AnPonmanの ライン川&モーゼル川流域ちゃりんこ旅32日間 (2009年5月15日~6月15日)

15 May 2009... Osaka Airport >>> Amsterdam Airport >>> Frankfurt Airport
1日目(薄曇り⇒曇り⇒雨) 大阪(関空)発⇒アムステルダム空港乗継ぎ⇒フランクフルト空港着(空港ホテル宿泊)

5月15日(金)7時15分、両手にパニアバッグを抱えて8時半頃に関空着。前日に預けた自転車と共にKLMオランダ航空カウンタでチェックイン。自転車輸送費は20kgまで片道80ユーロ(約10900円也)、パニア片方を加えた輪行袋は23.5kgほどおましたけどお咎めなしでスムーズ。ゆっくりウンコもしてから11時15分に関空を離陸、最後尾で間ひとつ空いた席が取れてひじょ〜にラッピ〜でしたけど、前席から「おに〜ちゃんおに〜ちゃん!」と呼ぶ2才のハーフの美幼女と遊んで寝られしまへなんだ(笑)。

予定より早めの15時半頃に曇天のアムステルダム空港に到着後、ミスなしに17時に乗継いで18時ちょ〜どにフランクフルト空港到着。土砂降りやおまへんか! 大荷物の受取り口付近は閑散としており、その場でゆっくり1時間かけて自転車を組立て荷台の歪みなども修正。幸い小雨になってきた空港を出発・・・おりょ、以前はあったはずの自転車レーンはどこやねん? 空港スタッフに尋ねても下へ回れとゆ〜だけ・・・無理やり車道に入ったもんのさらに迷子になってしもたやおまへんか。雨のため20時でも薄暗い中、こりゃ初日から宿無しかいな・・・おおっ天の助け、無謀にも車道を豆チャリで走って来る奴が!

「(予約したホテルは)遠すぎるからやめとき! 最寄りのホテルまでやったら案内したるわ!」っちゅ〜わけで、しばらく走って見覚えのある森の小径に入り豪華な空港ホテルへ。20時半、フロントのおばはんの英語が皆目わかれへん・・・結局127ユーロ(約17000円也)をぼったくられたうえ予約ホテル代4300円丸損。それにしても、もし豆チャリのに〜ちゃんに出逢えんかったらどないなってたこっちゃら・・・最初の晩餐は機内で備蓄したおやつと空港出口で仕入れた水のみ(笑)。豆ポタ距離約1km。(イラストマップは渓谷終端からオランダ北海までのライン川約400km)

16 May 2009... Frankfurt Airport >>> Mainz
2日目(晴れたり曇ったりで南西風猛烈) フランクフルト空港⇒マインツ(YH個室泊)

5月16日()、初日から大損させられて誰に遠慮がいりまっかいな、ゆっくり朝風呂も楽しんで弁当はてんこ盛りこしらえて10時15分出発。気温はウィンドブレーカにトレパンとレッグウォーマでちょ〜どぐらい、昨日のに〜ちゃんからだいたいの方向も教わりましたさかい深い森を通り抜けてマイン川へ。フランクフルト市街から上流へは素晴らし〜自転車道がおまんねんけど、マインツまでのR3(欧州広域自転車道)はラフもぎょ〜さんでもひとつでんな・・・中でも左岸から右岸へ運河堰の階段を昇降する際には荷物を全部外して重労働。

11時半、おりょ・・・ウェストポーチはどこやねん? 昨夏のハンブルクのよ〜にオシッコしたとこに置き忘れたんやろか? 現金は4ヶ所に分散所持してるもんの2日目からポーチがなかったらえらいこっちゃ。とにかくさっきの立ちション場所まで一目散、こ〜ゆ〜時に限ってけっこ〜長い距離を走ってるもんで焦りましたがな(笑)。おおっ、彼方からMTBのに〜やんがハンドルにぶら下げて来てくれたやおまへんか! 彼に礼をゆ〜て昼メシでもおごりたかったのに残念ながら途中でお別れ・・・

13時、懐かしのライン川に合流。対岸のマインツに渡る前にヘッセン州都ヴィースバーデンで昼メシ、陽射しがあってもやや肌寒い城塞の中庭でビールを買い自作の弁当を。ドジ男さんの情報によるとマインツのYHはたぶん鉄橋の向うの森やろと推測、それほど迷わず15時45分にチェックイン(朝食&シャワー&トイレ付き個室24ユーロ=約3200円也)。その後、森の中の広大な公園を散策中、3対3のファミリーサッカーにも加えてもらい観光初日はスーパーラッピ〜。豆ポタ距離約50km。(上の絵写真はマイン川とライン川の合流地点からのマインツ眺望)

17 May 2009... Mainz >>> Bingen >>> Rudesheim
3日目(薄曇り⇒晴れで西風猛烈) マインツ⇒ビンゲン⇒リューデスハイム(YH個室泊)

5月17日()は9時出発。昨日サッカーまでやりましたさかい当然ながらめっちゃ足腰がだるい(笑)・・・ところで、日本から持参した資料は、ドイツ観光局の125万分の1見開き全土地図と地球の歩き方の要所のみ。まずはマインツ市街をゆっくり周回、書店で自転車道マップ(13ユーロ=約1750円也)を購入後ライン川左岸沿いへ。幸いなことに、マップ(No.3)1冊にマインツからオランダ北海終点まで全部収録。しばらく走ると「この道は行き止まりやで!」っちゅ〜ことでUターン、今度は工場地帯から出られへんよ〜になって右往左往、尋ねながら進む農道はオーストリアのドナウ自転車道に比べてお粗末・・・

11時、ウィンドブレーカを脱いだ頃には周囲に丘陵が出現、ライン川が巾1km前後まで広がるのはたぶんここらへんだけかもしれまへん。正午、川沿いを走れるよ〜になった頃にはトレパンも脱いで半袖短パンに。13時半にはビンゲン到着、対岸から眺めるリューデスハイムは素晴らし〜やおまへんか! 一昨年のツアーではここから遊覧船で下ったもんですけど、あの時は深い霧に覆われて周囲がちゃんと見えまへなんだ。渡し舟(2ユーロ=約270円也)で右岸に渡り昼メシ後観光案内所へ、YHの場所を尋ねたついでに日本語版のライン川イラストマップ(6.5ユーロ=約870円也)も購入。

親切なね〜やんが教えてくれた近道はガタガタでとんでもない急坂、もし空きがなかったら地獄でしたが15時半に無事チェックイン(朝食&シャワー&トイレ付き個室25.5ユーロ=約3400円也)。丘上の広い部屋からの眺めは最高! 再度町まで降りてゴンドラでゲルマニア女神像まで登る必要もなく、ライン渓谷に至る手前の雄大な丘陵田園風景や村落は見飽きまへなんだ。また、このYHはサービス満点で、水にリンゴにおみやげ小物、コップに石鹸にバスタオル&マットや服ブラシまで用意されてたやおまへんか。豆ポタ距離約45km。(上の絵写真は美町リューデスハイムのつぐみ横町)

18 May 2009... Rudesheim >>> St.Goor >>> St.Goorshausen >>> Loreley >>> Patersberg >>> St.Goor
4日目(曇りのち晴れ南西風猛烈) リューデスハイム⇒ザンクトゴアー⇒ローレライ⇒Patersberg⇒ザンクトゴアー(YH個室泊)

5月18日(月)も9時出発。おりょ? 町まで下ってから気付きましたけど、右岸自転車道は丘の中途におましてんな。ま〜よろし、もっぺんつぐみ横町界隈をゆっくり散策してから渡舟場へ。しかし、この先ローレライまでは、左岸側にお城がぎょ〜さん並んでまっさかい右岸沿いの車道を選択、幸いにも交通量は少ないまま数km先の併設自転車道に出られました。おりょ? いつのまにやら渓谷に囲まれてどんどん川巾が狭まってきたやおまへんか! この調子で難所ローレライでは巾110mほどになってしまいまんねんな。

ウィンドブレーカを着たら暑いし脱いだら寒いっちゅ〜状況下、追い風を受けて快調に走れるもんの、美村アスマンスハウゼンでは今にもくずれそ〜な空模様のためひと休み。天候はなんとか持ちこたえて、正午には城跡の残る小村ロルヒで昼メシ、ドジ男さんおすすめの古城YHがあるバッハラッハは眺めただけで素通り。カウプからは舟で対岸に渡り、オーバーヴィーゼルを過ぎるとやがて彼方に有名なローレライの岸壁が。13時45分ザンクトゴアー着、初めて河川敷へ下りて、ぎょ〜さんキャンピングカーが並ぶ広い河川公園から出ると、ラッピ〜なことに目の前の高台にYHがおましたやんか!

