AnPonmanの 風まかせドイツちゃりんこ旅30日間 (2010年8月23日~9月21日)

23~24 August 2010... Osaka Airport >>> Istanbul Airport >>> Hamburg Airport >>> Hamburg
1~2日目(晴れ⇒晴れ⇒曇り) 関空発⇒イスタンブール乗継ぎ⇒ハンブルク空港着⇒ハンブルク駅

8月23日(月)~24日(火)、両手にパニアバッグを抱えて南海天下茶屋駅まで約1km歩いただけでも〜汗だく、8月下旬の大阪は18時半でも薄暗おまんねんな。19時半関空着、前日に持ち込んだ自転車(保管料2000円也)と共にトルコ航空カウンタでチェックイン、パニアバッグ1個を加えた輪行袋の重量は約25kgでしたが、同航空の自転車輸送費は重量に関係なく90ユーロ(約10160円也)。当時のユーロのレートは112.9円也、22時40分に離陸した機内ではシュツットガルトに住む日本人女性や、日本語ペラペラの巨乳巨尻英国人女性とも友達になれました。

約3時間待ちのイスタンブールで乗り継いで翌日10時半にハンブルク到着、この空港ではスーツケースとおんなじ場所で大荷物も引き取れまんねんけど、輪行袋が完全に開いて自転車がムキ出しになってしもてるやおまへんか! 紛失物がなかったのは奇跡的、ほんで後部荷台の側面が極端にネジ曲がってしもてましたが、足で蹴飛ばすうちにパニアバッグが脱着でけるよ〜になってひと安心。汗だくで自転車をセッティングしてる間に11時45分、荷物受け取り所を出たらEve嬢が迎えに来てくれてるやおまへんか! その後はSバーンで都心まで行き彼女の事務所兼住居へ。

25~26 August 2010... Hamburg
3~4日目(連日曇り時々雨/強寒風) ハンブルク

8月25日(水)~26日(木)も連日Eve嬢の案内で市内観光。北欧の入り口ともいわれるハンブルクはドイツの第2都市ですけど、エルベ河口からざっと80kmも遡った場所がドイツ最大の港町やと教わっても信じられしまへんな。それもヨーロッパで1~2の荷揚げ量を誇ってんのやそ〜でおま。旧エルベトンネル徒歩往復と両岸からの眺望 ⇒ 聖ミヒャエル教会塔82mからの市内展望 ⇒ 17世紀の建築物が残存する旧商工組合福祉住宅 ⇒ 19世紀の雰囲気が味わえる赤煉瓦の倉庫街 ⇒ ほんでから飾り窓のある歓楽街レーパーバーン等々・・・一昨年は右往左往しただけでなんにも観てまへなんだ(笑)。

ウェストポーチを紛失したり宿探しが深夜に及んだり・・・前回のハンブルクは散々でしたが、今回はのべ3日彼女と過ごせたことで随分印象が変わりました。大都市をいきなりひとりで訪れてもなんにもわかれへんわとつくづく思いまんな、全部"地球の歩き方"に載ってるもんの現地在住者に案内してもらうのはまた格別。ほんでから、曇り時々雨で寒風が吹き荒れるのがハンブルクの典型的な8月下旬なんやそ〜で、なんとエルべ川には超豪華客船"QueenMary2"も停泊。漕いだ距離約4km也、彼女の26インチファニーバイクと並走する機会がなかったのは残念。(上の絵写真は欧州最大級の貿易都市ハンブルク)

27~29 August 2010... Hamburg >>> Horneburg
5~7日目(連日曇り時々雨) ハンブルク中央駅⇒ホーネブルク駅(ペンション3連泊)

8月27日(金)~29日()、Eve嬢のバンド演奏を聴くためにシュターデ近郊の田舎町ホーネブルクへ鉄道で移動(自転車込み6ユーロ=約680円也)。駅舎がなく、ホームからインビス(トルコ系ファストフード店)まで行く間に濡れてしもたやおまへんか。小雨になるまでそこで飲食して、大将に教わったペンションに15時半にチェックイン(朝食及びシャワートイレ付き40ユーロ×3=約13560円也)。応対してくれたのは小柄で明るい若女将、広い部屋が3つもあって贅沢過ぎまっけど、小さな町でっさかい他に宿はなさそ〜やし、お祭りの会場にも近いしっちゅ〜わけで泣き泣き連泊することに。

