AnPonmanのドナウ川流域ちゃりんこ旅33日間 (2008年8月29日~9月30日)

29 August 2008... Osaka Airport >>> Frankfurt Airport >>> Frankfurt
1日目(曇り⇒曇り) 関西空港発⇒フランクフルト空港着⇒(市内中央駅前の予約ホテルに宿泊)

8月29日(金)、3回目の海外自転車ひとり旅は、主にドナウ川流域をハンガリーのブダペストまで走るつもりでおま。美しく青きドナウは全長約2840km、中欧を唯一東西に流れるヨーロッパ第2の大河で8ヶ国を経て黒海に注ぎます。6時半に両手にパニアを抱えて出発してちょ〜ど8時に関空着。前日に預けた自転車と一緒にルフトハンザ航空カウンタでチェックイン、自転車輸送費は30kgまで片道80ユーロ(約13600円)。両替も昨日済ませておりゆっくりウンコしてから直行便で10時半に関空を離陸、15時前にフランクフルト空港に無事到着。

入国審査後自転車を引き取って出口近くで組み立てて、予約ホテルのあるフランクフルト市内中央駅前まで強引に自走。曇天下を尋ね尋ね、迷走を繰り返しながらマイン川自転車道に出て17時半に市の中心へ。両岸の立派な河川公園ではアートフェスティバル?が催されており、ロックの生演奏を聴きながら腹ごしらえして20時前にホテルにチェックイン(朝食及びバス&トイレ付き8200円)。豆ポタ距離約20km也。(添付資料は中欧ドナウ川流域地図)

30 August 2008... Frankfurt >>> Worth
2日目(日本晴れ!) フランクフルト⇒ヴルツ(ガストホフ泊)

8月30日() 昨夜風呂上がりにヘソを出してウトウトしてたせ〜かちょびっと喉がおかしおま。中央駅前のホテルコンチネンタルは日本人にも人気があるよ〜で、朝食時にはライン川下りのあとパリまで向かうとゆ〜ギャル2人組と雑談。9時にスタートしてマイン川右岸を走り始めたもんの工場地帯になってしもたやおまへんか。ガイドマップを買い損ねたまま迷走して1時間後によ〜やく左岸に渡れましたけど、このチョンボの前にもエロビデオ代を11ユーロ(約1870円)も請求されて・・・「警告もなしにサギやないか! 内容もお粗末やったしちょびっとまけて〜な!」とは若い女性スタッフに言えまへなんだ(笑)。

朝は半袖では肌寒かったもんの幸いにも好天に恵まれすぐに短パンに。マインの川巾は数100m、いつのまにやらメルヘン街道の始発点ハーナウは通り過ぎたよ〜で、周囲には小高い山や丘が迫り田園は少なく住宅街や工場が点在。左岸自転車道はほぼ川沿いに整備されて起伏もなくお〜むね快適、週末で自転車はぎょ〜さんでも大荷物を積んだ長距離旅行者は私ぐらい。16時、小町ヴルツの河畔のガストホフに40を35ユーロ(約6000円)に値切って宿泊、朝食付きでバストイレは共用でしたがゆっくり風呂に入れました。豆ポタ距離約70km也。(上の絵写真はフランクフルト旧市街を流れるマイン川)

31 August 2008... Worth >>> Wernfeld
3日目(晴れ⇒薄曇り) ヴルツ⇒ヴェルンフェルト(個人宿泊)

8月31日()は8時45分スタート。風邪が心配ですけど今のところ熱もなく体調は良好、ウィンドブレーカはこれまでのところ必要なく11時には短パンに。今旅の自転車は、軟質グリップ付きの補助バーを追加して姿勢を変えられるようになったこと、バネ付きのどデカサドルに戻してお尻がずいぶん楽になったことで、ほんでから、ボトルケージもごっついやつに交換して1.5リットル瓶も運べるようになりました。それにしても、灼熱地獄の大阪ではほとんど走れてまへんさかい完ペキに練習不足(笑)・・・

川上へ行くほど風景はよ〜なる一方で美し〜村や町が点在、リンゴが真っ赤に色づく頃で蚊は姿を消したもんのミツバチには注意が必要でんな。途中のダムでは若いカップルに助けられ右岸へ進路変更、急な階段の上り下りはこたえましたが危うく迷走するとこやおまへんか。18時半、小町ヴェルンフェルトの丘途上にある個人宿にチェックイン(朝食及びシャワートイレ付き18ユーロ=約3050円)。なお、夕食は近くのガストホフでビールにソーセージと酢キャベツ炒め。豆ポタ距離約90km也。(上の絵写真はマイン川と自転車道)

1 September 2008... Wernfeld >>> BadMergentheim >>> Rothenburg
4日目(雨⇒曇り⇒晴れ) ヴェルンフェルト⇒(鉄道)⇒バートメルゲントハイム⇒ローテンブルク(ガストハウス泊)

9月1日(月)は昨夜から雨・・・。近くに鉄道があることは知ってましたさかい9時15分にスタート、無人駅までの1kmでびしょ濡れになってしまいましたがすぐに列車が到着、車掌には手前の駅からヴュルツブルクまで行くと説明しましてんけど請求なし(笑)? 10時にヴュルツブルク中央駅到着、ロマンチック街道の始点でも雨は止まず駅の書店でマップ(7ユーロ=約1200円)を購入、観光は諦めてバートメルゲントハイムまでさらに鉄道移動(自転車込み8ユーロ=約1360円)。専用車両に乗り合わせた夫婦と話すうちに、車窓から山や丘は遠ざかり田園風景が広がってきたではおまへんか。

12時半にバートメルゲントハイム着、なんとホームは地ベタでしたが彼らが降りるのを手伝〜てくれました。コンパスが3個あっても太陽がおらんっちゅ〜のは不安なもんでんな、ロマンチック街道自転車道の起伏はかなりのもんで押し上げること再三、頭上の雨雲から逃げながら最後にも〜ひと丘登って17時にローテンブルク着。秋晴れのマルクト広場でのんびり休んでたら一転してにわか雨、観光案内所の美女に教わった格安のガストハウスに19時宿泊(朝食付きシャワートイレ共用24ユーロ=約4100円)。なお、旧市街内にYHもおましてんけど残念ながら個室が空いておらず断念、日本語メニューもあるレストランで昨日とおんなじよ〜な内容の夕食(笑)。豆ポタ距離約60km也。(上の絵写真はロマンチック街道のハイライトローテンブルク旧市街)

2 September 2008... Rothenburg >>> Dinkelsbuhl >>> Nordlingen
5日目(晴れ⇒曇り⇒晴れ) ローテンブルク⇒ディンケルスビュール⇒ネルトリンゲン(ホテル泊)

9月2日(火) 宿のチェックアウトは10時まででしたさかい、昨春のツアーでは断念した高台からの展望をなんとしてもと、マルクト広場の市庁舎の鐘楼に登ってみたところ展望台は9時半から。爺さんに時間がないと頼み込んで15分前に入れた場所は怖かったのなんの・・・腰が抜けたやおまへんか(笑)。狭い展望台は5分交代のよ〜で「時間がないゆ〜といてお前いつまでおんねん!」と爺さん(笑)。10時にスタートする頃には雲が増えて南西風やや強、しばらくして半袖短パンになり車道(自転車レーンなし)を走ってみましたが、こちらもなんとか乗り切れる程度のアップダウンの繰り返しでどこがロマンチック(笑)? 街道に沿うタウバー川は日本の小川ぐらいの巾、序盤からも〜膝が限界でっさかい鉄道を利用したいのにこの辺りは廃線みたいでんな。15時、ディンケルスビュールでよ〜やく探し当てたYHはなんと休業中・・・再度車道まで戻るコースをMTBで案内してくれたのは巨乳巨尻嬢、トンチンカンな会話で30分ぐらい一緒に走りましたけどほんまにえ〜娘でおました。

途中のスーパーで食料買い出しもできて17時半、かつてNASA米航空宇宙局も調査に訪れたとゆ〜クレータ都市ネルトリンゲン着、ここには映画"X-files the movie"のよに地下には巨大UFOが眠ってまんねん! そない信じて一目散に漕いできたもんの遠望するダニエルの塔は平地にあるやおまへんか。今回の旅の楽しみのひとつでしてんけど、これやったらまだローテンブルクのほがそれらし〜雰囲気でんな。ここでも迷走後探し当てたYH(私設)は42ユーロと高額で洗濯施設もなし、結局円盤の中心ダニエルの塔前のホテルに20時チェックイン(朝食及びシャワートイレ付き)。45ユーロのところを40ユーロ(約6800円)にまけてもらいましたが、ほんまは正午前後に目的地のど真ん中にチェックインしてゆっくり観光したほが得やのに、貧乏性の私は連日安宿探しに駆けずり回ってぎょさんの時間と体力を無駄遣い(笑)豆ポタ距離約70km也。(上の絵写真は巨大UFOが不時着してできた都市?ネルトリンゲン)

3 September 2008... Nordlingen >>> Donauworth >>> Ingolstadt
6日目(晴れ⇒日暮れに雷雨) ネルトリンゲンから鉄道で⇒ドナウベルト⇒インゴルシュタット(ホテル泊)

9月3日(水) 高いかわりホテルの朝食はビュッフェスタイルでっさかい、ウェストポーチに弁当をてんこ盛りにできるのがよろしおま(笑)。9時からは管理人と一緒にダニエルの塔に登り旧市街を展望(2ユーロ=約340円)、とゆ〜ても高さ100mそこそこでは円盤都市を確認するのは無理。しばらくして登ってきたのは10人前後の日本人ツアーグループ、学生時代に訪れた場所を10年ぶりに再びとゆ同窓会でおました。11時前にスタートしたもんの、膝はガクガク体はバテバテでドナウベルトまで鉄道を利用(自転車込み9.5ユーロ=約1600円)、ドイツでもローカル線の乗降はたいへんで足腰をさらに痛めてしまいました。ロマンチック街道も残りは100kmちょびっと、風景もどんどんチロル風になってきまんねんけどここは迷わずドナウ川沿いに。それにしても、川巾100m前後の泥茶色ドナウにはちょびっと拍子抜けでんな・・・よ〜やくアップダウンから解放されたと思たらまだまだ丘陵地帯が続くやおまへんか。