古い施設ながら、14時半にチェックインOKでしかも格安(朝食付き個室シャワー&トイレ共同18ユーロ=約2400円也)。天気も回復しましたさかい、舟で対岸に渡り荷物なしの自転車で高さ130mのローレライ岩山頂へ・・・無理せんと押し上げ(笑)。16時、展望ビアガーデンでひと休みしてから尾根伝いに山頂村のPatersbergへも。偶然にも今まで写真でなんべんも見かけた風景に出逢えたやおまへんか! ライン川流域のベストビューポイントに立てた本日もまたまたスーパーラッピ〜! 豆ポタ距離約45km。(上の絵写真は山頂村から展望する猫城とライン渓谷最大の難所ローレライ)

19 May 2009... St.Goor >>> Boppard >>> Koblenz >>> Alken
5日目(晴れ⇒曇り⇒雨) ザンクトゴアー⇒ボッパルト⇒コブレンツ⇒Alken(民宿泊)

5月19日(火)、朝食時には自転車ひとり旅の若いね〜やんと同席。背丈190cm前後の巨乳巨尻大女が話す英語はチンプンカンプン、あ〜・・・昨夜やったら一杯おごったったのに・・・進む方向も逆で残念。諦めて好天下を9時出発、数mごとに継ぎ目のある自転車道に幻滅しながら10時には豪華ホテルが軒を連ねる美町ボッパルトに到着。ここはライン渓谷屈指の大曲がりがある場所でっさかい、乗り場に荷物を預けてチェアリフト(往復6.5ユーロ=約870円也)で山頂展望台へ。さいな、ただただ絶景としか・・・連日ハイライトが続いてしまいにバチがあたりそ〜なほどでおま。

今日はもちろん昼前後から半袖短パンに。14時前、ブラウバッハの対岸から、ライン河畔で最も保存状態がえ〜っちゅ〜マルクス城を眺めながら昼メシ。ところで、ひとり旅では名所旧跡への訪れ方を失敗することも再三、今回はコブレンツの場合がその典型になってしまいました。彼女からも丘上のYHは工事中で休館やと聞〜てたし、ど〜せモーゼル川からまたここへ戻りまっさかい気が緩んだか、悪路に迷い込んで右往左往しながら合流地点に着いたのは15時前。まごまごするうちにどんどん曇ってきたやおまへんか! 市内は避けてモーゼル川流域で安宿を見つけることにしまひょ。

それにしても、宿の表示がおまへん・・・見かけるのはホテルかガストホフぐらいのもんで地図なしのままお手上げ。25kmほど遡ったワイン村Alkenでよ〜やくペンションらしき宿を発見、2軒目のおっさんが別の宿に電話して若女将が車で迎えに来てくれたやおまへんか。坂の上の民宿(GasteZimmer)に着くやいなや夕立になり本日もまたまたラッピ〜! 綺麗・・・部屋を掃除してくれた若い娘はドイツ美人を絵に描いたよ〜なべっぴんさん。チェックインは17時(朝食&シャワー&トイレ付き25ユーロ=約3350円也)。豆ポタ距離約50km。(上の絵写真はボッパルトの山頂展望台からの絶景)

20 May 2009... Alken >>> Cochem >>> Zell >>> Burg
6日目(薄曇り⇒曇り一時小雨) Alken⇒コッヘム⇒ツェル⇒ブルク(民宿泊)

5月20日(水)、昨日の夕立はすぐにやんだもんの夜はず〜っと雨。同席した数人の泊まり客とも話がでけましたが、古女将の朝食は最少限でしたさかい弁当は作れまへなんだ。幸い雨も上がり9時半に出発、おりょ・・・昨日は焦って見逃しましたけど、この村の山頂にはライン川流域よりも立派なお城があるやおまへんか! 地図上のモーゼル川はぐんにゃんぐんにゃんの蛇行ぶりですけど、自転車ではそ〜ゆ〜感覚は皆無でなんぼ走ってもおんなじよ〜な風景。右岸はやがて快適な自転車道に入って喜んだら、その後1時間近くラフで暗〜い森道を走らされたりも・・・

正午、スーパーで食料を仕入れ、丘上のライヒスブルク城を眺めながら美町コッヘムの河畔公園で昼メシ。観光案内所では優し〜ね〜やんからYHの場所を教わったもんの、時間が早すぎるため英語のイラストマップ(3ユーロ=約400円也)を購入して退散。エルベ渓谷とドナウ渓谷をたして2で割ったよ〜なモーゼル川流域は、車道の自転車レーンを走らされることが大半でその分だけ軽快、ゆるい起伏もぎょ〜さんでっけどあんまり遡ってるっちゅ〜感覚はおまへなんだ。15時頃、ちょびっと日本語も話せる自転車旅のおっさんに話しかけられたり。

17時、大曲がりにある町ツェルの書店でよ〜やく自転車道マップ(12.5ユーロ=約1650円也)を入手、モーゼル川自転車道はコブレンツからフランスのメッスまでの約300kmが1冊に。おりょ、今にも雨が降りそ〜やおまへんか! 観光案内所で教わった宿は高い・・・一か八か、再度やや多めの食料を仕入れて先へ進み(今までほとんどこれで失敗!)、小村ブルクの民宿に18時15分にチェックイン(朝食&シャワー&トイレ付き28ユーロ=約3750円也)。豆ポタ距離約75km。(イラストマップはコブレンツからトリアーまでのモーゼル川約190km)

21 May 2009... Burg >>> Traben-Trarbach >>> Bernkastel-Kues >>> Trittenheim
7日目(薄曇り⇒曇り⇒夕立南西風) ブルク⇒Traben-Trarbach⇒ベルンカステルクース⇒トリッテンハイム(民宿泊)

5月21日()は、たみさんからの情報ではドイツの休日とのことでしたが、女将から酒場やレストランなどは開いてると聞〜てひと安心。ところで、ペンションにも個人宿にも分類しにくいワイン村の宿は、自家製のワインを含む夕食を注文できるよ〜で日本の民宿に似てま。ここの女将は典型的なドイツの主婦タイプで気配りの行き届いた人、スーパーで買うのは1~2ユーロの激安ワインばっかりでっさかい、いっぺん試しに5ユーロ(約670円也)の赤ワイン(ほんまはモーゼルワインは白でっけど)を購入して9時出発。

余談ながら、ドイツのペンションや個人宿(GasteZimmerも同様)は、チェックインとゆ〜ても手続きはなんにもおまへん。私が日本から来たことを告げて折鶴を渡したらそれで完了、名前や住所を問質すでもなく支払いは翌朝の出発前・・・玄関の鍵まで貸してくれてでっせ! よくもま〜初対面の貧相な日本人を信用でけるもんでんな(笑)。なお、この習慣はオーストリアやチェコやハンガリーでも共通でしたが、ホテルやガストホフやYHになると時々パスポートまで要求されたりして当然前払い。

父なる川ラインに対し母なる川モーゼル・・・この日はのべ数百台の自転車に遭遇しましたけど、蛇行の繰り返しで走っても走っても距離は延びず、流域には次々とおんなじよ〜な葡萄栽培の町や村が現れて・・・ワイン飲み比べとか絶景写真集めとか目的がないと飽きてきま。モーゼル川には絶景がてんこ盛りでっさかい、美町Traben-Trarbachでは約1時間かけて山頂にある城址まで押し上げ。団体のおば〜はんらとは「お前も入れ!」っちゅ〜ことで一緒に記念撮影、下山後の約1時間はオーストリアのドナウ流域を思わせる景色と自転車道。