静かで清潔な小町の週末は、晴れたり曇ったり降ったり止んだりの天候。ドイツではほぼ毎週末、どっかの市町村で中世マーケットが開催されてるそ〜ですけど、私が実際にイベントを見学でけたんは今回が初めてでんねん。あっちゃこっちゃのテントで民族衣装の人々が中世の生活様式を再現、糸を紡いだり革をなめしたり紙を作って製本してみせたり、イノシシ(野ブタ?)を丸焼きにしたり・・・。その間にも神父さんのお説教、町長の長い長い退屈な挨拶、チビッコたちの稽古不足のお遊戯・・・ほんでいきなり騎馬隊や駅馬車が乱入してきたやおまへんか!

中世マーケットは市町村が費用を支払〜て招聘してまんのやろか? 雨が降り出すとしばらく中断・・・ドイツ人の忍耐力と段取りの悪さは呆れるほどで、彼女たちの歌や演奏をなかなか聴かれしまへん。バンド編成は5人(大太鼓の女性も隠れてま)、時々トルコのおばはん2人組が不気味な踊りで割り込んだり・・・別の怪しげな女性2人組はジプシー? おりょりょ、エルベ河口近くの小町フレイブルクからも、C嬢とA嬢がわざわざ私に会いに来てくれて花が両手に余る至福のひととき。合間には隣村まで豆ポタに出かけたりもして、漕いだ距離約15km也。(上の絵写真は中世マーケットのワンシーン)

30 August 2010... Horneburg >>> Hamburg >>> Lubeck
8日目(曇り時々雨/寒い!) ホーネブルク駅⇒ハンブルク経由⇒リューベック駅(YMCAホテル泊)

8月30日(月)、連日の朝の雨には落ち込みまんな・・・彼女たちと別れて心にポッカリ穴があいてしもてますけど、残り3週間ひとりで自転車旅を続けるしかおまへん。ところで、さらにエルベ河口の北海に近い古都シュターデは、約700年前にはハンブルクを凌ぐスケールの港町やったんやそ〜でおま。"地球の歩き方"によると、ここらへんからバルト海のリューベックを経由してハノーファーまで南下する道のりがエリカ街道。チェコのプラハまで行くつもりでエルベ流域の資料を持参したもんの、ど〜せやったら一昨年とは異なるコースを走りたなってきたやおまへんか・・・

9時半発、無人駅にはちょ〜ど電車が来てハンブルクまで煙管(故意やおまへん!)、乗り換えて正午前にバルト海の女王リューベック着(自転車込み15.6ユーロ=約1765円也)。駅から東に進みトラヴェ川を渡るとシンボルのホルステン門、13~14世紀にハンザ同盟の中心として栄えた古都でYHを探すうちにまた雨、1時間以上門の下で雨宿りしてから旧市街南端のYMCAホテルに14時45分にチェックイン(朝食及びシャワートイレ付き39ユーロ=約4410円也)。その後も自転車で世界遺産の旧市街を散策、漕いだ距離約5km也。(上の絵写真はリューベックのシンボルのホルステン門)

31 August 2010... Lubeck >>> Ratzeburg >>> Molln
9日目(日本晴!⇒晴れ/北西風) リューベック⇒ラッツェブルク⇒メルン(YH個室泊)

8月31日(火)、今旅初めての好天下を9時半発。おりょ? 私が探した限りではエリカ街道のガイドマップは見当たりまへなんだ。塩の産地リューネブルクから、リューベックを経てロシアや北欧へ輸出されたルートが昔の塩の道、同時にそこはエルベ川とバルト海を結ぶ運河沿いでもおまんねんな。ほんでから、道端に咲いてるもんやと思てたエリカの花は、リューネブルク以南の自然保護原野リューネブルガーハイデでしか見られしまへん。書店で後者の自転車道マップを入手(12.4ユーロ=約1400円也)、偶然見つけたエルベ川自転車道No.1も荷物になるもんの購入(12.9ユーロ=約1460円也)。