暑い! それでもわずかに南西風が背中を押してくれるので楽チン、途中で砂利道が10km近くも続き車道に切り換えたところ前輪がパンク!(15時半)、皆目日影のない場所でチューブを交換して走ってたら17時半に再度パンク! 今度は慎重にタイヤを点検してみたらひじょ〜に小さな石が刺さってたやおまへんか。接着シールを探してるところへ通りがかったサイクリストが余分を置いて行ってくれました。18時半、到着したインゴルシュタットのYHにも個室がなくさらに10km先の小町まで、2軒とも値段の高いガストホフで引き返すうちに日が暮れたうえ大嵐に遭遇・・・ズブ濡れになって駆け込んだガレージでの2時間はこれで人生終わりかと思いました(笑)。雷雨が止んでからも迷走してインゴルシュタットでホテルを探せたのは21時半、翌朝洗濯も頼むことにして2連泊は朝食付きシャワートイレ共用で74ユーロ(約12600円)、はじめからここに泊まっといたらと自身のアホさ加減を嘆くばかり・・・豆ポタ距離約90km也。


4 September 2008... Ingolstadt 7日目(曇り⇒小雨) 終日インゴルシュタットで休養(ホテル連泊)

9月4日(木) アホは風邪ひかんっちゅ〜のはほんまの話でんな(笑)、数日寝込んでしまうかと心配してたのにピンピンしてるやおまへんか。洗濯物がたまってYHで2泊するつもりが3つ星ホテルで贅沢三昧・・・個人宿の4倍の値段でもシャワーしかおまへんさかい体が冷えて・・・ちょびっと外出してみたらまた小雨に遭いましたけど駅の場所を確認、国境まで鉄道を利用することにしてガイドマップNo.2も購入(12.5ユーロ=約2130円)。まさか・・・不幸は度重なるもんで洗濯の請求書を見てビックリ仰天! どこの世界に自転車着をドライクリーニングするアホがおんねん? 執拗な値切りも通じず58ユーロ(約9860円)・・・これやったら全部捨てて買いなおしたほ〜がマシでおました(笑)。豆ポタ距離5km也。(上の絵写真は呪われた町?インゴルシュタット)

5 September 2008... Ingolstadt >>> regensburg >>> Passau >>> Aschach
8日目(曇り⇒快晴) インゴルシュタットから鉄道を利用⇒パッサウから国境通過⇒アッシャー(ガストホフ泊)

9月5日(金) 朝食時にはウェストポーチに弁当をてんこ盛りにして7時半スタート。今にも降り出しそ〜な曇天下を一目散に駅まで走って悪夢の町から退散、鼻水鼻声は初日から引きずってるもんの幸いにして体調は良好。とりあえずレーゲンスブルクまで自転車込み17.5ユーロ(約3000円)、MTBの美女が「自転車切符は捨てんとなんべんも使いや!」と教えてくれました。10時15分、ドイツ国内のドナウ川沿いでは最もごっつい町レーゲンスブルクに到着。しかし、曇天のうえここ2日の無駄遣いで精神的に落ち込んで観光気分半減、旧市街をひと巡りしただけで11時発パッサウ行きに乗車(19ユーロ=約3250円)。車窓から広大な田園風景を眺めるうちに12時45分国境の町パッサウ着、ここでオーストリアとの国境線を流れるイン川を吸収してドナウは大河になりまんねんな。両川が出逢う地点は巾約1km(ちょ〜ど淀川河口ぐらい)、その後も最狭500mの巾を保ちながらわずか150mの高低差でウィーンへ(距離約325km)。丘上の要塞から上の絵写真の風景を楽しむつもりが自転車では登れず断念、ついでに選択した左岸自転車道はしばらく車道や鉄道と並走、約30km川が国境線になりまんねんけど右岸はすでにオーストリア。

おりょ? 途中数カ所に人魚姫の像、ドナウにもローレライ伝説がおまんのか? 国境を越えた頃から朝の天気がウソのよ〜に晴れ渡ってしかも無風、いつのまにやら車道も鉄道も姿を消してまるで美し〜湖岸を走ってるよ〜な風景は、いきなりヴェーザー川やエルベ川自転車道を凌いでもたやおまへんか。但し、左岸には数kmにわたり道が途切れてしまう場所があり、同様に道を間違えた中年ドイツ人夫婦と引き返して渡し舟で対岸へ(2ユーロ=約340円)。その後は3人で小町アッシャーまで素晴らし〜右岸自転車道を満喫、タフな彼らは凹凸タイヤのMTBでさらにリンツより先まで走るとのこと。私のほ〜は花の金曜日でもあり早めに宿を探すことにして、2軒断られた後川畔にあるガストホフに18時半チェックイン(朝食付きバストイレ共用で35ユーロ=約6000円)。セクシーなね〜やんが3人も働いてる屋外レストランは大盛況でしたが、わかりやすい英語で親切に対応してくれてオーストリアでの初泊はひと安心。ちょびっと高めですけどひじょ〜に広い部屋で、共用の風呂もゆっくり利用することができてお〜いに満足。豆ポタ距離約75km也。(上の絵写真は国境の町パッサウでイン川と合流するドナウ川)

6 September 2008... Aschach >>> Linz >>> Summerau >>> Vyssi Brod
9日目(日本晴れ!) アッシャー⇒リンツ⇒(鉄道)⇒スマロー⇒国境⇒ヴィッシブロット(ガストホフ泊)

9月6日() 好天下を8時半にスタート。すぐに半袖短パンになりましたけど相変わらず川沿いの素晴らし〜自転車道が続き、パッサウからリンツまでの約100kmは両岸の自転車道どちらを選んでも大満足、ドイツにもない素晴らし〜環境はなんべんでも走りに訪れたい場所のひとつでんな。途中のガソリンスタンドではザルツカンマーグートの地図を購入(飲料水含む15ユーロ=約2550円)、1枚の大きな見開き地図には有難いことにチェコの南部も載ってるやおまへんか。10時半、オーストリア第3都市リンツに到着、周辺の山頂にチロリン村風牧草地が広がるところはドイツにはない風景。まずは観光案内所で場所を教わった自転車店で予備チューブ2本を購入(15ユーロ)、中央駅では地図を見せてだいたいここらへんへと曖昧な相談の結果、13時過ぎのチェスケブデヨヴィツェ行きに乗車(自転車込み22.5ユーロ=約3800円)。なんと、オーストリア国鉄(OBB)では専用車両に前輪をぶら下げまんねんな! しかし、彼らのクロスバイクは15kgを越えまっさかい落下したらどないしまんねん? もちろん私は荷物を積んだままの自転車を支えながら隅ッコに座ってましたけど。さて、好天の本日中にチェスキークルムロフを訪れて2泊するつもりが予想外の展開に・・・

国境手前の乗り換え駅スモローでは約1.5時間周辺の村々を散策して過ごし、たった1両のローカル線に地面から1mの高さまで自転車を持ち上げて乗車。客は私ひとりでしたけどチェコに入ってひと駅目でど〜ゆ〜わけかまた1時間待ち・・・車掌のオバハンに尋ねてみてもこれがまた冷たい女でチンプンカンプン・・・前回の旅でもそ〜でしたけどチェコの女性公務員はなんでせせら笑いまんのやろ? この態度には腹が立ちまっさかい「ヘラヘラ笑てんとちゃんと説明しやがれクソババ!」 理由は不明ながら次の駅からはバスに乗り換えなあかんとかなんとかゆ〜てるみたいでんな・・・諦めることにして自転車を降ろし寂れた駅の正面に回ってみるとキオスクがあり、ツーリング姿のオッサンやオバハンが7人でビールを飲んでるやおまへんか。1杯ご馳走になりながら相談してみるに自走でもなんとかモルダウ川には出られそ〜で、起伏と凸凹の山道を後悔しながら途中の村で宿を尋ね尋ね小町ヴィッシブロットまで。源流まであと10km前後のこの町は有名な観光地のよ〜でホテルやペンションがぎょ〜さんおましたが、17時45分、数軒断られた後チェックインできたのは丘の中腹にあるガストホフ(朝食及びシャワートイレ付きで26ユーロ=約4400円)。前回に続いて「アホイ(まいど)!」と挨拶できるのは嬉し〜もんでんな、数人で休息中の女性スタッフに折鶴を1羽プレゼントしたらケーキが帰ってきました(笑)。豆ポタ距離約60km也。(上の絵写真はモルダウ川上流の美町ヴィッシブロット)

7 September 2008... Vyssi Brod >>> Cesky Krumlov
10日目(曇り⇒雨) ヴィッシブロット⇒チェスキークルムロフ(個人宿泊)

9月7日() 曇天下を8時45分にスタート、6日目の判断ミスがこ〜ゆ〜ところにヒビ〜てきまんねんな、好天の昨日チェスキークルムロフに着けたらどんだけよかったか(悔)。ほんでから、地図によるとモルダウ川の源流はごっつい湖でしてんわ! っちゅ〜わけで、上流ヴィッシブロットではも〜普通の川巾ですけどすでに水は泥茶色(笑)。登りはそれほどでもおまへなんだけど、峠頂からはひと山下る感じで引き返すんは無理、もっぺん川に出逢たところでこの寒いのに水着姿の人がぎょ〜さんいてるやおまへんか。週末でもあり、ど〜やら彼らはカヌーやゴムボートで川下りを楽しんでるよ〜でんな。その後も延々、川沿いの車道を下って1年半ぶりのチェスキークルムロフへ・・・とゆ〜たかて、古都の入口は普通の田舎町で予備知識なしには通り過ぎてしまうほど、旧市街はモルダウ川がW字蛇行を繰り返す低地にあってすぐにはわかりまへん(汗)。