14時半、中世の町ベルンカステルクースに立ち寄った頃にはまた雲行きが・・・まだ泊まるには中途半端な時間でYHもおまへんさかい先へ。今にも降り出しそ〜な16時半頃、"Zimmer Frei(部屋おま!)"の看板を見つけては断られることを繰り返し、よ〜やく小村トリッテンハイムの民宿に17時半チェックイン(朝食&シャワー&トイレ付き35ユーロ=約4700円也)。知恵遅れの私もその頃にはやっと4連休やっちゅ〜ことに気付きましたが、入室直後から激し〜夕立が始まって今日もまたまたラッピ〜。豆ポタ距離約65km。(上の絵写真はウワバミもまっ青の蛇行を繰り返すモーゼル川流域)

22 May 2009... Trittenheim >>> Trier
8日目(薄曇りのち晴れ南西風猛烈) トリッテンハイム⇒トリアー(YH個室泊)

5月22日(金)は25ユーロを支払い、9時15分に出発しょ〜としたらさらに10ユーロ要求されたやおまへんか! 昨日25と35を聞き間違えるはずおまへんし、老若ふたりの女将もひじょ〜に親切だっただけにこりゃ残念・・・やっぱり大事な数字は指で示したり紙に書いて確認せなあきまへんな。しかし、この3日間の宿々は大掃除コンテストでも開催中かいなと思うほどピッカピカ、馬鹿高いホテルの小部屋なんかよりはるかに広〜てゴージャスでおました。ほんでから、行く先々で見かける河川敷のキャンピングカーの数にはびっくりで、ドイツ人は自転車旅以外にもこ〜ゆ〜やり方で連休を過ごしまんねんな。

徐々に渓谷やワイン村が姿を消し、途中の町でも迷走しながらトリアーのYHに12時15分にチェックイン。正午前後に開館してるだけでも珍しゅ〜おまっけど、心配した4連休の花金に個室に泊まれてひじょ〜にラッピ〜! 但し、入室は14時からとのことで荷物を預けて黒い城門ポルタニグラで昼メシ。ここは2000年の歴史を持つドイツ最古の町っちゅ〜ことで、ローマ遺跡が点在したりルクセンブルクやフランスにも近いせ〜か雰囲気がラテン。今までのワイン町村とは異なり、排ガスと埃と騒音に包まれた市街には閉口でYHに退散して洗濯(5ユーロ=約670円也)。

いつのまにやら1週間経過、初日に大損させられた以外はほとんど雨にも濡れず宿にも恵まれ順調。ここまでなにほどの出逢いもないまま体調だけは万全・・・今まで泊まったライン&モーゼル流域のYHには全てバスタオルまで完備、他の流域ではほとんど見かけんサービスでひじょ〜に重宝。おりょ? フロントのトルコ人のね〜やんの顔は憶えてるのに、朝食&シャワー&トイレ付き個室がなんぼやったか忘れてしもたやおまへんか(笑)。すでにフランクフルトよりも緯度の低いとこまで来てまんねんけど日暮れは9時半以降。豆ポタ距離約40km。(上の絵写真はドイツ最古の町トリアーの中央広場)

23 May 2009... Trier >>> Konz >>> Saarburg >>> Konz >>> (Border) >>> Schengen
9日目(日本晴れ!⇒曇り北東風) トリアー⇒コンツ⇒ザールブルク⇒コンツ⇒ルクセンブルク国境⇒シェンゲン(YH相部屋泊)

5月23日()は好天下を8時45分出発、さわやかな北東風に背中を押されてザール川との合流点コンツへ。おりょ? どこで道を間違えたか、知らんまにザール川に迷い込んでしもたやおまへんか。ひじょ〜に細い川巾は50m前後、イラストマップのモーゼル川は合流点で終わり、ザール川流域が途中まで載ってまっさかいついでにザールブルクまで行ってみましてん。11時、尋ねまくって辿り着いた丘上のYHは14時まで休館で諦めてUターン。ドイツで最も小さな州ザールラントは、第2次大戦後はしばらくフランスの管轄下におかれてましたんやそ〜な。

今度は左岸を合流地点まで戻り河畔公園で休息、さらに戻って橋からモーゼル川左岸に渡り12時半にルクセンブルク国境で昼メシ。イタリア人のおっさんが話しかけてきましたが、ここらへんはホテル以外に泊まれるところはなさそ〜でんな・・・当分はモーゼル川が国境線でっさかい、対岸のドイツを眺めながら川沿いの車道レーンを走っても他国を訪れた実感なし(笑)。おりょ? 16時頃にフランス国境近くでYHらしき標識を発見、念のために1kmほど廻り道してみたら立派な施設が現れたやおまへんか。

17時の開館まで待ってたもんの相部屋しかなく、朝食付きシャワー&トイレ共同の相部屋で18ユーロ(約2400円也)とのこと。急に暗雲が垂れ込めてきたし、今さら他の宿を見つける気力もおまへんさかい渋々OK。うわ・・・3階屋根裏の団体18人部屋は窓が小さく熱がこもって暑い・・・2食目の弁当を食べ早めにシャワーを浴びて横になりましたけど、やっぱり相部屋ではいろいろ不便なうえ身も心も休まりまへんわ。やれやれ、どないなることかと心配した大部屋には他に5人が宿泊しただけでおました。豆ポタ距離約80km。(上の絵写真はザール川流域の美町ザールブルク)

24 May 2009... Schengen >>> (Border) >>> Thionville >>> Metz
10日目(曇り⇒晴れ⇒日本晴れ!) シェンゲン⇒フランス国境⇒ティオンヴィル⇒メッス(YH相部屋泊)

5月24日()は曇天下を9時15分出発。日曜日でもあり弁当はてんこ盛りこしらえてジュースも1リットル確保。幸か不幸か、これまで連泊したいほど魅力的な場所もなし、雨で足止めを食らうこともなしで体がクタクタ・・・

いつのまにやら国境を通過してフランスへ。急に風景は変わりまへんけど川沿いの車道兼自転車道にはレーンが消えて、これまでず〜っと両岸の好きな方を走れたのにフランスでは選択肢なし。緩い起伏も所々、私のよ〜な長距離旅行者は姿を消して、出会うのは余裕のないロードレーサばっかし・・・山や丘は彼方に遠ざかり牛の放牧を今旅初めて見かけました。11時半、最初のやや大きな町ティオンヴィルに到着。橋の袂にある古いYHはすぐに見つかったもんの、開館は17時っちゅ〜ことで諦めて通り過ぎることにしましてん。

天気は徐々に回復してカンカン照り、12時半に公園の木陰で弁当を食べてリスタート、途中無数の沼池に変身したモーゼル川を通り抜けて15時にメッス到着。当初冷やかしで遡ってみたモーゼル川でしたけど、自転車道をガイドマップど〜り走破してしもたやおまへんか! 幸運にもマップには表示されてないYHが偶然見つかり、開館時間の17時まで旧市街中心のビアガーデンで休息。

ここのYHも相当古い施設で、しかも相部屋でしたけど渋々チェックイン(朝食付きシャワー&トイレ共同の相部屋16.5ユーロ=約2200円也)。幸い、受付のね〜やんはドイツ人やっちゅ〜ことで、優しゅ〜て話もわかりやす〜てひじょ〜に親切でおました。ほんでから、一緒に泊まったのはフランスで働いてるとゆ〜鉄道旅行中のモロッコ人。なお、よ〜やく無料パソコンで自分のHPを検索できたもんの文字化けに唖然・・・海外の友人にアドレスを教えても誰も見てはくれまへんやろこりゃ。豆ポタ距離約65km。(上の絵写真はモーゼル川自転車道終点メッスの街角)

25 May 2009... Metz >>> (by train) >>> Luxembourg>>> Koblenz
11日目(日本晴れ!⇒曇り) メッス(鉄道で移動)⇒ルクセンブルク乗り換え⇒コブレンツ(ガストホフ泊)

5月25日(月)は朝から日本晴れ。朝食はパンとジャムとコーヒーとジュースのみ・・・今回の旅で最低の内容は弁当どころやおまへなんだ。フランスでも最低2泊はするつもりでしたけどここに連泊する気もなく9時出発、結局60~70km上流の町ナンシーまで行くことは諦めて中央駅へ。案内窓口では乗り換え1回でコブレンツまで戻れることがわかったもんの、切符窓口は長蛇の列で9時半発のつもりが11時発になり自転車込み51.5ユーロ(約6700円也)。おりょ? 駅内で偶然自転車旅行中の日本人に遭遇、今旅の最南端メッスは最も暑〜おましたけど緯度はパリより上でんねんな。