おりょ、途中で数人乗り円形自転車2台に遭遇! まるで広大な森林地帯を走ってる感覚はそれもそのはず、ここらへん一帯はラウエンブルク湖沼自然公園でしてんな。11時45分に湖に浮かぶ美町ラッツェブルクに到着、湖畔を周回してからマルクト広場でお弁当。午後からは雲が増えてきましたけど、14時半には悪戯者オイレンシュピーゲルゆかりの町メルンに到着して16時にYH個室にチェックイン(朝食付きシャワートイレ共同24.5ユーロ=約2770円也)。旧市街観光後はYHに戻り小学生らのサッカーにもちょびっと参加。漕いだ距離約45km也。(上の絵写真は湖沼自然公園内にある保養地メルン)

1 September 2010... Molln >>> Lauenburg
10日目(曇り⇒雨/北西風) メルン⇒ラウエンブルク(YH個室泊)

9月1日(水)、北ドイツの夜明けは5時半頃で日暮れは20時半頃。朝食時、昨夕サッカーをやった小学生が挨拶に来よりまっさかい可愛〜もんでんな、連中のおやつまで横取りしながら一生懸命弁当作り(笑)。曇天下を8時45分発、服装はTシャツにレーパンと薄手のレッグウォーマ、その上にウィンドブレーカとトレパンを重ねてちょ〜どぐらい。ところで、塩の道のガイドマップは持ってまへんけど、私が走ったのは主として国道207号沿いの自転車道で起伏は緩やか。途中からはエルベ&リューベック運河に出会い、そのほとりの未舗装路をエルベ川畔の美町ラウエンブルクまで。

一昨年に長い橋を左岸に渡った記憶はおまんねんけど、右岸のこの町を訪れるのは初めてでっしゃろか? 丘上の観光案内所でYHの場所を教わり、13時15分にチェックイン(朝食及びシャワートイレ付き個室40ユーロ=約4520円也)。なんや安ホテル並の値段ですけど、立派な施設の1階ではケーキやジュースの飲食も自由、連日快眠快便で好調ながらちょびっと飲み過ぎ食い過ぎか(笑)。その後、対岸でも1杯やりながら美町を眺めてたら小雨が降り出し慌てて退散、YHに戻ってからは洗濯なんぞしながらゆっくりと休養。漕いだ距離約40km也。(上の絵写真はエルベ川畔の美町ラウエンブルク)

2 September 2010... Lauenburg >>> Luneburg >>> Amelinghausen
11日目(曇り時々小雨⇒晴れ) ラウエンブルク⇒リューネブルク⇒アメリングハウゼン(ペンション泊)

9月2日(木)、バスタオル付きのシャワールームでは腰湯がでけて朝食も豪華、普段よりも頑張って弁当は3食も準備(笑)。エルベ川を遊覧船でハンブルクに戻る選択肢もおましてんけど、迷た挙句絶望的曇天下を自転車で南下することにして9時45分発。国道209号沿いの自転車道の周囲は森林及び田園風景、リューネブルクに着いた11時15分には薄日も。おりょ、観光案内所に立ち寄った頃からまた小雨、ほんで苦労して探し当てたYHは満員御礼・・・。広場で市庁舎の正午の鐘を聞きながらお弁当、観光スポットのイルメナウ川畔でも1杯やって、塩の産地として千年も栄えた古都とは15時前にお別れ。

大原野リューネブルガーハイデを迷走するうちに、17時15分よ〜やくエリカの花が群開する場所のひとつに遭遇。9月に入ってちょびっと弱りかけてましたけど、そんでも赤紫色の絨毯を敷き詰めた風景に出逢えてラッピ〜。途中の湖畔のレストランでも1杯、18時には小町アメリングハウゼン到着、親切な観光案内所で教わった農家のペンションに18時半チェックイン。田舎町とゆ〜てもエリカ街道の観光要所のよ〜で、朝食付きの37ユーロ(約4180円也)は高過ぎまっけど風呂付きっちゅ〜のが値千金! 漕いだ距離約60km也。(上の絵写真は可憐なエリカの花が群開するリューネブルガーハイデ)