10時45分、とりあえず古都を展望してみよ〜と丘上に押し上げてみたもんのこれは失敗、宿探しを兼ねて旧市街を徘徊後川畔の素敵な個人宿へ(朝食及びシャワートイレ付きで40ユーロ=約6800円)。正午過ぎのチェックインとゆ〜のはおそらく初めての経験でっしゃろけどこれが正解、部屋に荷物を残して軽い自転車で散策・・・連日簡単にできそ〜ででけまへんねんな(笑)。なるほど、例の川下りの終点は旧市街のど真ん中っちゅ〜わけでこれは彼らの勝ち、どれほど有名な場所でも訪れ方によってじぇんじぇん印象が違てしまいまっさかい。いや〜それにしても綺麗でんなチェスキークルムロフ・・・路地や川畔を歩いてもよし城内中空回廊からの眺望(上の絵写真)もまた格別、ツアーでは登り損ねた鐘楼では大阪弁が懐かしゅ〜てギャル2人組としばらく雑談、ユーロは使えず観光案内所でちょびっと両替してもらい登楼料40コルナ(約200円)。一旦宿に戻り、再度歩いて出かけたところ15時頃からはと〜と〜雨が降り出しました。豆ポタ距離約35km也。(上の絵写真はモルダウ川に囲まれた古都チェスキークルムロフ)

8 September 2008... Cesky Krumlov >>> (by train&bus) >>> Linz >>> Attnang Puchheim
11日目(曇り⇒晴れ) チェスキークルムロフ⇒(鉄道やバス)⇒リンツ⇒アットナンプッチェイム(ガストホフ泊)

9月8日(月) ちょびっと寒おましたけど朝食は川辺のテラスで雰囲気も内容もゴージャス、旧市街中心の教会が巾20m前後の川を挟んだ目の前にあって景観もなかなか。苦心惨憺して辿り着いただけに連泊するかど〜か悩みましてんけど、個人宿がネルトリンゲンのど真ん中のホテルと同額っちゅ〜のは厳しおま。さて、もっぺんリンツまで戻らなあきまへんけど大荷物での山越え国境越えは無理、丘上の駅ではユーロが使えず初めてクレジットカードが活躍(自転車込み23ユーロ=約3900円)。窓口のオバハンはいとも簡単にリンツまでの時間表を打ち出したもんの・・・10時35分発の便はチェスケブデヨヴィツェで乗り換えるだけでOKやおまへんか。ほんまかいな・・・私の??顔を見て声をかけてきたのはドイツの青年「ドナウ川自転車道をブダペストまで? ハンガリーの排気ガスはものすごいで!」さらに「鉄道工事区域をバスに乗り換えなあかんから・・・自転車切符もあれへんし俺がゆ〜たるわ!」っちゅ〜わけで、彼にコテンパンにやられるオバハンはまるで先生に叱られる子供のよ〜やおまへんか。私がキレる彼女たちのせせら笑いはど〜やら無知無能を胡麻菓子てまんねんな(笑)。

ほんでから、バスにも2回乗り換えたうえ地獄のローカル線で国境を越えてまた乗り換え・・・そのうちの1回はバス乗り場がどこやらわからず右往左往・・・もっぺん駅まで戻って確認したもんの今度はどのバスやらわからずアタフタ・・・無事に戻れたのが不思議なほどでチェコへの出入りは毎回寿命が縮みま(笑)。そうそう、バスにはワゴン車が追走して自転車などの大荷物を運んでくれまんねんけど、そこらへんの連係プレーは鉄道ローカル線とは大違いにスムーズでおました。14時45分着、リンツには滞在せずに再度鉄道でアットナンプッチェイムへ、窓口で打ち出してくれた便は秒読みの14時57分発でしたが滑り込み(9.2ユーロ=約1550円)。16時ちょ〜ど、ザルツカンマーグートの入口に当たる駅まで乗り換えなしに着けたもんの、またしてもアテが外れてなんにもない小町で宿探しに右往左往・・・個人宿がひとつも見当たらずもっと先へ進むべきやったと判断ミスを後悔。迷走の末18時45分、駅から数km離れた高いガストホフに宿泊(朝食及びシャワートイレ付きで35ユーロ=約6000円)。豆ポタ距離約15km也。(上の絵写真は宿泊地からも遠望できた名峰トラウンシュタイン)

9 September 2008... Attnang Puchheim >>> BadIschl >>> Obertraun >>> Hallstatt
12日目(日本晴れ!) アットナンプッチェイム⇒バートイシュル⇒オーベルトラウン⇒ハルシュタット(ガストホフ泊)

9月9日(火) 好天下を8時45分にスタートして9時13分発でバートイシュルへ(7.5ユーロ=約1275円)、自転車切符は昨日のが使えましたがチェコ語でコロっちゅ〜のはおもろいでんな(笑)。車窓風景は今までとはガラリと変わりトラウン湖の周囲には標高1500m前後の山々、それにしてももったいない・・・昨日のうちにも〜ちょびっと進んどいたらここらへんも走れたのにとまた後悔。10時15分、フランツ・ヨーゼフ皇帝が好んだとゆ〜温泉保養地バートイシュル着。早速ガイドマップ(12ユーロ=約2000円)を買いトラウン川沿いに遡走、海外で川底の見える澄んだ流れに出逢たのはこれが初めてかもしれまへん。午前中から半袖短パンで走れたのは久しぶりのこと、正午にハルシュタット湖の北端に着いて湖岸で簡単な昼食。その後は南北に細長い湖の東岸を進んでみたもんのこれは大失敗、R1やR2はヨーロッパ自転車道とはいえMTB向きのラフな起伏でしたやおまへんか。

鉄道も並走しておりハルシュタット駅のホームはなんと自転車道兼用(笑)、船で渡る対岸のハルシュタット村は予備知識なしには通り過ぎてしまうほど地味。14時、船には乗らずさらに湖畔を大回りするうちに隣村オーベルトラウンに到着。ここにはYHもあるしどないしたもんかと迷てる視野に突然ロープウェイが! 大慌てで乗り場を探し回り大荷物のまま必死で漕ぎ上げた峠頂ではギリギリの15時、自転車は載せてくれまへんさかい特別に駅構内に置かせてもらいました(21.5ユーロ=約3650円)。それでもクリッペンシュタイン山(標高約2100m)からの展望は素晴らし〜もので、氷河の残るダッハシュタイン山(標高約3000m)を含むアルプスは・・・自分でも山がこれほど好きとは知りまへなんだ(笑)。下山後は数km先のハルシュタットへ、平日にもかかわらず予想以上の観光客で宿探しに手古摺ったもんの、幸運にも中央広場前のガストホフに19時45分チェックイン(朝食付きシャワートイレ共用で35ユーロ=約6000円)。豆ポタ距離約70km也。(上の絵写真はクリッペンシュタイン山頂から氷河の残る3000m峰を遠望)

10 September 2008... Hallstatt >>> Obertraun >>> Hallstatt
13日目(曇り⇒晴れ⇒曇り) ハルシュタット⇒オーベルトラウン⇒ハルシュタット(ガストホフ連泊)

9月10日(水) この時期の夜明けは6時半、日暮れは19時半頃。ザルツカンマーグートは、ザルツブルクの東に広がる北部石灰岩アルプスの湖水地方。昨春のツアーではわずか30分ほどハルシュタットの撮影スポットに案内されただけでしたが、サイクリストの姿を見かけてこんな山岳地帯まで辿り着けるんやろかと思いました。安宿?の共用シャワーもま〜なんとかゆっくり利用できたもんのやっぱり不便、しかし狭い部屋のテラス(3階)からの眺めは抜群で目の前がハルシュタット湖。お隣の女性も日本人かと思い挨拶したところ韓国人母娘でしたが、娘さんのほ〜は学生時代に日本語を選択してたんやそ〜で、忘れてしもたとい〜つつ国産ギャルより上手な日本語を話してくれました。朝食時には別の韓国人夫婦や台湾ギャル2人も加わり楽し〜団欒・・・とはゆ〜ても私の出鱈目英語はも〜ちょびっとどないかせなあきまへん(笑)。

さて、自転車でひと回りと思たら車庫の鍵がかかったままやおまへんか「ウチらも待ってんねん!」とゆ〜オーストリア人夫妻ともしばらく雑談。鉄道でウィーンを目指すとゆ〜韓国人母娘が船で対岸に渡るのを見送った後、チェックアウトの11時前まで迷いに迷た挙句連泊することにして、再度隣村オーベルトラウンからロープウェイでクリッペンシュタイン山へ。晴れ渡った山頂からは残念ながら昨日よりも周囲の山々が霞んでましたが、ごっついリュックの中身を広げてたちまち飛び去って行くパラグライダには唖然! もちろんプロ級の人たちでっしゃろけどあまりのカッコよさに見とれてしもたやおまへんか。一旦昼寝しに戻ったハルシュタットは昨日とは打って変わり閑散・・・カメラを抱えた日本人ツアー客が添乗員に急かされてました(笑)。豆ポタ距離約15km也。(上の絵写真は美し〜ハルシュタット湖畔)

11 September 2008... Hallstatt >>> BadIschl >>> St.Wolfgang >>> St.Gilgen
14日目(日本晴れ!) ハルシュタット⇒バートイシュル⇒ザンクトヴォルフガンク⇒ザンクトキルゲン(YH個室泊)

9月11日(木) 9時15分にスタート、やや肌寒いもんの半袖のままハルシュタット湖の東岸をバートイシュルへ。自転車道にも指定された車道は車も少なく快適でしたが、湖が終わってからのトラウン川沿い自転車道もず〜っとゆるやかな下り道。10時半、バートイシュルに戻ってからは短パン姿に、その後再び起伏の多い車道兼用の道を走り正午過ぎにザンクトヴォルフガンク着。同名の湖畔には水着姿の人もいて寒さを懸念した湖水地方は幸運にも温暖、14時半発の登山電車に乗ってシャーフベルク山頂へ(27ユーロ=約4600円)。えっらい高い切符には観光船も含んでまんねんな・・・ここでも自転車は荷物を積んだまま駅舎内に置かせてもらいましたが、昨日同様周囲の山々は霞んでましたさかい長居せずに15時過ぎの折り返し便で下降。

