブルクの周辺で宿を探すだけ。シュターデからは川沿いに出てみたもんのなかなか渡し船が見つからず雨宿り、あっちゃこっちゃ迷走後ルーヘの渡し場でも再び激し〜雷雨でまた雨宿り。16時、今までのフェリーとは違いえらく自転車を乗せにくい中型客船でしたが、初めてエルベ川を遡る船旅を楽しめました(所要時間約30分、自転車込み6ユーロ=約1000円)。

対岸に着いてからも雨宿りさせられたもんの川沿いの自転車道はお〜むね快適、但し周辺はリゾート地で宿代も高そ〜・・・どんどん走るうちついにハンブルクの中心へ。19時、すぐに見つかったYHには残念ながら個室がおまへんでしたさかい、宿探しも兼ねて空港まで往復してみたところストライキ中とかで明後日が心配。そ〜こ〜するうち歓楽街周辺にはぎょ〜さん安ホテルがあることがわかったもんの、時間も遅く自転車盗難を心配しながら当たってみた10軒ほどは全部満室。中国人経営のホテル(朝食付きシャワー&トイレ共同で29ユーロ=約4950円)に泊まれたのは午前0時、露骨に日本人を毛嫌いするオーナーとは自転車の置き場所についてもめたうえ、部屋も汚く最後になっていきなり現実に引き戻された気がしましたでんな。豆ポタ距離約100km以上也。


9 July 2008... Hamburg 29日目(曇り一時雨西風強) ハンブルク(予約ホテル泊)

7月9日(水) 不愉快な安ホテルに泊まったことを悔やみながら10時半にスタート、冷たい西風の吹く曇天下を午前中はハンブルク市内観光、最後にアルスター湖を一周するかど〜か迷てたら急に雨が降ってきたやおまへんか。慌てて湖畔から逃げ戻り雨宿りしてたらウェストポーチを紛失、外してオシッコしたときにベンチにでも置き忘れましたんやろか? 周辺を探し回りましたが今回から採用したウェストポーチはいっぺんでアウト・・・滅多にこ〜ゆ〜ミスはしまへんねんけど気が抜けてしもてましてんな・・・財布はポケットに入れ現金を分散所持してたのが不幸中の幸いでおましたけど、中には現金50ユーロ(約8500円)とYHカードと薬品を入れてましたやろか。14時半、予約したホテルにチェックインして打ちひしがれた気分のまま休養(朝食及びシャワー&トイレ付き13300円)。豆ポタ距離約15km也。(上の絵写真は欧州最大級の貿易都市ハンブルクとエルベ川)


10~11 July 2008... Hamburg Intl >>> Amsterdam-Schiphol >>> Osaka Intl
30~31日目(曇り⇒雨⇒炎天) ハンブルク空港⇒アムステルダム乗り継ぎ⇒関西空港(機内泊)

7月10日(木)~11日(金) 朝食を断念して6時半にホテルをスタート、練習したにもかかわらず迷走しながら7時半に空港到着、直後に雨が降り始め行きも帰りも散々なハンブルクでおました(笑)。空港内の適当な場所を探して8時半に自転車収納完了、オランダ航空では別途オーバーサイズバゲージとゆ〜場所まで自分で運ばされて、9時45分になんとかチェックイン完了(自転車20kgまで片道80ユーロ=約13600円)。11時40分に離陸してラッピ〜なことに2席を自由にできました。雨のアムステルダム空港での乗り継ぎも比較的スムーズでしたが、トンマな客が遅れたうえにキャンセルして機内で長時間待たされ離陸は16時過ぎ。よ〜やくひと月ぶりに隣席の日本人と日本語による会話、その後は最後尾に移動して3席に寝転んで帰路のフライトはひじょ〜に楽チン。翌朝9時35分関空着、そこから灼熱地獄の自宅までの輪行が最大の難関でしたが、南海天下茶屋駅で前輪パンクに気付き朝駆けのハンブルクやなかったことを安堵。

PostScript... エルベ川の巾や長さは前回のヴェザー川のざっと2倍、後者の大部分が農道を兼ねるのに対し前者は車道を流用することも多く、素晴らし〜コースが長続きする反面石畳や瓦礫の悪路も頻繁に現れて苦しめられました。今回最大の収穫はなんちゅ〜ても国境を越えてチェコのプラハまで行けたことですが、昨年暮からヨーロッパのほとんどの地域で国境検問が廃止されたよ〜で、旧共産圏も治安は悪くなく宿探しも思てたほどたいへんではおまへなんだ。また、道中国境周辺のエルベ渓谷は見もので、中でもザクセンスイスと呼ばれる地帯の景観はそれは素晴らしゅ〜おました。ちょ〜どEURO2008(サッカー欧州杯)がスイスとオーストリアの共催で行なわれ、ドイツの優勝をみんなで祝いたかったのに決勝戦でスペインに破れて残念。余談ながら、オーストリア人ハイドンがハプスブルク皇帝を賛美するために作り、同家統治下のオーストリア国歌でもあった曲がドイツ国歌になってまんねんな。ところで、今回長距離自転車旅についてはいろいろ疑問が生じたのも事実で、衣食住全アイテムを積んで走る以外はどない節約しても1日5000円、鉄道やったらこの金額でいっぺんに300km前後移動できるし、車やったら寝泊まりもできまっさかい自転車のメリットはいったい何なんやろと・・・おまけに、航空会社から目の敵にされる自転車は今後各社とも有料化または値上げが進み、ルフトハンザなんぞ9月からワンフライト150ユーロ(約25500円)になりまんねん。現地で300ユーロの自転車を買うか借りるかして旅行の形態を変えなあきまへん・・・

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