3 September 2010... Amelinghausen >>> Uelzen >>> Bergen >>> Celle
12日目(晴れ時々曇り) アメリングハウゼン⇒ウェルツェン⇒ベルゲン⇒ツェレ(ホテルガルニ泊)

9月3日(金)、ここ数日はハンブルクよりは暖かい天候、長距離ストにはめったに出会いまへん。エリカ街道の起伏は比較的緩やかですけど、自転車を漕ぐ距離が50kmを越えると肩腰膝の古傷がうずきまんねんな(汗)。また、前旅の東欧に比べると(当然ながら)宿賃が高過ぎまっけど、各々なんらかのメリットもあって今んとこそれほど不満はおまへん。もっぺん朝風呂も楽しんでから9時半発、209号沿いの自転車道を走り11時半にウェルツェンで1杯、3号線に入り13時半には小町ベルゲンでお弁当。道中は数km毎に町や村が現れて、土色が目立つ田園風景は小麦が刈り取られてトーモロコシのみ。

15時15分、カラフルな木組みの家が並ぶ北ドイツの真珠ツェレに到着、観光案内所で教わったYHには個室がおまへんで往復約6kmの無駄骨。"地球の歩き方"から旧市街の安宿?を探し、訪ねたホテルガルニの巨乳巨尻のね〜やんとはスーパートンチンカン、粘って5ユーロまけさせて16時過ぎにチェックイン(朝食及びシャワートイレ付き55ユーロ=約6215円也)。その後も自転車で旧市街を巡り、教会塔にも登ってエリカ街道のハイライトを堪能(1ユーロ=約113円也)、塔頂ではおっさんがトランペットを演奏してくれました。漕いだ距離約90km也。(上の絵写真はカラフルな木組みの家が並ぶツェレ旧市街)

4 September 2010... Celle >>> Burgdorf >>> Hannover
13日目(晴れ一時雨⇒晴れ) ツェレ⇒ブルクドルフ⇒ハノーファー(ホテル泊)

9月4日()は9時15分発、危うくパスポートを忘れるとこでしたが、昨日に続いて秋の好天。今朝も教会塔からのトランペット演奏が素敵! お城でも何かイベントがありそ〜な週末の美町に別れを告げて3号線へ、おりょりょ・・・いつのまにやらアウトバーンに入ってしもて冷汗の約10km! なんとか自転車道に戻れましたけど、途中のブルクドルフも小規模ながら木組みの家が並ぶ美町。ほんでそこらへんから10km前後迷走、行く手の通り雨に気付いて農家の卵屋?で休息の1杯。その後の進路はグチョ濡れでしたさかい我ながら好判断、最後は初老夫婦に案内してもらいながらハノーファー市内へ。

再度の小雨を手前の駅で回避しながらお弁当、電車が来たついでに煙管して中央駅に14時15分着。昨年は素通りしてもた北ドイツの玄関口は、18世紀に英国王も兼ねたハノーファー王家ゆかりの都市。観光を兼ねて19時まで宿探し、結局中央駅裏のホテルにチェックイン(朝食及びシャワートイレ付き65ユーロ=約7345円也)。今日は何のお祭りでっしゃろ? 10数人乗りの酒樽自転車2台にも遭遇、てんこ盛りの人々を載せた大型トレーラ10台前後が大音響で市中をパレード、ヘレンハウゼン庭園内の王宮でもイベントがおましてんけど22時には退散。漕いだ距離約85km也。(上の絵写真はハノーファーの市庁舎)

5 September 2010... Hannover >>> Gottingen >>> Kassel
14日目(曇り⇒晴れ⇒日本晴!) ハノーファー駅⇒ゲッティンゲン経由⇒カッセル駅(YH泊)

9月5日()は曇天下を10時15分発、ほんでYHの会員証はどこやねん? エリカ街道以降どないするかは白紙状態・・・一昨年には素通りしてもた中央ドイツのカッセルへでも行きまひょか(自転車込み34ユーロ=約3840円也)。11時半までの待ち時間には中央駅前広場で警察音楽隊の演奏を鑑賞、装甲車などを見学でけたりクマの縫いぐるみの警官がいてたり・・・市民との交流イベントでっか? 定刻発、わかりやすい時間表に快適な車両、朝から好物のソフトクリームを食べてしもて腹は不快(笑)。車窓風景は森林や田園に数100mの山々が加わり、途中乗り換えたゲッティンゲンではひと回りする余裕もおまへなんだ。