舟で対岸に渡り(3ユーロ=約500円)湖の北西端ザンクトキルゲンまで。観光船に乗るのはやめることにして渡しはどこやねんと探し回ってると、地元の人が「このボタンを押して待ってなはれ!」と教えてくれました。また、BMXに乗った少年に「ユーゲントヘルベルゲ(YH)はどこや?」「ぼっ僕、英語わかれへんねん!」「・・・これドイツ語やないか!」っちゅ〜わけで、17時、ザンクトキルゲンのYHは朝食付き個室シャワートイレ共用で28.6ユーロ(約4850円)。ほんまはここで2泊して洗濯するつもりがランドリ設備がなく1泊に修正、粉石鹸もあるし手洗い自体は苦になりまへんけど問題は脱水と乾燥時間でんねんな・・・洗濯物がたまってイラついた一日でしたが夜半には雷雨。豆ポタ距離約60km也。(上の絵写真はザンクトヴォルフガンクのシャーフベルク山頂からの眺望)

12 September 2008... St.Gilgen >>> Salzburg
15日目(曇り⇒時々雨) ザンクトキルゲン⇒ザルツブルク(ガストホフ泊)

9月12日(金) 曇天下、案の定ぜんぜん乾いてへん衣類をパニアバッグに収めて9時前にスタート。寄り道ついでに、海外自転車初体験となった音楽の都も再訪することに決めましたが、残念ながら近くに鉄道がなくうっと〜し〜雨雲と競争しながら走るしかおまへん。モント湖畔を経て田園地帯に入り標識が曖昧な場所ではイタリアの4人組と遭遇、やがて登り坂になった頃には今にも降り出しそ〜な空模様でしたが、ラストの山ひとつ下るほど長い坂道ではザルツブルクを取り巻く山々に唖然・・・半分靄に霞んでたもんの、これほど雄大な自然に囲まれてるとは昨春のツアーでは皆目気付きまへなんだ。ここもまたいつか好天時にもっぺん走りたい自転車道のひとつですけど、ザルツブルクのわずか1km西(地図上直線距離)はドイツ国境でんねんな。12時半、丘上のホーエンザルツブルク城が見事な旧市街の中心に到着。市内を流れるザルツァッハ川はその後イン川に吸収され、さらにドイツとの国境沿いを流れてパッサウでドナウ川に吸収されまんねん。

おりょりょ・・・ついに小雨がパラついてきたやおまへんか。雨は降ったり止んだりで、とりあえず韓国人母娘も泊まったとゆ〜YHを探しながら市内観光。途中、以前にレンタサイクルで走った通りを思い出しましたが、路面電車と並走したと記憶してたのはトロリーバスでしたし、これが普通やと思い込んだぎょ〜さんの信号もヨーロッパでは珍しく、当時は咄嗟に左へ寄ろ〜とする自分がひじょ〜に怖かったもんでおま(笑)。ほんでから、市内に4ヶ所もあるYHのひとつは閉鎖中で、丘上まで押し上げたも〜一ヶ所も家族向きとのことで断られたやおまへんか。18時45分、迷走の末泊まることにしたのは城下のガストホフ(朝食付きシャワートイレ共用で42ユーロ=約7150円)。やれやれ、くたびれ儲けでしたけどその後は本格的な雨になりましたさかい、今宵もまた部屋にロープを張って洗濯物を干しなおし(笑)・・・豆ポタ距離約90km也。(上の絵写真はザルツァッハ川の流れるザルツブルク旧市街)

13 September 2008... Salzburg >>> Linz >>> Persenbeug
16日目(曇り⇒晴れ⇒薄曇り) ザルツブルクから鉄道を利用⇒リンツ⇒ペルゼンベウク(個人宿泊)

9月13日() やや厚めのソックスなどがまだ乾かず往生・・・汗臭っさい私はやっぱり脱水機がないとどないもなりまへんわ。朝まで降り続いた雨は9時頃よ〜やく止んだもんの道路はビチョビチョ、川沿いの自転車道をノロノロ走り中央駅から10時過ぎの便でリンツへ(自転車込み27.5ユーロ=約4675円)。何これ? まるで家畜用の専用車両に荷物を外して持ち上げましたが、初めて客室に座ってみたところ振動や騒音がほとんどなくひじょ〜に快適、都市間を結ぶ列車は素晴らし〜速さで乗り換えなしに11時半リンツ着。再々訪した旧市街は歩道と路面電車の間に自転車の居場所がおまへんけど、ザルツカンマーグートやチェコ南部を訪れる際の拠点にはちょ〜どよろしおま。

久しぶりにドナウ川を走り始めた頃には晴れ間も見えてきたもんの、この日はウィンドブレーカと長ズボンのまま台風並みの向かい風と格闘。川巾は500m前後で水量豊かに流れ、流域はドイツのよ〜な田園や森林風景に戻って対岸には工業地帯も点在。オーストリアでも週末に自転車を楽しむ人はぎょ〜さんでなんと15人のグループにも遭遇。18時半、ドナウ川が大きく湾曲する地点の小町ペルゼンベウクでは個人宿が見つかったやおまへんか。この国にも安〜てアットホームな個人宿がおまんねんな(朝食及びシャワー付きトイレ共用で18ユーロ=約3050円)。豆ポタ距離約85km也。(上の絵写真は活気のあるリンツ旧市街風景)

余談ながら、私が好んで利用するプリバートツィマーを"個人宿"と勝手に訳してますけど、定義はその家の玄関から招き入れられ一室に泊めてもらえるところ。また、中欧の小さな町や村ではペンションがちょ〜ど日本の民宿に相当しますが、ごっつい町では安ホテルをペンションと表示したりもしてま。ほんでから、ガストホフやガストハウスとゆ〜のは宿泊もできるレストランで、値段はペンションと同等かやや高いもんの夕食(別料金)の心配は無用。いずれも形態でもほとんどの場合宿泊料金には朝食が含まれてますけど、スロヴァキアやハンガリーでは朝食ヌキで文句をゆ〜たこともおます。宿探しのコツはやっぱり犬と散歩中か井戸端会議中の地元民に尋ねるのがいちばんで、ほとんどの場合は最寄りの個人宿まで案内して交渉までしてくれまっさかい。

14 September 2008... Persenbeug >>> Valley Wachau >>> Krems >>> Zwentendorf
17日目(曇り時々小雨) ペルゼンベウク⇒ヴァッハウ渓谷⇒クレムス⇒ツヴェンテンドルフ(ペンション泊)

9月14日() 降り続くんかいな? 止むんかいな? 中途半端な小雨の中を9時ちょ〜どにスタート。マフラーを巻き、ズボンの下には膝までのストッキングを履きましたが、1枚しかない長袖を寝間着にしてまっさかい半袖にウィンドブレーカでは寒〜おま・・・11時頃には雨足が強まりバス停で雨宿りして早めの昼食、じっとしてるとさらに手足が冷えて四股を踏んでも温もらず今までで一番寒いやおまへんか。ガイドマップによるとちょ〜どこの対岸がメルクでヴァッハウ渓谷の入口。ここからクレムスまでの約35kmはドナウ川を標高600m前後の山や丘が取り囲み、丘陵地帯では大規模な葡萄栽培が行なわれワインで潤う町や村はまるで美し〜宝石のよ〜、山頂には古城も点在してドイツのロマンチック街道と古城街道を合わせたよ〜な雰囲気でっしゃろか。アップダウンもほとんどおまへんさかいこっちのほ〜が何倍もロマンチック! リンツからず〜っと左岸自転車道を走り続けてきましてんけど、川の両岸に素晴らし〜自転車道が整備された環境はドイツよりも立派。それだけに悪天候のこの日は周囲の風景を楽しむ余裕もなく残念至極・・・

雨が止んだスキにちょびっと走り降り出したらまた雨宿りの繰り返しですけど、道路はビチョビチョでっさかい葡萄を食い逃げしながらゆっくりゆっくり。15時半、小休止した美町ドゥールではぎょ〜さんの観光客、目的は出来立てほやほやのワインを味わうことでっしゃろたぶん。渓谷終端の町クレムスではYHを探して右往左往するうち、雨が止んだため鉄道も利用せずも〜ひと漕ぎすることに決定。しかし、この判断が今旅最悪のムダ足になろ〜とは・・・やがて渓谷や葡萄畑が姿を消して周囲の風景は湿地帯のよ〜な単調さに変貌、快適な自転車道が続くもんの30km以上走っても集落はなくしまいに左岸は行き止まり。ダムを渡った対岸のツヴェンテンドルフはなんにもない田舎町でしたが、最初に覗いたガストホフの宿泊料はなんと52ユーロととんでもおまへなんだし、渋々泊まることにしたペンションも朝食及びシャワートイレ付きで30×3ユーロ(約15000円)。19時、チェックイン直後には再び小雨が降り出したやおまへんか。豆ポタ距離約70km也。(上の絵写真は迷てんとこの町に泊まるべきやったクレムスの眺望)


15~16 September 2008... Zwentendorf 18~19日目(雨) 終日ツヴェンテンドルフで足止め(ペンション3連泊)

9月15日(月)~16日(火) シトシトピッチャンシトピッチャン・・・日本の梅雨を思わせる長雨は結局3夜も降り続き、最寄りの鉄道駅も15km以上先とのことで仕方なしに3連泊。こ〜ゆ〜ことがあるかもしれまへんさかいついつい先を急ぎまんねんけど、クレムスに泊まっといたら鉄道でウィーン或いはもっと先まで行けたもんを・・・自分自身の運のなさとアホさ加減にウンザリ。それにしてもこんな殺風景な場所で毎日30ユーロずつ消えていくのは痛いでんな・・・女将は比較的若〜て綺麗な人でしたが朝食時以外にはさっぱり交流もなし。私の他にも5人の泊まり客がありウィーンまでとゆ〜彼らと朝食時に雑談、お恥ずかしながら昼飯の用意をしてるのは私だけでおましてんけど(笑)、タフなオバハン3人とオッサン2人は雨の中を出かけて行ったやおまへんか。真似をする気力も体力もない横着者は丸2日部屋でゴロゴロ寝て過ごし、夕食の買い出しに近くのスーパーまで歩いて出かけた程度でおました。ちなみに、室内では終日ゆるい暖房が必要でしたし、持ってきたパッチも初めて寝間着以外の用途で重宝、女将には晩飯をねだってみたもんのあきまへなんだ(笑)・・・