自転車も載せやすかった素晴らし〜列車は定刻発で車内を警官が巡回、正午にはルクセンブルクの首都(同名)に着いて駅周辺を巡りながら昼メシ。ど真ん中を渓谷が横切る珍し〜都市でしたけど、あとの押し上げが面倒でっさかい谷底へは降りまへなんだ。駅に戻り、14時25分発のコブレンツ方面行きに乗ろ〜としたら自転車専用車両は閉鎖、しょ〜がおまへんさかい最後尾で見つけた身障者用スペースへ置き、車掌に事情を説明したら「ま〜え〜やろ!」っちゅ〜わけで途中まで1等車(笑)。ルクセンブルクはひじょ〜に小さい国でっさかい、私が先日走ったわずかな距離だけでも外周の約1割でっしゃろか?

ドイツに入りトリアー中央駅からは一番前の専用車両へ大移動、ホームを自転車で走って行き入口の段差をみんなで助け合いながら乗車。楽しみにしてた車窓からの渓谷美は殺風景な林に遮られてしもたやおまへんか。正味3時間15分ほどの鉄道旅を終えて16時40分にコブレンツ着、曇天下を先へ進んだもんの空は真っ暗! 引き返して市内のガストホフに18時半チェックイン(朝食なしシャワー&トイレ共同25ユーロ=約3350円也)。おもろい大将が案内してくれた3階の共同居間からは山上城塞も眺望可。豆ポタ距離約10km。(上の絵写真はコブレンツのライン&モーゼル合流地点"ドイツの角"展望)

26 May 2009... Koblenz >>> Andernach >>> Bad Honnef
12日目(曇り⇒晴れ⇒曇りから夕立南西風猛烈) コブレンツ⇒アンデルナハ⇒バートホネフ(YH個室泊)

5月26日(火)は絶望的な曇天下を9時半出発。再度"ドイツの角"から対岸の山上城塞を目指したもんの、自転車を載せられそ〜な渡し舟が見当たらず諦めて10時半リスタート。正午、ドイツ最古の町のひとつアンデルナハのスーパーで買い出し後、風変わりな城壁に囲まれた公園で昼メシ。天候は徐々に回復し台風並みの南西風は幸いにも追い風、ここらへんの自転車道はデコボコのため車道のレーンを選択。レーマーゲンを過ぎたあたりでは景色と自転車道の質が両立、彼方の山頂に城が見えてきた頃にはも〜バテバテ・・・珍しゅ〜頭痛がしまっさかいさては豚風邪か?

舟で右岸に渡り、バートホネフで坂上のYHに16時チェックイン(夕食&朝食&シャワー&トイレ付き個室38ユーロ=約5000円也)。なお、この町は温暖な気候で知られる温泉保養地なんやとか。18時頃には夕立! 珍しゅ〜夕食付きでしたさかい女子中学生たちとわいわいガヤガヤ、「コンニチワ!」と挨拶する連中に大阪は「まいど!」やねんと再教育(笑)。ところで、時々自転車を掃除するのに初持参したハタキとモップがひじょ〜に重宝、過去3回は雑巾だけでしたがこっちのほ〜がパニアバッグの汚れ落としにも便利。

自転車の置き場所は各宿各様ですけど、今旅多用したYHではその都度フロントで鍵を借りるのが面倒でおました。また、ここは高い分だけ快適でしたけど残念ながらバスタオルはおまへなんだ。ふと夜中に目が覚めると天窓から北斗七星が! 曇ったガラスでは天の川までは無理でしたけど、大熊座と小熊座がちゃんと確認できるのは空気が澄んでる証拠でんな。なお、ローマ時代にはこのあたりからレーゲンスブルクまで、ライン川とドナウ川を結ぶ万里の長城(約350km)が存在したそ〜でおま。豆ポタ距離約50km。(上の絵写真はケーニヒスヴィンターのライン河畔と竜の山、)

27 May 2009... Bad Honnef >>> Konigswinter >>> Bonn >>> Koln
13日目(晴れ時々曇り⇒曇り南西風猛烈) バートホネフ⇒ケーニヒスヴィンター⇒ボン⇒⇒ケルン(YH相部屋泊)

5月27日(水)は8時45分出発。次の町ケーニヒスヴィンターは渓谷が終わる地域で、ここらへんがドイツの葡萄栽培の北限なんやそ〜でおま。さて、伝説の英雄ジークフリートに退治された竜の山への登山口を探して迷走後、荷物を預けてケーブルカー(往復9ユーロ=約1200円也)で約320mの山頂へ。寒風の山頂は場所によってはウィンドブレーカのフードも必要でしたが「コンニチワコンニチワ!」やれやれ、苦労して登ったのにこいつらも来よった・・・レストランではビールだけ注文して昼メシ後下山。まだ渓谷は残るもんの周囲は徐々に殺風景なルール工業地帯、13時には舟で左岸に渡り快適な自転車道をボンまで。

15時半、ケルン手前で迷子になってしもたやおまへんか。なんべんもおんなじ場所を周回するうち、さっき舟で出会たおばはんにYHまで案内してもらうことに。彼女は携帯電話で予約までしてくれて去って行きましたが、長距離旅には珍し〜前カゴ付きの自転車で近所へ買い物にでも行く格好。しかし、ライン自転車道マップNo.2も持ってましたさかい、少なくとも私よりはぎょ〜さん走ってまっしゃろ。

残念ながら、このYHも相部屋のみで渋々16時半チェックイン(朝食&シャワー&トイレ付き相部屋25ユーロ=約3350円也)。なお、ケルンには複数のYHがあるよ〜で、彼女が案内してくれたのは市街北端のライン左岸近くにある施設。17時半、曇天下を近くのゴンドラ(往復6ユーロ=約800円也)乗り場へ。わずか1km前後川の上を横断往復するだけでしたが、いつのまにやら山々は遥か彼方に遠ざかり360度平坦な風景。6人部屋に戻ってみても他に誰もおらず喜んだもんの、午前2時頃に怪しげなイタリア人?が入ってきて憂鬱・・・豆ポタ距離約50km。(上の絵写真はケルン市内の展望)

28 May 2009... Koln >>> Dusseldorf
14日目(曇り一時雨⇒晴れ) ケルン⇒デュッセルドルフ(YH個室泊)

5月28日(木)は絶望的曇天下を8時45分に出発。朝食時にはグラマー美女(たぶん女子高生)2人と同席できてラッピ〜! 今日でちょ〜ど2週間目、初日のホテル代散財以外はバチが当たるほど順調で、体調も良好ながら1日も休んでまへんさかい足腰がダルい・・・雨が降り続いたら連泊するつもりが幸か不幸かなかなか機会がおまへん。ケルンからは殺風景な工場地帯が続き10時半には小町で雨宿り、幸いすぐにやみましたさかいレッグウォーマも追加してリスタート、ひととき田園風景の素晴らし〜自転車道を走れたと思たらまた雨・・・

結局13時までに3回も雨宿りを強〜られながら、ほとんど濡れず汚れず14時半にはデュッセルドルフ市内へ。ラインタワーを目印に中心街へ進みながらYH探し、幸運にも別の大橋から再び左岸に渡ったところに立派なYHがおましたがな! 個室はどえらい値段でしたが疲れも洗濯物もたまったこっちゃし迷てんと連泊、15時にチェックイン(朝食&シャワー&トイレ付き個室42ユーロ×2=約11200円也)。フロントのね〜やんは早口でもひじょ〜にわかりやすい英語、優し〜彼女に5ユーロ(約670円也)を支払いランドリーで洗濯も。ちょ〜どドイツの南北中間あたりまで来て、22時頃でもまだちょびっと明るいほど。豆ポタ距離約50km。