14時15分カッセル着、午後からどんどん天候が回復して日本晴れ! "地球の歩き方"でヴィルヘルムスヘーエ公園の水の芸術(水・日曜のみ)を知り、遅刻しながらも汗だくで坂道を押し上げたら日本人男性N氏と遭遇。幸いにもちょびっと遅れたフィナーレの大噴水も堪能でけてビールで乾杯! 迷走後探し当てたYHに19時頃チェックイン(朝食付きシャワートイレ共同21ユーロ=約2375円也)。親切なに〜やんはラウエンブルクのYHに会員証を忘れたことを確認してくれたやおまへんか。漕いだ距離約15km也。(上の絵写真はカッセルにあるヴィルヘルムスヘーエ公園での水の芸術)

6 September 2010... Kassel >>> Guxhagen >>> Kassel >>> Hann Munden
15日目(ほぼ日本晴!) カッセル駅⇒グックスハーゲン駅⇒カッセル駅⇒ハンミュンデン(ガストハウス泊)

9月6日(月)、昨夜は4人部屋にひとりで泊まれてスーパーラッピー! 国際交流は好きでも寝るときぐらいは完全に気を抜きたいやおまへんか。11日目の朝、おばはんと談笑して受け取り忘れた会員証、あと何べんYHを利用するやろかと悩んだ挙句郵送してもらうことに。2~3日ここらへんで過ごさなあきまへんさかい、カッセルに連泊せんとヴェーザー川の始点ハンミュンデンも再訪してみまひょ。好天下を9時発、まずは中央駅から鉄道で近郊のグックスハーゲンを往復(4.6ユーロ×2=約1040円也)して、一昨年お世話になった英国で働く友人夫婦のログハウスにおみやげと置き手紙

正午からは北東の向かい風と戦いながらハンミュンデンまで自走、おんなじよ〜にフルダ川自転車道を探してたおばはんと一緒に走って14時半到着。マンハイムからバルト海沿岸の郷里を目指す彼女は、パリまでは鉄道にすべきで自転車はやめるよ〜にとアドバイス。一昨年には往復とも宿泊なしのハンミュンデンメルヘン街道のハイライト、今回は満室のホテルで紹介してくれたガストハウスに16時半チェックイン(朝食及びシャワートイレ付き70ユーロ=約7910円也)。風呂付きは100ユーロ以上やそ〜で断念・・・漕いだ距離約35km也。(上の絵写真はハンミュンデン旧市街の木組みの家並み)

7 September 2010... Hann Munden >>> Kassel
16日目(薄曇り⇒曇り⇒小雨) ハンミュンデン駅⇒カッセル駅(YH個室泊)

9月7日(火)、宿はこれまでで最高級ながら、80ユーロを70ユーロに値切ったにしても贅沢過ぎまんがな・・・。ほんで体のあっちゃこっちゃをダニに食われてるやおまへんか。正午にもっぺん市庁舎前で鉄ヒゲ博士の仕掛け時計を観ながら1杯、13時15分に鉄道でカッセル中央駅まで戻った頃には小雨がパラパラ(6.2ユーロ=約700円也)。ホッ・・・再訪したYHには会員証が届いており、14時前に個室にチェックイン(朝食及びシャワートイレ付き31ユーロ=約3500円也)。ここには洗濯設備がなく、小雨の中をコインランドリ(ドイツでは初体験!)まで2往復してみんなに助けてもらいながら洗濯。漕いだ距離約5km也。

8 September 2010... Kassel >>> Frankfurt >>> Nurnberg >>> Landshut
17日目(曇り時々雨) カッセル駅⇒フランクフルト~ニュルンベルク経由⇒ランツフート駅(ホテルガルニ泊)

9月8日(水)は曇天下を9時15分発、やっぱり業務用洗濯機は汚れ落ちがちゃいまんな! 手(足)洗いでなんぼ頑張っても日毎に臭なりまっさかい(笑)。カッセルはフルダ川から王宮にかけて坂の町、待ち時間にはもっぺん河川公園展望台へ。中央駅でドナウ川最後の町パッサウまでの切符を購入したもんの、なんと乗り換え3回11時間以上の強行軍で到着は21時40分やおまへんか(自転車込み85ユーロ=約9605円也)。12時35分にフランクフルト着、待ち時間には旧市街と懐かしのマイン川を豆ポタ。乗り換え後1時間ぐらいで鉄道はマイン川と並走、両側に山が迫る風景は一昨年に走った場所(かど〜かは曖昧)?