17 September 2008... Zwentendorf >>> Tulln >>> Hainburg >>> Bratislava
20日目(曇り一時小雨) ツヴェンテンドルフ⇒トゥルン⇒(鉄道)⇒ハインブルク⇒国境⇒ブラチスラヴァ(ホテル泊)

9月17日(水) 朝食時に同席した初老のオーストリア人(後日オーストラリア人と判明!)夫妻は、ドイツの源泉ドナウエッシンゲンからハンガリーのブダペストまで旅行中で、彼らも私のよ〜な根性なしとは違い連日雨の中を漕いできたとのこと。オーストリアでは自転車が高すぎてドイツで購入したことや、ストームとかゆ〜名前の新ワインをぜひ試せと教えてくれました。さて、雨が降り止んだスキに蟻地獄のよ〜な場所からは早急に撤退・・・と思たらまた前輪がパンクしてるやおまへんか! なんで暇を持て余した昨日点検せ〜へんかってん・・・私自身の運のなさとアホさ加減を嘆くばっかりですけど、とりあえず空気をパンパンに入れて膨らんでるうちに鉄道駅のあるトゥルンまで一目散。10時ちょ〜ど着、幸いこの町には大きな自転車店がありパンク修理とタイヤの点検を依頼、15分ほどで戻ってきた前輪はチューブを交換したよ〜で15ユーロ(約2550円)。ちゃんとタイヤを調べてくれたかど〜か不安でしたがそれ以降はノントラブル、私は汚れる油は持参せずチェンへの注油は時々無料サービスしてもらいまんねん。

書店でマップNo.4(13ユーロ=約2200円)を購入後、トゥルン駅からスロヴァキアの国境手前まで鉄道を利用(自転車込み16.5ユーロ=約2800円)。発車は秒読みでウィーンでの地下鉄乗り継ぎにも右往左往させられましたけど、幸いなことにウィーン空港にも停車する路線でしたさかいひと安心。下車予定のハインブルクを乗り越して寂れた終点駅の片隅でまずは腹ごしらえ、行けども行けども天候が冴えまへんさかい落ち込む自分を鼓舞するのにひと苦労。今にも降り出しそ〜な曇天下、急にお粗末になった自転車道を走っていつのまにやらスロヴァキア国境を通過、彼方に見える高層アパート群だけでもオーストリアとは様子が違うやおまへんか・・・やがて高速道路が入り乱れ日本を思い出すほど雑然とした首都に14時到着。ちなみに、ウィーンとブラチスラヴァの間は約60kmで世界で最も近い首都同士でんねんな。1993年にチェコから分離独立してスロヴァキアの首都となったブラチスラヴァは、あまりに発展が目まぐるし〜せ〜か他のヨーロッパの都市のよ〜な統一感がおまへん。

旧市街のある対岸へ渡ろ〜としたら小雨が降り出したため上の絵写真の橋下でちょびっと雨宿り。それにしても風が冷たい・・・9月後半のスロヴァキア南西端は予想外の寒さでみんな冬ごしらえでしたやおまへんか、寝間着代わりのパッチは持って来たもんのTシャツとウィンドブレーカの間に着る服がない始末。旧市街では宿探しを兼ねてブラチスラヴァ城のある丘上にも押し上げたりしましてんけど、結局は観光案内所のアドバイスど〜り郊外の比較的安価な中華ホテルへ。19時半チェックイン、ここでも料金は朝食及びシャワートイレ付きで42ユーロ(約7150円)と高額。自転車を預かってくれたに〜ちゃんはコロやなしにビチクルとゆ〜てましたけど、こない寒いとシャワーでは風邪をひきそ〜でいちばん恋しかったのはお風呂でんな。豆ポタ距離約35km也。(上の絵写真は首都ブラチスラヴァ旧市街とドナウ川の眺望)

18 September 2008... Bratislava >>> Komarno
21日目(曇り) ブラチスラヴァ⇒コマルノ(ガストホフ泊)

9月18日(木) 知らんかった・・・なんとドナウ川自転車道ガイドマップにはNo.4があって、ハンガリーを縦断後クロアチア北東端からセルビアを横断、ルーマニアではブルガリアとの国境線を黒海まで至りまんねんな。ワクワクドキドキ・・・次の目標ができましたけど今回は無理せんと行けるとこまでにしときまひょ。ところで、チェックアウト時に50ユーロの両替を頼んだところ、フロントのね〜やんは支払いと勘違いしてひと悶着、パソコンに昨夜の支払いが記録されてないとかなんとかスッタモンダ・・・中華系ホテルでは前旅のハンブルクに続き何かはトラブルが起きまんねんな。とゆ〜ても、スタッフは全員スロヴァキア人のよ〜でしたがどこの国にもイケズ女はいてま(笑)。9時半にスタート、自転車レーンもある高速道路の超モダンな大橋を渡ると素晴らし〜右岸自転車道が続き、北西風が背中を押してくれる薄日のポタリング日和。このあとドナウベント(大曲がり)までの約200kmはドナウ川がハンガリーとの国境線、どっちの国を進むべきか迷〜た挙句ほぼフラットなスロヴァキア側を選択。11時前、川巾は徐々に膨れ上がり巨大な湖のよ〜になってしもたやおまへんか! 前旅でエルベ川河口から北海を眺望したシーンを思い出しましたが、頭上にはごっつい雨雲が居座ってしもたためにゆっくりできず快適な堤防道を一目散。

ここもまたいつの日か好天時にもっぺん走りたい快適な自転車道のひとつですけど、正確には巨大なダム湖は運河とのことでドナウ川は上の絵写真の林の向うを流れ、この先約50kmで合流してよ〜やく元の川巾(500m前後)に戻りまんねんな。そのちょびっと手前からは自転車道は左岸に変わりしばらく川を離れて田舎の町や村を転々、スロヴァキアとチェコでは言葉も通貨もちょびっとずつ異なるんやそ〜でっけど、この国でもサッカー小僧が「アホイ(まいど)!」と挨拶してくれました。こ〜ゆ〜片田舎に泊まってみたかったもんの宿泊施設は見当たらず、自転車道も悪路に変わったため車道を走ることにして比較的大きな町コマルノまで。途中「困るの困るの!」「あんた何困るの?」とゆ〜わけで道に迷てもそない困りまへなんだ(笑)。私には無縁の教会がぎょ〜さんある町でしたけど宿泊料は高いのなんの、17時半、比較的安いガストホフは朝食なしシャワートイレ付きで31ユーロ(約5270円)。豆ポタ距離約100km以上也。(上の絵写真はコマルノの中央広場)

19 September 2008... Komarno >>> Sturovo >>> Esztergom >>> Domos
22日目(晴れ⇒曇り⇒小雨) コマルノ⇒スツロヴォ⇒国境⇒エステルゴム⇒ドゥムス(ガストホフ泊)

9月19日(金) なんやて・・・ガストホフで朝食なし? ちゃんと確認せんかった私も悪いけど、日本と比べても素泊まり5000円はボッたくりでんがな! 朝から気分の悪いまま久々の好天下を9時にスタート、快晴はザルツカンマーグート以来およそ10日ぶりでっしゃろか。いやはや、街角ではごっついハンバーガが安価で買えるのに・・・支払う宿代の半分の値打ちもないスロヴァキアにはも〜懲り懲り(笑)。50ユーロ分のスロヴェンスカコルナは正味1日で消えてしもたやおまへんか。ここからハンガリーのエステルゴムまで約55kmは車道傍が自転車道指定ながら、地元のドライバにその認識があるかど〜かははなはだ疑問で、ドイツ青年が忠告してくれたと〜り排気ガスの濃度もじぇんじぇんちゃいまんな。周囲の田畑にはサトウキビやパプリカがぎょ〜さん作られ、収穫を終えて耕したばっかりのスペースもまたぎょ〜さん。いつのまにやら周囲には数100mの山々が近付き薄雲が広がってやや北西風、各家にハロウィンのカボチャを飾った田舎に泊まるチャンスがなかったのは残念。

やがて、約10km彼方に見えてきた美し〜淡緑色のドームがハンガリーカトリック総本山。最後の町スツロヴォの中央広場で昼食後13時半に国境を通過。橋の真ん中(国境線)では観光客数人が声をかけてきて「どっから来てん? 日本からひとりで? フランクフルトからブダペストまで自転車で? ほんまかいな?」対岸(スロヴァキア)や橋上から眺めるカトリック総本山は今旅ベストビューのひとつ。この町かヴィシェグラート、或いはセンテンドレのいずれかに泊まってブダペストへは明日訪れることに決定。エステルゴムでも観光を兼ねたYH探しは金曜日でもあってこれまた難航、まずはInformationと表示してない観光案内所を見つけるだけでもひと苦労で、迷走の末よ〜やく探し当てた1軒目は満杯で泊まり客の好青年が案内してくれた2軒目も同様、そこで教わった川端のキャンプハウスも朝食なしの素泊まりで33ユーロとバカ値・・・

16時半、いつ降り出してもおかしゅ〜ない曇天下を失敗覚悟で先へ進むことにして、途中でガストホフと間違えたレストランでは魅惑の3姉妹に宿を尋ねましたが「パパ、お願いやからあの人をウチに泊めたげて!」とはゆ〜てくれまへなんだ(笑)。小雨が降り始めた18時前、小村ドゥムスのガストホフ(朝食及びシャワートイレ付きで25ユーロ=約4250円)に到着。豆ポタ距離約70km也。(上の絵写真はエステルゴムのハンガリーカトリック総本山)

20 September 2008... Domos >>> Visegrad >>> Vac >>> Szentendre >>> Budapest
23日目(小雨⇒曇り) ドゥムス⇒ヴィシェグラート⇒ベーク⇒センテンドレ⇒ブダペスト(ホテル泊)