29 May 2009... Dusseldorf 15日目(終日日本晴れ!北東風) 終日デュッセルドルフ(YH個室連泊)

5月29日(金)は9時半にチェンジルーム、昨日からのね〜やんの指示でしたが1階から3階のさらに豪華な部屋に移れてラッピ〜。好天下を9時45分に荷物なしの自転車で出発、予想よりも北東風が冷たくウィンドブレーカを省いて後悔、デュッセルドルフは日系企業の欧州基地なんやそ〜でなんとなく安心感がおま。市街散策後、正午には168mのラインタワー(3.5ユーロ=約470円也)へ。高さは通天閣と大差おまへんけど、タワーの根元まで見下ろせる展望台の設計にはビビりましたでんな(笑)。地べたを走るだけではなかなか気付きまへんけど、ライン川はここでもダイナミックにS字蛇行してるやおまへんか。

ビールを飲んでくつろいでるところへ「わ〜わ〜ギャ〜ギャ〜!」おりょ? この蜂の巣をつついたよ〜な大騒ぎは? やっぱり在独の日本人小学生やおまへんか・・・目に余りまっさかい「恥ずかし〜わ! も〜ちょびっと静かにさせなはれ!」と引率教師に注意。13時45分に下降してみると入口に残した自転車は幸い無事で、後半は上の絵写真の旧市街やライン河畔を散策して最高に贅沢な一日でおました。河原に羊が群れる左岸自転車道を戻り、17時半に帰宿してからは所持金を再度5分散しなおしたり。豆ポタ距離約25km。(上の絵写真はデュッセルドルフ旧市街のライン河畔)

30 May 2009... Dusseldorf >>> Xanten
16日目(日本晴れ!⇒晴れ⇒曇り北東風猛烈) デュッセルドルフ⇒クサンテン(YH個室泊)

5月30日()は好天下を9時00分出発、残念ながら台風並みの向かい風(北東風)、周囲は工場やったり田園やったりして自転車道も褒められたもんやおまへん。13時半、小町Orsoyで昼メシ後薬局で石鹸を購入、エアサロンパスの類はサンプルを見せたもんのおまへなんだ。ず〜っと退屈な風景のまま、なんで車道を走らんかってんと悔やみながらクサンテンまで。小学生たちにYHの場所を教わったのに1時間以上も右往左往、途中で10人以上が漕いで走る"ビア樽自転車"と遭遇して仰天、17時15分にチェックイン(朝食&シャワー&トイレ付き33.5ユーロ=約4500円也)。

受付のおばはんの手際はデュッセルドルフのね〜やんとは大違いでしたが、週末でも個室(水0.7リットル、タオル2種類、バスマット付き!)に泊まれて大満足。ドイツで唯一"X"で始まる小町クサンテンにもローマ時代の遺跡が点在、考古学公園では夕方からコンサートが催されるよ〜でしたが、夕方とゆ〜ても日暮れが22時でっさかい・・・明日のオランダ入りに備えて断念。そ〜いえば、モーゼル川流域でも週末の祭りやイベントに全部かわされてしもたやおまへんか。豆ポタ距離約85km。(上の絵写真は美町クサンテンのマルクト広場)

31 May 2009... Xanten >>> Kleve >>> (Border) >>> Millingen >>> Arnhem >>> Rhenen
17日目(晴れ⇒曇り⇒晴れ) クサンテン⇒クレーヴェ⇒オランダ国境⇒Millingen⇒Arnhem⇒Rhenen(ガストホフ泊)

5月31日()は9時15分に出発して再度旧市街観光。その後、国境手前の小町クレーヴェまでは横着して国道の快適なレーンを利用、11時15分に白鳥城を見学後は念のためにYHの場所を調べてからリスタート。12時半頃、いつのまにやら国境を越えてなんとなくうら淋し〜小町Millingenへ、すぐに渡舟で対岸に渡り自転車道マップど〜り進み始めたもんの・・・ライン川はいきなりマーズ運河とパンネルデンス運河に枝分かれして、後者はその後ネーデルラインと名前も変わり川巾はドイツの3分の1、ライン川自転車道の道標もないまま番号を見て走れといわれてもどれがどれやら・・・(上の絵写真はうら淋し〜国境付近)

幸いにして、ドイツと同様ガソリンスタンド(ミニコンビニ併設)は日曜日でもオープン。しかし、困ったことに観光案内所が休みで"B&B"の表示も見当たりまへん・・・ちょこちょこ見かける"TE KOOP"の看板はど〜やら売家の意味でっしゃろか? オランダ人は外泊する習慣がないんちゃうかと思うほど宿が見当たりまへんな・・・自転車道やレーンがドイツより立派なオランダにもアップダウンは処々、最初の大き〜町Arnhemの高級ホテルは断念してさらに次から次へ。結局、小町Rhenenの馬鹿高いガストホフに17時15分チェックイン(朝食&シャワー&トイレ付き81ユーロ=約10800円也)。豆ポタ距離約100km以上。

1 June 2009... Rhenen >>> Tiel >>> Wijk bij Duurstede >>> Buren >>> Vuren
18日目(日本晴れ!⇒曇り⇒晴れ西風猛烈) Rhenen⇒Tiel⇒Wijk bij Duurstede⇒Buren⇒Vuren(B&B泊)

6月1日()は好天下を9時半に出発。いや・・・オランダの宿は少ない高い悪いの三拍子で先が思いやられて憂鬱でおま。自転車道マップを眺めても、なんでこんな魅力のないコースを選定したんか理解に苦しみまっさかい、無視したままワール運河までひたすら南下することに決めましてん。オランダには至る処に自転車道が整備されてるのが大助かりで、11時にワール運河のあるTielの町に到着。今日はドイツだけやなしにオランダも祝日でっしゃろか? 運河の周囲はドイツヴェーザー川流域を思わせる広大な農地、途中ではB&Bの看板を見かけてよ〜やくひと安心。正午、交差する運河の対岸に舟で渡り、風車のある美町Wijk bij Duurstedeに到着。おりょ? オランダ入国後初めて豊かな水と綺麗な町に出逢えたもんの・・・間違えてアムステルダムラン運河沿いにネーデルライン運河に戻ってしもたやおまへんか。余談ながら、ネーデルライン運河は当初国境付近では"パンネルデンス"、アムステルダムラン運河と交差してからは"レク"と次々名前を変えよりまんねんな。

リスタートしてさらに南下を続け13時には小町Burenで昼メシ、猛烈な西風の曇天下を今度こそほんまもんのワール運河に当たって15時半。車道兼用の右岸堤防道を進むうち、なんとなくBed&Breakfastと書いてあったよ〜な気がしてあと戻り、小村Vurenの茅葺き農家に16時チェックイン(朝食付きシャワー&トイレ共同30ユーロ=約4000円也)。わかりやすい英語を話すタンクトップの若女将はまだ20代? 美人でスタイル抜群の彼女にはなんと双子の赤ちゃんが・・・古い茅葺き農家の屋根裏部屋は床もドアも傾いてましたけど、そこに至るまでの彼らの生活空間はオープンでアットホーム。さっそく戸外のテーブルでお茶を出してくれて、どないなることかと心配したオランダは2日目でくつろげてひじょ〜にハッピー。夕食分の弁当は残ってましたさかい、赤ワイン(5ユーロ=約670円也)も1本分けてもらいました。豆ポタ距離約80km。(上の絵写真はワール運河沿いの小村にあるごっつい茅葺き農家のB&B)

2 June 2009... Vuren >>> Gornichem >>> Dordrecht >>> Kinderdijk
19日目(晴れ北東風猛烈⇒日本晴れ!北西風猛烈) Vuren⇒ゴーリンケム⇒ドルトレヒト⇒キンデルダイク(ホテル泊)