さらにニュルンベルクでも乗り換えた列車は、これから訪れるつもりのバンベルクやレーゲンスブルクにも停車、ここらへんからは徐々に山地が遠ざかってなだらかな丘陵風景に変化。19時半、曇天のせ〜でも〜薄暗い・・・残りの区間(約15ユーロ)を捨てることにして乗り換え駅のランツフートで下車、駅前の不良たちに教わった最寄りのホテルガルニに19時45分チェックイン(朝食なしシャワートイレ共同25ユーロ=約2825円也)。ホッ・・・雨はその後本降りになりましたさかい本日の大移動は正解? 漕いだ距離約5km也。(上の絵写真はパステルトーンの北欧風家並みが続くランツフート旧市街)

9 September 2010... Landshut >>> Munchen
18日目(曇り時々小雨⇒曇り時々晴れ) ランツフート駅⇒ミュンヘン駅(ホステル個室泊)

9月9日(木)は9時15分発、せっかく1泊しましてんさかい曇天下をランツフート旧市街観光。おりょりょ? なんで南ドイツに北欧風の建物がこないぎょ〜さん並んでまんねん? しかも綺麗なパステルトーンの家並み・・・。残念ながら、すぐに小雨が降り始め駅まで退散してミュンヘンへ行くことに。しもた・・・一昨年ハンガリーでお世話になった医師と看護婦姉妹に連絡しといたらよかった・・・なんで名刺の1枚持って来れんかってん(涙)。10時半発で11時15分中央駅着(自転車込み18ユーロ=約2035円也)、駅でアドレスを交換した自転車野郎が「スイスへ来たら泊めたんで!」とゆ〜てくれました。

観光案内所で教わった駅前のホステルに正午前チェックイン(朝食なしシャワートイレ付き個室60ユーロ=約6780円也)。入室でける15時までは中心街を観光、荷物を部屋に残してからは北にあるオリンピック記念公園へ迷走、高さドイツNo.1(290m)の記念塔にも登って市内外を展望(4.5ユーロ=約510円也)。残念ながら、南方のアルプス(最高3500m)は雲に隠れてほとんど見えまへなんだ。その後も快適な自転車道をニンフェンブルク城まで。夜はホステルのバーで器用で聡明な黒人のね〜やん相手に折鶴教室。漕いだ距離約10km也。(上の絵写真はミュンヘンのシンボルのフラウエン教会)

10 September 2010... Munchen >>> Landshut >>> Passau
19日目(晴れ) ミュンヘン駅⇒ランツフート経由⇒パッサウ駅(ホテル泊)

9月10日(金)、一昨年は素通りしてもた国境の町パッサウでも再訪してみまひょ。好天下を9時15分発、もっぺんランツフートの旧市街にも寄り道(自転車込み18ユーロ=約2035円也)、正午過ぎからパッサウへ向けてリスタート(自転車込み25ユーロ=約2825円也)。車窓の田園風景には、徐々にボヘミア山地が迫りドナウ川と並走しながら13時40分パッサウ着。駅前で1杯やってから3川の合流点あたりで宿探し、15時にホテルにチェックイン(朝食及びシャワートイレ付き33ユーロ=約3730円也)。花金に4階の部屋から絵写真の小要塞を眺めることができ、ここまで来てよ〜やく割安感のあるホテルに出会えた思い・・・

民族叙情詩"ニーベルンゲンの歌"にも大司教座として登場するパッサウ。絵写真の右下湾曲部がチェコから流れるイルツ川、中央やや右寄りがドナウ川、左側で水色が異なるのはスイスアルプスからオ−ストリアを経て流れてきたイン川、南北を山丘に隔てられ3川が合流するこの地は古来から天然の要塞でもおましたやろ。ほんでここからウィーンやブダペストに向かう豪華客船が出発、ひょっとすると黒海まで至れる便もあんのかもしれず夢が膨らみまんな。好天下を半袖短パンで、町中を徘徊して山頂のオーバーハウス城塞へも。漕いだ距離約20km也。(上の絵写真は3川が合流する国境の町パッサウの展望)

11 September 2010... Passau >>> Plattling >>> Regensburg >>> Nurnberg
20日目(濃霧⇒ほぼ日本晴!) パッサウ駅⇒プラットリング駅⇒レーゲンスブルク駅⇒ニュルンベルク駅(ホテル泊)