9月20日() 朝も雨・・・いやはや、ヨーロッパにも雨期?があるとは知りまへなんだ。この調子やったら日本の梅雨よりも手強いやおまへんか。どないしたもんかチェックアウトギリギリまで悩んだ末10時15分にスタート、わずかに小雨が残る中をゆっくり漕いでも30分ほどでヴィシェグラートに到着。古都のひとつとはいえごく小さな町で山頂要塞(6ユーロ=約1000円)からの展望が見もの、雨が止んだスキに一か八か山頂まで押し上げることにしましたが、もし下るときに降り出したらブレーキが完全に擦り減ってしまうリスクがおま。ドナウベントもまた流域の必見ポイントのひとつですけど、西から東へと流れてきた川はハンガリーに入って突然南に進路を変えまんねんな。残念ながら、300m前後の標高からではその全貌を眺め渡すのは無理でちょ〜ど上の絵写真のと〜り、固い岩盤に囲まれた深い渓谷を想像してた私はちょびっと拍子抜けでしたが、川はここから2本に別れて大曲がりし長大な中洲が終わったあたりがブダペスト。下山後、舟(3.5ユーロ=約400円)で渡った対岸の小町もまたひじょ〜に美しく、なんでもっとゆっくりせんかったかと後悔するもんの悪天候下では事情がちゃいま。

おりょ、ドナウベント外周の風景や自転車道は意外にお粗末で直角点の町ベークからは舟で中洲へ、約3km横断して橋を渡り再度右岸に出てリカンベントの連中と一緒に古都センテンドレまで。小雨が降ったり止んだりする中を工事区域を迂回して道を間違えたりしながら16時、ブダペスト目前とゆ〜ところで突然サングラスの中にミツバチが! すぐに眼鏡ごと叩き落としたもんの右目下瞼を刺されてしもたやおまへんか。百姓生活の間にミツバチにはなんべんも刺されて免疫がでけてまんねんけど、場所が場所だけにすぐ薬を塗ってもその後数時間顔半分が痛かったですわ。それにしても、あと数ミリの差で眼球をやられてたら残り10日間いったいどないなりましたやろ? じつは中洲を横断中にスポーツカーの美女に道を聞かれて、地図を見せながらチラチラ胸の谷間を覗き込みましたさかい天罰覿面。ん?・・・しもた! やられた! 財布やパスポートが・・・っちゅ〜のはウソ(笑)。

18時過ぎ、見覚えのある市街北端の小駅は昨春添乗員嬢に助けられ海外初輪行できた場所、マルギット島に渡れるアルパード大橋をくぐり抜けたらツアーで連泊したホテル・・・ついに自転車で当初の目標地点ブダペストまで来てしもたやおまへんか! しかし、日暮れ前でっさかい感激に浸る余裕もないままブダ側右岸沿いに市街南端まで宿探し、結局もっぺんUターンして念のため例のホテルにも当たってみたところ160ユーロ(約27000円)! 代わりにペスト側のホテルを教わり橋上まで大荷物の自転車を持ち上げて対岸へ、迷走後よ〜やく探し当てた次のホテルも140ユーロでまたその次を教わり、盥回しにされた挙句泊まることにしたのは朝食及びバストイレ付きで80ユーロ(約13600円)。やれやれ・・・泣きっ面に蜂っちゅ〜のはまさにこのこと、団体ツアーで最後に泊まるホテルはそこそこ一流なんやわと思い知りましたが、到着1時間で日が暮れた市街地を右往左往してチェックインできたのはなんと21時! 豆ポタ距離約70km也。(上の絵写真はヴィシェグラート山頂要塞からのドナウベント眺望)

21 September 2008... Budapest >>> Mohacs
24日目(曇り) ブダペストからクロアチアとセルビア両国境手前まで鉄道を利用⇒モハチュ(ペンション泊)

9月21日() 旅の宿に私が求めるのは安全に休めることだけで、その点では20ユーロ以下の個人宿も100ユーロ以上のホテルも変わりまへんさかい、個人宿4泊か5泊分の予算がたったひと晩で消えてしまうのは痛いのなんの。それも昼前後のチェックインやったらまだしも、ほとんどの場合夜半になってしもてほんまにもったいないことでおます。それでも今回は風呂のおかげで体が温もって極楽、もっぺん朝風呂にも入って朝食は腹一杯食べたうえ弁当を2食分作りましてん(笑)。そうそう、朝食時に出逢た日本人母娘に東駅からウィーンまで直行できると聞〜てひと安心。この時点でまさか当日が今旅で最も長い1日になるとは思いもよりまへなんだ・・・

今にも降り出しそ〜な曇天下を10時半にスタート、まずはホテルに近い西駅を確認しましてんけど位置的には北駅になり、現在南駅と呼んでるのが西駅やおまへんか・・・ここらへんからしてハンガリーは思いっ切りラテン気質でんな(笑)。日曜日のペスト側大通は歩行者天国、ガイドマップによるとブダペストにもYHがあるよ〜ですけど観光案内所がどこやら(笑)。あっちゃこっちゃ迷走しながら橋を渡って対岸ブダ側の王宮の丘へ、よ〜やく見つけた観光案内所ではYHとはコンタクトがおまへんとの冷たい返答(んなアホな!)。ホテルに連泊するのは予算的にも精神的にも無理(笑)、YHが見当たらんとなると曇天のブダペストに長居は無用でっさかい、再度ペスト側へ引き返し東駅でモハチュまでの切符を購入(自転車込み3830フォリント=約1900円)。

ここまでは順調で、ハンガリー南端や旧ユーゴの北端は晴れてるやろと淡い期待を抱いたもんの、右往左往してよ〜やく発車寸前に探し当てた便はなんと自転車積み込みを拒否! 唖然呆然・・・列車を見送ってからは切符窓口とインフォメーションを盥回しにされ、あろ〜ことか「1日3本の最終便は南駅発やからあっちゃ行き!」「何やて? どこやねんそれは? この地図に印付けて〜な!」「それはインフォメーションで頼み!」「ほなキャンセルするから払い戻せクソババ!」「あかん!」堪忍袋の緒が切れかかったときふと横を見たら台湾美女の笑顔が・・・「ごめん、お先にど〜ぞ!」「え〜ねん、それより今日何日?」「え〜と、待ってな・・・」前回の旅でもそ〜でしたけど台湾美女の笑顔に癒されるのはなんででっしゃろ?

やれやれ・・・最終便は19時10分発、もっぺんブダ側に渡り時間潰しにゲレルトの丘まで大荷物ごと押し上げましたけど、巾500m前後のドナウ川がブダとペストを分ける眺望は曇天下でさえ値千金! 上の絵写真の右端にはシンボルのひとつ赤いドームの国会議事堂、左端丘上には王宮、上流にはパリのシテ島ぐらいの大きさの中洲マルギット島、世界広しといえど市街地の眺望でこれに優る景観はなかなかおまへんやろたぶん。昨春、ブダペストがドナウ川サイクリングロードの終点と誤解して「またいつか訪れることがあるやもしれまへん?」とか呑気なことを書いてましたが、そのわずか1年半後に自転車で再訪できてしまうとは・・・丘頂で出逢たMTBのポーランド青年は旧ユーゴ諸国を巡ってきたとのこと。

さて、南駅に着いてみるとなんぼ探してもエレベータがおまへん・・・一旦荷物を外して上階まで担ぎ上げ、待ち合い所では綺麗なギャルたちに主要駅名を発音してもらい、折鶴をプレゼントして記念撮影。今度は自転車を載せてくれたもんの置き場は最後尾のわずかなスペース、発車時間は意外に正確で最初の1時間20分はサルボガードまで。車掌のオバハンとは「自転車コケてんで!」「こんなとこ置かせやがって!」「ドアの把手にでもつないどき!」 また、乗客のデブ女とは「ちょっと! その窓閉めてんか!」「ほんならあんたも煙草やめなはれ!」 乗り換え時の積み下ろしにも四苦八苦した後、今度は速い快適な列車でハンガリー第4番都市のペイチュまで約2時間の22時45分着。この町で下車して宿探しをとも考えましてんけどドナウ川から離れるため躊躇。親切な男性客が自転車積み込みを手伝〜てくれましたが、最後の1時間20分はチェコを思い出すガタガタの単両車。

午前0時過ぎ、たったひとりで到着した南端の終点モハチュ駅には泊まれるよ〜な場所は皆無・・・チェコのよ〜な駅内宿泊施設を期待したのにこりゃえらいことになってしもたやおまへんか! 暗闇の中、対岸の車道灯を反射してキラキラしてるのがドナウ川でっしゃろか? なんとか町道を探し当てたところへ幸運にもパトカーが現れ「こんな時間ランプなしにどこ行くねん? パスポート見せてみ!」「たった今この町に着いたばっかりで宿を探してまんねん!」「宿か・・・100m先や!」っちゅ〜わけでスーパーラッピ〜、叩き起こしたペンションの大将も嫌な顔をせずに中に入れてくれました(朝食なしシャワートイレ付きで25ユーロ(約4250円)。豆ポタ距離約15km也。(上の絵写真はゲレルトの丘からのブダペスト市街眺望)


22 September 2008... Mohacs >>> Croatien border >>> Serbien border >>> Mohacs >>> Bar
25日目(曇り) モハチュ⇒国境⇒クロアチア⇒セルビア国境手前⇒国境⇒モハチュ⇒バール(ペンション泊)

9月22日(月) 昨日夕方になってからからクロアチアとセルビア両国境手前まで鉄道でっちゅ〜強引さ、真夜中にもしパトカーに出逢えんかったら、もしペンションに泊めてもらえんかったら・・・田舎町で素泊まり25ユーロは高いですけど文句はいえまへん。朝は美人女将が11時前まで留守にするとゆ〜ので、ゆっくり支度してから犬を相手にサッカーしながら待ってました。ヨーロッパの犬はボールをくわえて来て一緒に遊んでくれまんねん(笑)。日本のアホ犬とは違い躾けの良さに100年の文明差を痛感させられるやおまへんか。