6月2日(火)の朝食はやや肌寒い戸外のテーブルで。若女将がゲストブックを持って来ましたさかい庭の羊たちをスケッチ、陶芸家やっちゅ〜古女将は「お前は戦後世代か? 原爆落とされたんは大阪やったか?」いやほんま、日本人もうまいことごまかされてんと、誰に何をやられたか絶対に忘れたらあきまへん。さて、居心地の良さに連泊を迷いながらも9時半出発、どんどん晴れてきたもんの猛烈な北東風・・・次の町ゴーリンケムからはやや長い距離を渡し舟(2ユーロ=約270円也)で対岸へ。ロッテルダムまではど〜やら"LF2b"の標識を辿ったらよさそ〜ですけど、すぐに単調な田園風景に飽きてしもて車道レーンに出て大巾ショートカット。再度舟で右岸に渡り12時半に昼メシ、ワール運河もニウヴェなんとかっちゅ〜名前に変わってまっさかいややこしおまんな。13時半、北上して美し〜港町ドルトレヒトに着いた頃には晴れ渡って暑いほど。あとでここにもYHがあることを知りましたが、舟バスで広い運河の三叉路を渡りさらに北上、15時には自転車道から直接風車村キンデルダイクに漕ぎ入れてまずは宿探し。

16時半、奮闘の甲斐もなくボロホテルにチェックイン(朝食&風呂&トイレ付き65ユーロ=約8700円也)。フロントのおばはんに頼み込んで75ユーロから10ユーロ値引き、折鶴を渡したら「ウチも去年日本へ行ってんで!」と機嫌がなおったやおまへんか。その後、厨房から現れた台湾美女にはひと目惚れ、おんなじ「大丈夫?」でもやっぱり心のこもり方がちゃいまんねんな。3階の煙草臭い部屋には風呂もあるし、大きな窓からは全ての風車を眺められラッピ〜。北西風に変化した17時頃からは荷物を省いた自転車でゆっくり風車巡り、現在でも可動する全19基のほとんどには風車守りが住んでまんねんな・・・私も切望したもんの、冬場には凍てついた運河がアイススケート場になると聞〜て断念(笑)。ともあれ、自転車道が風車村を通り抜けるアプローチは今旅中最高、スーパーでビールや食料を仕入れて帰り風車を眺めながら夕食。豆ポタ距離約70km。(上の絵写真はオランダ屈指の風車村キンデルダイク)

3 June 2009... Kinderdijk >>> Rotterdam >>> Delft
20日目(曇り一時小雨北東風猛烈) キンデルダイク⇒ロッテルダム⇒デルフト(B&B泊)

6月3日(水)はゆっくり朝風呂にも浸かり、連泊すべきかど〜か迷うほど怪し〜曇天下を9時15分出発。11時にはロッテルダムの中心に到着して、20日目でライン川後半とモーゼル川自転車道を走破してしもたやおまへんか。これやったらライン川はもっと上流から出発したらよかったとか、フランスにも何日か滞在しといたらよかったとか悔やんでもあとの祭り・・・市内は北風が冷たくフル装備でちょ〜どぐらい、YHを探して迷走するうち10年ぶりに高さ185mのユーロマスト(8.7ユーロ=約1150円也)へも。このタワーの楽しみはなんちゅ〜てもテッペンにあるUFOエレベータ、荷物は受付に預けましたが1時間ほったらかした自転車も無事でおました。15時、よ〜やく探し当てた居心地の悪そ〜なYHは個室もなく断念、小さいYHマークが見つけにくいうえ"stayokay"の看板では何やらわからしまへん。

中途半端な時間ながら、ロッテルダム滞在を諦めデン・ハーグに向けて北上することにして、これまた10年ぶりのデルフトは自転車で入ると意外にごっつい町でしてんな。案の定、小雨がパラついてきて軽率な判断を後悔しながら、観光案内所で教わった市内でいちばん安いB&Bを探して右往左往。尋ねて尋ねて尋ねまくってよ〜やく辿り着いた宿は・・・17時15分にチェックイン(朝食&シャワー&トイレ付き42ユーロ=約5600円也)したもんの、今から部屋を掃除するっちゅ〜ことでいっぺん追い出されて旧市街観光。大将の人を小馬鹿にした態度や、何をゆ〜てんやら皆目わからん話の内容にはうんざり・・・ほんでから、立ち寄った自転車屋でも注油(サービス)を拒否されて散々(涙)。それでも無理にデン・ハーグまで行かんと正解でっしゃろか、またまたこの町でも週末の祭りにはご縁がなかったよ〜ですけど。豆ポタ距離約45km。(上の絵写真はデルフト名物の異様に傾いた教会)

4 June 2009... Delft >>> Den Haag
21日目(小雨⇒曇り北風猛烈寒) デルフト⇒デン・ハーグ(YH相部屋泊)

6月4日(木)、昨夜からず〜っと降り続いたよ〜で朝も小雨。昨日のおっさんのトンチンカンな話がよ〜やく理解できましたが、彼らは泊まり客のある夜だけ同泊して翌朝に引き上げまんねんな。それでガレージの自転車を8時に外に出さなあかんど〜のこ〜の・・・そ〜ゆ〜システムの宿が居心地え〜わけおまへんさかい、なんでこんなしょ〜もないとこに泊まったんやろと後悔てんこ盛り。朝食も最低限でしたが、冷蔵庫のジュースだけは全部持って行くことにして、小雨がパラつく中を8時半に出発。

途中で雨宿りしながらもすぐにデン・ハーグに到着、偶然にも懐かしのYHが見つかって9時半にチェックイン(朝食&シャワー&トイレ付き相部屋27ユーロ=約3600円也)。オランダのYHはロックが厳重で、ドイツのよ〜に自転車をちょびっと中へ入れられへんのが困ったもんでおま。部屋に入れるのは14時からでっさかい、荷物を残して再び小雨の中を迷走しながら11時にマウリッツハイス美術館へ。なんか変やな? と思たらそこはハーグ史美術館(5ユーロ=約670円也)、知恵遅れの私は外装工事中の入口を間違えてましてんな(笑)。もっぺん10.5ユーロ(約1400円也)を払いよ〜やく"北のモナリザ"に再会

やれやれ、入口近くに停めといた自転車は無事でしたが、美術鑑賞中に雨はやんだもんの台風並みの冷たい北風。14時半、近くにある飾り窓をちょびっとだけチェック後、運河沿いの酒場で魚料理を仕入れてYHに戻ってみると、頼りなさそ〜なね〜やんが「今パソコン壊れてんねん・・・」部屋に入れたのは30分後でついでに洗濯(外注5ユーロ=約670円也)も依頼。ゆっくりシャワーを浴びて早めに休みましたけど、同泊者のひとりは豚風邪の可能性が高いアメリカ人でおました。豆ポタ距離約10km。(上の絵写真は北海沿岸に位置するオランダ第3都市デン・ハーグ市内の眺望)

5 June 2009... Den Haag >>> Noordwijk >>> Alkmaar
22日目(小雨⇒曇り⇒晴れ北西風猛烈寒) デン・ハーグ⇒Noordwijk⇒アルクマール(ホテル泊)

6月5日(金)、やれやれ、飛行機内にいてるよ〜な騒音が朝まで続いたやおまへんか・・・。朝食はたっぷり2食分作れたもんの、案の定外注した洗濯物が届いてへん・・・なんべんもしつこ〜に催促しまくってよ〜やく10時前、私だけチェックアウトタイムを過ぎましたが意外にみんな時間厳守でんねんな。小雨はやんだもんのどないなるか怪し〜曇天下を10時15分出発、目標もないままとりあえず北へ北へ・・・この日も北西風が冷たくパッチをはいて正解、やがて年輩者10人に合流してゆるい起伏を繰り返す峠道を北海へ。正午前に彼らと別れて3週間ぶりの空気入れ、チェンのオイル枯れが気がかりな以外は不都合なし。

13時、リゾート美町Noordwijkのスーパーでワインを買い、快晴の北海沿岸で昼メシ。その後、バルセロナからフランスやベルギーを縦断してきたスペイン人と並走。途中、北海とアムステルダム方面の内海を結ぶなんとか運河の渡舟は珍し〜ことに無料。しかし、その後も安宿は見当たらず、アルクマールで迷走後馬鹿高いホテルに19時15分にチェックイン(朝食&風呂&トイレ付き90ユーロ=約12000円也)。こ〜ゆ〜一流ホテルでさえ掃除がえ〜加減・・・今回訪れた最北の町では23時を過ぎてもまだ空がちょびっと明るおました。豆ポタ距離100km以上。(上の絵写真はアルクマールの運河風景)