9月11日()、今朝は対岸どころか川面さえ見えへんほどの濃霧やおまへんか! 出発前にも軽い自転車で旧市街をウロチョロしてから10時45分チェックアウト。当然レーゲンスブルクまでのドナウ船旅を考えたもんの、尋ねた乗り場ではウィーンまで隔日周航してるだけやといわれて断念。12時25分発の鉄道でレーゲンスブルクへ(自転車込み25.5ユーロ=約2880円也)、おりょりょ・・・ホームが変更になって地獄の階段をもっぺん上り下り(大汗)。ほんでから、乗り換えのプラットリング駅ではお祭り騒ぎやおまへんか・・・幸運にも当日限りの鉄道150周年祭に遭遇してみんなとビールで乾杯!

乗り換えた列車は牧歌的風景を北上して15時前にレーゲンスブルク着。中央駅の観光案内所でYHを教わったもんの個室がないっちゅ〜ので断念、旧市街に戻り冷やかしてみたホテルは全部100ユーロが相場・・・古都には見切りをつけ17時20分リスタート(自転車込み28.5ユーロ=約3220円也)。車内購入は割高なうえ不運にも20台前後の自転車族と大戦争、ニュルンベルクに着いた頃にはも〜18時半・・・観光案内所を探して散々迷走した末19時15分に駅近くのホテルにチェックイン(朝食及びシャワートイレ付き64ユーロ=約7230円也)。漕いだ距離約10km也。(上の絵写真はニュルンベルク旧市街の眺望)

12 September 2010... Nurnberg >>> Erlangen >>> Bamberg
21日目(日本晴!⇒晴れ⇒薄曇り) ニュルンベルク⇒エアランゲン⇒バンベルク(ホテルガルニ泊)

9月12日()、昨日ニュルンベルクで観光案内所を探し当てた頃にはすでに閉鎖、古城街道のガイドマップを買いたいのに今日は本屋も休みやおまへんか。"地球の歩き方"の古城街道の頁を忘れてきて、唯一の手がかりはホテルでくれたお粗末な地図のコピーのみ(汗)。好天の週末をこれ以上台無しにはでけしまへんさかい、バイエルン州の第2都市ではせめて神聖ローマ皇帝の城カイザーブルクに立ち寄りまひょ。全長約5kmの城壁に囲まれた旧市街は、南北の丘陵地帯の谷間をペグニッツ川が流れるひじょ〜にわかりやすいデザイン。ところがでんな・・・なんと朝から自転車レースやおまへんか!

市内の交通規制は予想以上に厳しゅ〜て残念ながら観光は断念、半袖短パンで世界遺産の古都バンベルクまで走ることに。やがて大きな森を抜けて途中の小町や村のお祭りにも遭遇しながら、エアランゲンからはマイン&ドナウ運河沿いに北上、最後は中年夫婦の案内で17時前にバンベルク着。宿を探して右往左往する間に古城街道のガイドマップも購入(7.5ユーロ=約850円也)。18時半に旧市街中心のホテルガルニにチェックイン(朝食及びシャワートイレ付き55ユーロ=約6215円也)。その後も軽い自転車で旧市街を徘徊・・・漕いだ距離約80km也。(上の絵写真はバンベルクのレグニッツ川畔の小ヴェネチア)

13 September 2010... Bamberg >>> Wurzburg >>> Ansbach >>> Rothenburg
22日目(雨⇒曇り時々雨/西風強) バンベルク駅⇒ヴュルツブルク経由⇒アンスバッハ駅⇒ローテンブルク(ガストホフ泊)

9月13日(月)は朝から憂鬱な雨やおまへんか・・・止むまで待って約2km離れたバンベルク駅へ。アンスバッハまでの切符(自転車込み26.5ユーロ=約2995円也)を買いましてんけど、11時半発の列車はなんとヴュルツブルク経由・・・大荷物で自転車専用車両を占領する中国人旅行者をどかせました。13時15分アンスバッハ着、小雨の中を旧市街の観光案内所まで。親切なね〜やんは自転車も室内へ入れてくれましたが、雨が止んだので15時半からローテンブルクまで漕ぐことに。小高い山々に囲まれた田園風景の中を迷走また迷走、途中で助けを求めた農家の母娘とはスーパートンチンカン(汗)。