10時45分にスタート、すでにイタリア北部と同緯度まで南下してこの寒さと曇天には滅入りますけど、まずは駅に立ち寄ってブダペストまでの鉄道帰路をチェック。なんと・・・鬼瓦の形相のクソババは私の質問を無視して自分のコーヒーを入れる始末。当然怒鳴り付けましたけど、も〜この時点では鉄道公務員の意地の悪さや教養のなさにはさすがの私も諦めムード、理論的には理想郷であるはずの共産社会はこ〜ゆ〜人間を作り出しまんねんな(笑)。そうそう、"定年欧州自転車旅行"の著者のよ〜に無礼な奴を撮影するのもえ〜かもしれまへん。別の若いね〜やんが駅名や時間を書き出してくれたコースはなんと3回も乗り換え・・・帰りをどないしたもんか決め手のないまま田園風景の中をしばらく走り、途中のミニスーパーなどではユーロが使えずクレジットカードで食料の買い出し、その後出来立てホヤホヤの素晴らし〜国道に入るとやがて国境検問所へ。

ハンガリー側ではやや時間を要しクロアチア側では係官数人と談笑しただけでOK、その後は県道か町道クラスの車道をわずか20km前後走り最後の峠を越えるとセルビア国境。14時半、よ〜やく再会できたドナウ川はここから先100km前後両国の国境線でもおま。もちろん、自転車道はまだまだクロアチアを経由して別の場所からセルビアに至りまんねんけど、1週間を残すもんの曇天下をこれ以上進む気力が失せて残念ながらUターン。セルビアからルーマニアを経て黒海に至るコースは当面おあずけとなりましたが、ガイドマップNo.4には起伏の情報もないまま車道を自転車道に割り当てただけでじつにお粗末。帰路の国境検問もクロアチア側はスムーズ、ハンガリー側では「酒や酒や! それは煙草のこっちゃ!」と後のオッサンが鈍い私にアドバイス、しかもバッグ片方開けさせられましたがオッサンこそボロ自転車でどこ行きまんねん(笑)?

ほんでから、ハンガリー南端からは鉄道乗り継ぎがあまりにもたいへんなためブダペストまで自走を決意、17時にモハチュに戻りガソリンスタンド(案外ユーロもOK!)で買い出し後中央広場で小休止。この町で連泊せずにちょびっとでも戻りたいもんのマップによると自転車道は悪路の様子、仕方なしに次の渡し舟がある場所まで自転車レーンのない右岸の国道を走りながら宿探し。18時、小村バールの道路傍のペンションでは洗濯(4ユーロ=約680円)もお願いして連泊することに、宿代は朝食及びシャワートイレ付きで22×2ユーロ(約7480円)。ここにはずいぶん前にも日本の青年が泊まったことがあるそ〜で、ユーモラスな大将と優し〜女将はパプリカの束を私の首に巻いて歓迎してくれたやおまへんか。豆ポタ距離約50km也。

23~24 September 2008... Bar
26~27日目(両日とも晴れ⇒曇り⇒一時雨) 終日バールで休養(ペンション3連泊)

9月23日(火) 管理人夫妻の他に3サイズが上から下まで100cmの女性2人と初老の男性も加わった朝食は、パプリカが添えられる以外パン、ハム、ジャム、バター、チーズなどほぼドイツと同様。まもなく3人が休暇でハンガリーを訪れたドイツ人医師と看護婦姉妹やとわかりましたが、なんと夫妻もドクタ〜たちとはドイツ語でしゃべってまんねんな・・・マジャル語とは似てるんやそ〜でおます。不思議なもんで、ドイツ人とはかつての大戦の同胞とゆ〜だけやなしに、なんとなく心が通い合うっちゅ〜のかなんやホッとする親近感がおまんねんな。ドクターはドナウ川源流に近いウルム生まれやそ〜でラテン気質も備えたなおもろいオッサン、その後は英語にも堪能な彼が通訳してくれて夕食も作ってもらえることになりましてん。

この日は午前中ちょびっと晴れただけでしたさかいどこにも出かけずに休養に専念、夕食時には再び6人で今旅最初で最後の楽し〜交流ができましたが、ドクターの車でウィーンまで送ってもらえることになりさらにも〜1泊することに決定。彼の口癖は「万歳! 神風!」でしたけど、私がなんとか理解できたときに使う「あ〜は〜は〜」(何語やねん?)を面白がってました(笑)。例年なら9月のハンガリーは好天に恵まれるそ〜で「観光地よりもこ〜ゆ〜田舎が一番やねん!」には同感。3人でドイツ民謡を歌てくれましたさかい私も古い演歌などのさわりをちょびっと、宿の大将はギターに似た楽器を取り出したので期待したのにCDでハンガリア舞曲・・・南ハンガリーの田舎の雰囲気としてはまだ田園幻想曲のほ〜が似合いそ〜な? 私としては土着の民謡をぜひ聴きたかったのに彼の口癖は「女呼んだろか?」でした(笑)。もちろん女将も含めて恒例の折り紙教室もやりましたし、離日前夜に慌ててこしらえた漢字サンプルイラスト(木林森など)も初めて披露。

9月24日(水) 朝は女将から洗濯物を受け取りましたがものすご〜え〜香りやおまへんか、日本でもこ〜ゆ〜洗濯石鹸が欲しおまんねんけどどこに売ってまっしゃろ? さて、正午過ぎからは軽い自転車で次の村まで車道を走り、渡舟で対岸の町ドゥナファルバまで行くつもりが暗雲垂れ込めて慌ててUターン、ちょびっと濡れただけでしたがなんちゅ〜運に見放された人生でっしゃろか(笑)? 激し〜雷雨が去ってからはちょ〜ど上の絵写真の場所で自転車を掃除、その後もベンチに座ってちょびっとなついた2頭の羊たちをスケッチしたり。

しかし、ドイツ人の食生活っちゅ〜のは・・・朝から晩までおんなじよ〜なもんばっかり食べてるやおまへんか(笑)。おまけに3人とも煙草が大好き(好運にも室内は禁煙)とゆ〜わけで、最後の晩餐は女将が私にだけ御馳走を作ってくれましたが「何飲む?」「みんなとおんなじを!」「あ〜も〜! お前がゲストやないか!」食前にも地下蔵で珍酒を試したりしてドクターがいろいろおごってくれたみたいでんな。そうそう、夫妻が用意してくれたお箸は貴重そ〜で辞退しましたけど、日本から割箸をぎょ〜さん持参しといてお箸教室を開くのも楽し〜かもしれまへん。オーストリアでの最悪の3連泊などに比べてここはまたなんちゅ〜温かい・・・なんにもない小村のペンションを維持する努力はたいへんなもんでっしゃろけど、平日にもかかわらず他にも数組の泊まり客がいてました(支払い追加は32ユーロ=約5450円)。(上の絵写真はハンガリー南端の小村で3連泊したペンション)両日の走行距離合計約10km也

25 September 2008... Bar >>> (by car) >>> Wien
28日目(曇り⇒雨⇒小雨) ハンガリー南端からヒッチハイク⇒ウィーン(ホテル泊)

9月25日(木) 帰路は車道を次の町まで走って渡し舟で対岸の自転車道に出るつもりでしたが、ドクターは私が危険な車道を走り続けるもんと考えウィーンまで送ってくれまんねんな。結果的には雨のハンガリーを数日で縦断するのは至難でしたさかい大助かりでしたけど。朝食後、ドクターがすぐに出発すると言〜出して大慌てで帰り支度、私のために時間を早めてくれましたんやろけどウィーンに夕方到着ゆ〜てたやん・・・なんと、ワーゲンの大型ワゴン車にはロングホイールベースのMTBも側面からスッポリ! 曇天下を9時15分にスタート。案の定、しばらくすると雨が降り出しましたさかいまさに救いの神、ドナウ川はハンガリーのほぼ真ん中を北から南へ流れてまんねんけど、彼が選んだのは南端から北西方向に向かう最短距離のコースでおました。ハンガリーにはクレイジードライバが多いとぼやく彼の運転はじつに見事で、途中1回だけトイレ休憩を入れただけで5時間後の14時ウィーン市内に到着。ドクターと別れてからはまず自分の居場所を確認、ドナウ運河を渡り市街中心方向に進むと国鉄フランツヨーゼフ駅に出てひと安心。それにしても寒い! 駅前で女将が持たせてくれた弁当を食べるうちに再び小雨が降り出したやおまへんか。

YHは市内にぎょ〜さんおまんねんけど、観光案内所ではだいたいの場所しか教えてくれず、ひじょ〜にわかりにくい蜘蛛の巣形のウィーン市内を右往左往。諦めてペンション(ここでは安ホテルの意)を10軒以上訪ねたもんの全て満室、おまけに降り出したら雨宿りしながらのペースでは日が暮れてしもたやおまへんか。参考までに、この手の宿は貧相な入り口から奥に進み2階まで上がらな手続きができまへんさかい、自転車は荷物を積んだまま鍵もかけず道路傍に5分や10分ほったらかしたままですけど、幸いにしてこれまでのところ(前旅のハンブルクも含め)何かを盗まれたことはおまへん。寒い冷たい・・・夜はさらに方角がわからず心細い・・・この日ばっかりはほんまに絶望かと思いましたが、尋ね尋ね中心街まで戻り今度はホテルにチャレンジ。これまた何軒も追い払われた末に200ユーロを越える部屋が空いてましてんけど、呆れたね〜やんが朝食及びシャワートイレ付きで143ユーロ(約24300円)のホテルを斡旋。やれやれ、到着から8時間後の22時チェックイン・・・そやから大都市は嫌いで金があっても空宿がない恐怖とホームレスの辛さを痛感。豆ポタ距離約15km也。(上の絵写真はウィーンのシェーンブルン宮殿)