6 June 2009... Alkmaar >>> (by train) >>> Amsterdam
23日目(晴れ⇒曇り北東風猛烈) アルクマールから鉄道で⇒アムステルダム(YH相部屋泊)

6月6日()は朝風呂にも浸かり弁当もてんこ盛りこしらえて10時半出発。とりあえずアイセル湖大堤防を目標に、猛烈な向かい風(北東風)に逆らいながら北へ北へ。しかし、正午前に突然「ブチン!」と切れてしもたのはチェンやなしに私の頭、台風並みの強風下に自転車を漕いでなにがおもろいねん? 再度アルクマールまで引き返し鉄道でアムステルダムへ(自転車込み13ユーロ=約1750円也)。この便で間違いないか尋ねたおっさんは親切に下車駅やエレベータまで案内、駅前の観光案内所のね〜やんもまた優しゅ〜おましたけど、YHの場所を尋ねただけやのに宿泊費と予約手数料まで回収しよりまんねんな。

今にも降り出しそ〜な曇天下をYHに向かい、16時にチェックイン(朝食&シャワー&トイレ付き相部屋37.5ユーロ=約5000円也)。10年前の"オランダ&ベルギーフランドル絵画の旅16日間"で最初に泊まった宿でしたが、4階の相部屋では入れ墨のに〜ちゃんが昼間から寝てるやおまへんか・・・。2段ベッドの上段は怖いわっちゅ〜理由で2階に移ったもんのこっちも汚い・・・晩メシとシャワーを済ませて早めに就寝。不潔で行儀の悪い連中と同泊して豚風邪以外の病気が移ったかもしれまへん。豆ポタ距離約40km。(上の絵写真はアムステルダム中央駅前の運河風景)

7 June 2009... Amsterdam >>> Hilversum >>> Hannover >>> Linzburg
24日目(曇り⇒曇り⇒時々晴れ) アムステルダムから鉄道で⇒Hilversum乗り換え⇒ハノーファー⇒リンツブルク(ガストホフ泊)

6月7日()、も〜あかん・・・とてもやないけど帰国日までこんな国によ〜おらんわ・・・18日目の茅葺き農家なんぞは例外中の例外でオランダは私に合いまへん。ベルギ−のゲントやブルージュはさらに厄介そ〜でっさかいドイツへ避難しまひょ。ところで、朝もはよから食堂を探してウロチョロしてるのはたいがい日本人(笑)。も〜ひとりは昨日アムステルダムに着いたばっかり、いきなり中央駅で怪し〜連中に取り囲まれたんやそ〜で、これから2ケ月間の自転車旅を無事に乗り切ってほし〜もんでおま。

曇天下を9時に出発して中央駅へ。切符窓口付近ではおばはんが睨んでて「ここに自転車置いたらあかん!」しょ〜もないことにこだわって要所が抜けてるのは日本とそっくり(笑)、北ドイツの玄関口ハノーファーは東へ500km弱で戻るのも楽チン? 自転車込みの交通費は76ユーロ(約10150円也)で、乗り換え1回のロスタイムも含めて約5時間は今までで最長の鉄道旅? 絶望的曇天の車窓風景は退屈で、乗り換え駅Hilversum(昼婆さんと記憶!)での30分は初めてマフラーが活躍。ほんでから、ドイツ側の国境駅Bad Bentheimでは警官が乗り込んできてパスポートのチェック。

15時20分ハノーファー着、駅前の観光案内所はすぐに見つかったもんの日曜日でお休み・・・町の小学生たちにYHの場所を尋ねてもいまひとつ曖昧でしたさかい、滞在は諦めてヴェーザー川流域のニーンブルクを目指してリスタート。途中ちょびっと迷子になった以外は順調でしたが宿が見当たらず、小町リンツブルクのガストホフに19時15分にチェックイン(朝食&シャワー&トイレ付き37ユーロ=約4950円也)。田舎にしては高過ぎまっけど、親切なに〜ちゃんがいちばん安い部屋を見せてくれて支払いは明朝。豆ポタ距離約50km。(上の絵写真は"緑の中の大都市"ハノーファーの市庁舎とマッシュ湖)

8 June 2009... Linzburg >>> Nienburg >>> Grossenheerse
25日目(曇り⇒曇り⇒晴れ南西風) リンスブルク⇒ニーンブルク⇒グロッセンヘールゼ(ペンション泊)

6月8日(月)は曇天下を9時15分出発。さいな、小村グロッセンヘールゼはニーンブルクより北やったか南やったか? もちろん全土地図には載ってまへんし、尋ねても誰も知りまへんさかい自分のえ〜加減な記憶だけが頼り。10時にニーンブルクから懐かしのヴェーザー川に出てその狭さにびっくり(笑)。やれやれ、北へ数10km無駄走りしてから再度ニーンブルクまで戻って13時、グロッセンヘールゼに近付くほどに晴れてきて久しぶりに1時間ほど半袖姿。1年ぶりのペンション"リーリンゲホフ"に16時チェックイン(朝食&風呂&トイレ付き35×2ユーロ=約9350円也)。豆ポタ距離約100km。

9 June 2009... Grossenheerse 26日目(雨⇒曇り⇒時々晴れ) 終日グロッセンヘールゼ(ペンション連泊)

6月9日(火)は雨のため連泊して終日休養。昨年とおんなじ部屋には古いオーディオが加わってましたさかい、暇潰しを兼ねても〜ちょびっとマシな音にセッティングしなおし(笑)。Braunのスピーカは私も持ってまんねんけど、日本とでは部屋の造りが違うせ〜かずいぶん印象が異なるもんでんな。この日は夕食を頼んだところ「旦那にはスパゲッティ作るけどおんなじでえ〜か?」「え〜に決まってるやおまへんか!」女将はこれまでにもいろんな料理を出してくれましたが全部美味。今宵は他にも自転車旅のドイツ人夫婦が宿泊、夜中には激し〜夕立がおました。(上の絵写真はヴェーザー川畔の美町ニーンブルク)

10 June 2009... Grossenheerse >>> Minden >>> Bad Oeyenhausen >>> Melle
27日目(曇り⇒曇り時々晴れ南西風猛烈) グロッセンヘールゼ⇒ミンデン⇒Bad Oeyenhausen⇒Melle(ガストホフ泊)

6月10日(水)の朝はも〜1泊するかど〜か迷いに迷〜た挙句、ちょびっとでもぎょ〜さん走っとこ〜と絶望的曇天下を10時前に出発。女将にオイルを借りて今旅初めての注油後熱い抱擁でお別れ。うわ・・・皮肉なことに南西からの猛烈な向かい風やおまへんか、11時半にミンデンに着いてからは進路を西に修正。ここらへんはヴェーザー川が大曲がりする場所で、前旅では往復とも右岸ばっかり通りましたさかい、今度はBad Oeyenhausenから貧弱なWerre川自転車道へ。そんでも14時15分にはアムステルダムまで戻れる鉄道に合流してひと安心。

17時前、鉄道からはぐれて右往左往するうちアウトバーンに迷い込んでしもたやおまへんか! 間抜けにもほどが・・・幸い右側3mの車線は完全に空いてましたさかい次の出口まで一目散、やれやれ・・・なんべんもクラクション鳴らされたけど生きて出られた・・・と思たら出口でパトカーに御用。知りまへなんだ、すんまへんすんまへんの平謝りでなんとかお咎めなし。ほんでから、偶然立ち寄った小町MelleでもYHを見つけたのにど〜ゆ〜わけか満室、観光案内所も閉まってましたさかいどまん中のガストホフに17時45分チェックイン(朝食&シャワー&トイレ付き40×2ユーロ=約10700円也)。豆ポタ距離約75km。