26 September 2008... Wien >>> Spitz >>> Aggstein
29日目(曇り) ウィーンから鉄道でクレムス経由⇒スピッツ⇒アグシュタイン(ペンション宿泊)

9月26日(金) ホテルの朝食は例によって腹一杯食いウェストポーチをパンパンにしたうえ、はみ出した分を両手に抱えてっちゅ〜バッドマナーぶりでしたが、田舎町村での宿泊費1週間分がひと晩で消えて痛いやらもったいないやら・・・おまけに曇天が憂鬱な気分に輪をかけて落ち込む一方。正午チェックアウトギリギリまで粘ってスタート、運河を遡ってドナウ川自転車道をしばらく走ってみたもんの安宿が見つからずUターン。気候がよく物価や治安が安定してること等々、世界で最も住みやすい都市のひとつとゆ〜わりには私との相性は最悪(笑)。残り3日間もこない宿泊費の高いウィーンでは過ごせまへんさかい、往路は小雨で素通りしてしもたヴァッハウ渓谷でも再訪することにしました。そうそう、ハイリゲン駅でスピッツまでの切符を買う際にも窓口のイケズ女の態度に腹が立ち、日本語で「お前なんか死ね! ○△×□(罵声の数々)!」と怒鳴ってしもたやおまへんか。

さて、ウィーンをあとに鉄道でクレムス経由スピッツ(自転車込み19ユーロ=約3200円)へ。車内の自転車置き場は狭いうえ固定できずまたしてもズッコケ、乗り継ぎ便はなんと30分遅れでしかもローカル線でっさかい積み下ろしが重労働。16時スピッツ着、小駅で雨宿りしたことを思い出しましたがひじょ〜に可愛らし〜村やおまへんか。スーパーで食料を仕入れてから渡し舟で右岸に渡り宿探し、小綺麗な対岸の小村にもガストホフや個人宿はおましてんけど高かったり満杯やったりで、次の村でペンションと間違えた家の夫婦は親切に近くの宿を予約してくれました。17時15分、手書きの地図ど〜り辿った宿はペンションと個人宿のちょ〜ど中間ぐらい、連泊をお願いして朝食及びシャワートイレ付きで22ユーロ×2(約7500円)。小村アグシュタインには山頂要塞(標高約500m)があり宿の窓からも夜のライトアップが見えました。豆ポタ距離約30km也。(上の絵写真はヴァッハウ渓谷に点在する美し〜ワイン村)

27 September 2008... Aggstein >>> Melk >>> Spitz >>> Aggstein
30日目(曇り) アグシュタイン⇒アグシュタイン城⇒メルク⇒スピッツ⇒アグシュタイン(個人宿連泊)

9月27日() オーストリアやドイツのペンションや個人宿では、ほとんどの場合女将が多少英語を話し大将は皆目っちゅ〜のが多いでんな。ここの爺さんも私を見かけたら手を上げて挨拶してくれまんねんけど、ふたりの会話は成り立たず地図で要塞への道順を相談するぐらい。この日も雨を心配しながら9時半にスタート、荷物なしの軽い自転車を山頂まで押し上げアグシュタイン城を見学(5ユーロ=約850円)。ウィーンから西へ約100kmのヴァッハウ渓谷は周囲を600m前後の山々に囲まれ、彼方には標高2000m前後のアルプスも遠望。流域には可愛らし〜小村が点在しその一帯には葡萄やリンゴが栽培されて、川には巨大な観光遊覧船が行き交い・・・し〜て例えるならドイツライン川流域リューデスハイムあたりの雰囲気でっしゃろか。下山後はオーストリアのドナウ川流域で3番目にごっつい町メルクに13時到着、旧市街散策後は念のため駅に立ち寄り右岸側からもウィーンまで行けることを確認。いや、残り1日何が起こるかわかりまへんさかい・・・夕食も節約することにしてスピッツまで遠回りして買い出し。案の定、駅員ひとりの小駅では切符も車内で買えっちゅ〜ことで、ウッカリこれをやるとどれに乗り換えるんやら皆目わかれしまへんねんな。ことにチェコやハンガリーの鉄道員は自分の管轄以外皆目把握してまへんさかい要注意。17時に帰宿、豆ポタ距離約35km也。(上の絵写真はアグシュタイン城からのヴァッハウ渓谷とドナウ川展望)

28 September 2008... Aggstein >>> Krems >>> Wien >>> Wien Airport
31日目(日本晴れ!) アグシュタイン⇒クレムスから鉄道を利用⇒ウィーン⇒ウィーン空港(目の前の予約ホテル泊)

9月28日() 視界100m、対岸さえ見えへん濃霧の中を8時45分にスタート、女将の天気予報ど〜り10時頃からは秋晴れの好天になりましたが、観光最終日になってよ〜やくっちゅ〜のはなんとも皮肉なもんでんな(笑)。右岸自転車道を楽しみクレムスからは鉄道を利用(自転車込み16.5ユーロ=約2800円)。これでヴァッハウ渓谷は両岸の自転車道を走破したことになりますけど、往路なんぼ探しても見つからんかったYHは駅のすぐ傍におました(笑)。また、今さらながら大きな町の駅にはエレベータもあって乗り降りがほんまに楽チン。正午過ぎフランツヨーゼフ駅着、乗り換えをひとつ省いてミッテ駅まで走るつもりが・・・切符はウィーン空港まで購入したもんの好天に誘われ市内から自走。ドナウ川に出よ〜として迷い込んだ市内最大の緑地公園内には、他国で見かけたことのない巾約10m長さ約4kmに及ぶ直線遊歩道が圧巻でした。その後も右岸自転車道を快適に走り、川を離れてからは迷走してなんべんも道を尋ねながら14時半に空港到着。なんと、予約ホテルは空港正面の恥ずかし〜ほど近くにあるやおまへんか! これやったら値段(朝食及びバス&トイレ付き14400円)も納得ですけど、それにしてもウィーン市内のホテルはなんであんなアホみたいに高いねん? まずは空港内で自転車の収納作業ができる場所を探してから15時にチェックイン。久しぶりのお風呂は極楽・・・豆ポタ距離約50km也。(上の絵写真はウィーン市内を流れるドナウ川)

29~30 September 2008... Wien Airport >>> Frankfurt Airport >>> Osaka Airport
32~33日目(晴れ⇒薄曇り⇒雨) ウィーン空港⇒フランクフルト乗り継ぎ⇒関西空港

9月29日(月)~30日(火) 7時半にホテルを出て空港へ・・・とゆ〜には近すぎるやおまへんか(笑)。荷台にパニアバッグを取り付けるのが面倒なほどでしたが、狭い空港内には作業できる場所が見当たらず雑然とした入り口で自転車を収納。さて、私の最も苦手な登場手続きですけど大荷物をカートに乗せてオロオロ「すんまへん、ルフトハンザのカウンタはどこでんねん?」「ここらへん全部そ〜やけど、まずあっちでクイックチェックインしてき!」???・・・大和の百姓にケッタイな自販機みたいなもん使えるわけないやないかと困ってたら、担当のね〜やんがテキパキ作業して2便とも最後尾の席を取ってくれてラッピ〜。カウンタに並ぶ前にただの紙切れEチケットを航空券に代える必要がおましてんな、中国人スタッフとの相性が心配でしたけど彼女とはひじょ〜にうまいこといきました。この空港ではマシンで切符を受け取ってから各航空会社のカウンタに並びまんねんけど、空いてる窓口で尋ねてみたらそこでもすぐに手続きしてくれて次は大荷物専用カウンタへ、最後は料金窓口で9月から倍増した自転車輸送費150ユーロ(約25500円)を支払いチェックイン完了。

8時45分、あ〜しんど・・・予想より順調に進んでよ〜やくひと安心ですけど、私にとって海外ひとり旅の最難関がこれら一連の手続きで宿探しのほ〜がはるかに楽チン(笑)。ウィーン空港は設計がえ〜のかほんまに狭いのかよ〜わかりまへんけど、ひじょ〜にわかりやすいのは大助かりで各ゲートで手荷物検査っちゅ〜のも変わってましたでんな。予定の11時をそない遅れることもなく離陸してフランクフルト空港へ、幸運にも最後尾のドアが開いて一番最初に飛行機から降りることができたやおまへんか! そ〜いえば、今回の旅では後半の異常気象には泣かされたもんの乗り間違いなどのトラブルは皆無、なんべんも雨に濡れましたけど風邪もひかず体調を維持できたことにこそ感謝。乗り継ぎもスムーズで機内では2席空いたところに移り翌日8時過ぎ関空到着、正直のところ関空から自宅までの大荷物を抱えた国内輪行がいちばん地獄なんですけど、連日の曇天下で気合いを入れなおしたせ〜か帰国後の疲労感や時差ボケは皆無でおました。

PostScript... 3回目の海外ひとり旅はぎょ〜さんの国を巡れるドナウ川流域を選びましたが、あえて源泉は辿らずフランクフルトからマイン川流域をロマンチック街道へ、そこからドナウ川流域に出て自転車道終点のハンガリーブダペストを目指しましてん。ところが、ガイドマップにはNo.4があり、さらに旧ユーゴ諸国を経てルーマニアから黒海に至りまんねんな・・・それがわかってからはついつい焦ってしもて鉄道を多用しながら要所を巡り、交通費や宿泊費が膨らんで出番のなかったクレジットカードが大活躍(笑)。その分だけこれまでのよ〜な心温まる交流が減ってしもたやおまへんか・・・おまけに、最高の季節なはずの9月が後半になって雨天曇天を繰り返し、日毎に落ち込んで行く気分を立て直すのは容易ではおまへなんだ。ともあれ、事故にも遭わず体調だけは33日間万全に維持できたことが不幸中の幸い、ドイツ、オーストリア、スロヴァキア、ハンガリー、クロアチアに加え、途中チェコにも寄り道して6ヶ国を無事(パンクは3回!)に駆け巡ることができました。ところで、日本での私は最低限の文化生活を保証されてまへんさかいホームシックとは無縁ながら、海外での貧乏旅行中にはめったに風呂に入れずシャワーでは体が温もりまへんねんな。ほんで、せめて足湯か腰湯ができるよ〜にゴム栓を持参したところこれがお〜いに重宝。また、国内にはそこらぢゅ〜にあるコインランドリがよその国には皆目見当たりまへんねんな・・・なお、1ユーロは当時のレート170円で換算しましたさかい年の明けた現在とではギャップがおます。ほんでから、関空からフランクフルトまでは直行便が楽チンですけど、ルフトハンザ航空では昨年9月から自転車輸送料を150ユーロに値上げしてもたやおまへんか!

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