11 June 2009... Melle 28日目(終日降ったりやんだり) 終日Melle(ガストホフ連泊)

6月11日()は雨のため連泊して終日休養。朝食はキッチリ1食分しかおまへなんだけど、アレコレ迷てんと田舎町のどまん中に泊まったのは正解。3階の窓からは市庁舎やマルクト広場の様子がわかり、肌寒い日の人々の服装は日本の春先ぐらいの感じでっしゃろか。ちょびっとだけ晴れた17時頃から鉄道駅の下調べも兼ねてお散歩、スーパーで今旅初めて酢キャベツを買〜てきましたが、ソーセージと一緒に食い過ぎて下痢になってしもたやおまへんか(笑)。なお、たみさんからの情報ではドイツ祝日とのことでしたがこの町は例外?(上の絵写真は雨で連泊することになった田舎町Melle)

12 June 2009... Melle >>> Osnabruck
29日目(曇り時々晴れ) Melle⇒オスナブルック(ホテル泊)

6月12日(金)には下痢もなおり曇天下を9時出発。もし方向が逆やったらたいへんな大峠越えを強〜られるとこでしたけど、起伏を繰り返す侘びし〜道は日本の中規模峠程度でしたさかいラッピ〜、長い下りを終えてからも尋ね尋ねけっこ〜ごっつい町オスナブルックへ。小雨がパラついてきた11時半、まずは中央駅に到着してオランダのスキポール空港まで行けることを確認。明朝が雨の場合を考えると、早めに駅近くのホテルに泊まりたいもんの花金の本日はいずれも満杯・・・よ〜やく探し当てた観光案内所で教わったYHは遠すぎて断念。

念のため隣のホテルでも尋ねてみたら一番悪い部屋が空いてるとのこと、案内してくれたね〜やんに「え〜よこれで・・・なっなっ75ユーロ! もっとまけて〜な!」泊まれるだけでも有難いのに彼女は15ユーロもまけてくれたやおまへんか。13時半にチェックイン(朝食&シャワー&トイレ付き60ユーロ=約8000円也)、再度観光を兼ねて中央駅で切符(自転車込み58.5ユーロ=約7800円也)を購入。今にも降り出しそ〜な帰り道は迷子になって焦りましたけど、観光最終日の本日は天候不安に加えミスが許されまへんさかい疲労困憊(笑)。豆ポタ距離約40km。(上の絵写真はオスナブルックのマルクト広場)

13 June 2009... Osnabruck >>> (by train) >>> Amsterdam Airport >>> De Hoek
30日目(曇り時々晴れ⇒晴れ) オスナブルック駅から鉄道で⇒オランダ国境⇒スキポール空港駅⇒デ・ホーク(予約ホテル泊)

6月13日()は9時前にホテルを出て中央駅へ。入ってきた列車には自転車マークがなく専用車両を探しててんてこ舞い・・・私だけやったらともかくドイツ人までがおんなじザマでっさかい参りまんな(笑)。定刻9時53分発3時間強の旅は皮肉にもこ〜ゆ〜時に限って好天、食堂車までビールを仕入れに行ったりしながら過ごしましたが、帰路の国境駅Bad Bentheimではパスポートチェックはおまへなんだ。平坦な田園地帯や林を抜けていつのまにやらオランダへ、定刻13時10分に到着後はスキポール空港内のチェックインカウンタ周辺を偵察。

フランクフルトの第2ターミナルとは違い、空港を出てすぐに自転車道に入れたもんのホテルの場所がわからず迷走。旅行代理店HISには行きも帰りも泣かされましたけど、予約せんと自分で見つけたほ〜がず〜っと時間と費用が節約できたやおまへんか。デ・ホークの町そこらぢゅ〜で尋ねてもわかれへんのはホテルの名前まで間違〜てましてんな・・・よ〜やく16時15分にチェックイン(朝食&風呂&トイレ付き13600円也)後は、インターネットで場所を調べてくれた親切な美人母娘の店を再訪してワイン(8ユーロ=約1070円也)購入。豆ポタ距離約25km。(上の絵写真は空港に近いデホークの街角)

14~15 June 2009... De Hoek >>> Amsterdam Airport >>> Osaka Airport
31~32日目(小雨⇒晴れ) デ・ホーク⇒アムステルダム空港⇒(機内泊)⇒大阪(関空)

6月14日()~15日(月)、小雨の帰国日は11時にホテルのシャトルバスでアムステルダム・スキポール空港へ、苦労して自転車を載せてくれた運転手のおっさんにはチップ2ユーロをお礼。空港内の邪魔にならん場所で約30分かけて自転車を輪行袋に収納後、大荷物をカート(無料)に載せてまずはクイックチェック。これはうまいこと世話係のね〜やんに頼むのがコツで、巨乳巨尻の黒人のね〜やんは手際よ〜いちばん後の席を選んでくれたやおまへんか。小雨の中を自走せんかったのも正解でここまでひじょ〜にスムーズ・・・

次はチェックイン、最初に並んだ列では先に自転車を大荷物に預けて来いといわれて??? おばはんふたりが相談してそないゆ〜もんやから、何でも我流のオランダではそ〜かいなと納得。その後、別の空いてる列に並びなおしたら、要領の悪いおばはんに散々待たされて「ほんでお前の自転車はどこやねん?」ほんでまた大荷物係の大男(気のえ〜に〜ちゃん)に頼んで階下から持って来てもろて、またまた長いこと並ばされた挙句「24kgやから200ユーロ(約26700円也)!」「なんでやねん? 4kgぐらいまけてんか!」「あかん! マイルールやねん!」

この程度で引き下がったら大阪人とちゃいまっさかい別の列に並びなおし(笑)。仕事の早いラテンなね〜やんやったら大丈夫やと思たのに、彼女は自転車運搬の手続きを知らず主任のおばはんを呼んで「自転車はダンボール箱に入れなあかん!」「今から飛行機に乗んねんさかい堪忍して〜な・・・」ふたりに折鶴を渡してなだめてすかしてよ〜やくOK、幸い今度は重量については問題にならんまま再度大荷物へ、やれやれと安堵したのも束の間料金支払い窓口でもまたおんなじ問答。

しもた・・・さっきのね〜やんは支払い用紙にメモしてやがった・・・大荷物係の大男は「もっぺん自転車持って来たるさかい重さを減らし!」とまでゆ〜てくれるもんの、機内手荷物を増やしたら増やしたでまた別の問題が生じるし・・・自転車を捨てて帰ったら元オーナーのたんさんが怒るやろし(笑)・・・往生際の悪い私はもっぺん主任のおばはんに談判「25kg以上のスーツケースをなんぼでも通してるやないか!」「自転車は特別扱いやねん!」「頼むさかい100ユーロにまけてんか!」「ほな自転車積んだれへん!」「どアホが・・・お前のよ〜なデブから罰金取りやがれ(日本語)!」

ほんまに融通のきかんKLMめが・・・自分に優しゅ〜て他人に厳し〜オランダ人気質が日本人に似て頭に来まんのやろか(笑)? うわっ、も〜こんな時間かいな・・・空港内をうろつくヒマもないまま手荷物&身体検査を済ませて出発ゲートへ。これやったら、30kgまで片道150ユーロ(約20000円也)のルフトハンザ航空のほ〜がマシでんがな。そんでも機内では1席空いた最後尾でくつろげたし、美人スッチャデスのね〜やんも折鶴を喜んで度々話に来てくれたし・・・16時に離陸した直行便は翌日の9時35分に関西空港に到着、毎度これさえなかったらと思う関空からの地獄の輪行に耐えながら15日正午に帰宅。

PostScript... 帰国後は豚風邪を警戒して1週間は自主隔離しましてんけど、CNNニュースは電車内で全員マスク姿の日本人を笑てたやおまへんか。さて今旅のハイライト、ローレライ前後数10kmの世界遺産ライン渓谷はもちろん楽しおましたが、モーゼル川自転車道を走破してフランスのメッスまで辿り着けたことも大収穫。しかし、4回目ともなると単に自転車道を走るだけでは物足りず、もっと雄大で感動的な風景やさらに意外性のある交流を期待しながら、ちょびっとでも天候が怪しゅ〜なると早めに退散して無難に切り抜け、引き分け狙いのサッカーか送りバント野球のよ〜に退屈な旅になってしまいました。これではとてもドナウ川流域の後半を走り切って黒海まで行かれしまへん。ほんでから、今回1ユーロは133.5円で換算してまっさかい念のため。

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