小峠を押し上げてコルムベルクの古城に17時45分着。その後はブレーキトラブルも無視して車道を一目散、ローテンブルクは日本の観光植民地のひとつながら3回目でも素敵、19時過ぎにブルク公園から眺めた夕日に映える丘上の旧市街は格別美しゅ〜ござりました。旧市街内のYHには個室がおまへなんだし、観光案内所も閉まってましたさかい、ちょびっと無理して絵写真の"白い塔"近くのガストホフ(宿泊可能なレストラン)に20時チェックイン(朝食及びシャワートイレ付き55ユーロ=約62115円也)。漕いだ距離約55km也。(上の絵写真はロマンチック街道及び古城街道のハイライトローテンブルク旧市街)

14 September 2010... Rothenburg >>> Wurzburg >>> Heilbronn >>> Neckargerach
23日目(曇り時々小雨⇒曇り) ローテンブルク駅⇒ヴュルツブルク経由⇒ハイルブロン駅⇒ネッカーゲーラッハ(ガストホフ泊)

9月14日(火)、いよいよ残り1週間・・・宿では巨乳巨尻の若女将があれこれ世話を焼いてくれて、ローテンブルクにも〜1泊するかど〜か迷いましたけど、今月1週目やったら"帝国自由都市祭り"でしてんな? 10時発、もっぺん旧市街をゆっくりひと回りしてから駅へ。Jimさんの古城街道レポートに震え上がって、横着にも鉄道でネッカー渓谷のハイルブロンまで(自転車込み36ユーロ=約4070円也)、その後は自走で古都ハイデルベルクを目指すことにしましてん。駅では日本人ご夫妻と、乗り換え時には若い女性2人組とも交流、今旅もヴュルツブルクをなんべんも経由しながらご縁がおまへなんだ・・・

車内でブレーキを修理しながら14時15分ハイルブロン着。旧市街の観光案内所では、場違いな美女の親切な対応にただただウットリ・・・YHの場所も教わったもんの先へ進むことに。さいな、ネッカー渓谷にはちょびっと拍子抜け・・・16時によ〜やく古城のひとつに出逢えたもんの周囲は工場街道やおまへんか(笑)。多少の起伏はあってもお〜むね快適な自転車道、なかなか泊まりたい場所が見つからず焦りましたが、19時45分にネッカーゲーラッハのガストホフにチェックイン(朝食及びシャワートイレ付き40ユーロ=約4520円也)。漕いだ距離約45km也。(上の絵写真は古城街道ネッカー渓谷のホルンベルク城)

15 September 2010... Neckargerach >>> Heidelberg >>> Eberbach >>> Neckarsteinach >>> Dilsberg
24日目(雨⇒曇り時々雨⇒晴れ/西風) ネッカーゲーラッハ駅⇒ハイデルベルク駅⇒エーベルバッハ⇒ディルスベルク(YH個室泊)

9月15日(水)も朝から憂鬱な雨・・・女将は正午までの滞在を許してくれて、小雨になった12時半から1km離れた駅へ。なんとか陸橋を上下してホームに辿り着いた途端に列車が、車掌のおっさんは私を先頭車両まで連れて行き自販機で切符を購入(自転車込み8.3ユーロ=約940円也)。13時半に学生の町ハイデルベルク着。観光案内所では「この町に安宿なんかあるわけないやろボケ〜! YH? 管轄外や!」クソババの冷たい返答に憤慨しながらも、パック旅行時に行き損ねた対岸の"哲学者の道"に登り旧市街を展望・・・雨が降ってきたやおまへんか! YH探しのほ〜も2回チャレンジしたのに見つかりまへなんだ(汗)。

16時からよ〜やく晴れ間も見えてきましたさかい、追い風を利用しながらネッカー川沿いにエーベルバッハまで遡ってみることに。右岸車道の自転車レーンはお〜むね平坦で快適、しかしこの日もなかなか泊まりたい場所が見つからず、もっぺん鉄道でネッカーシュタイナッハまで引き返し、最後はディルスベルクの山頂城塞村まで押し上げて、日暮れ前の19時半にYH個室にチェックイン(朝食付きシャワートイレ共同31.3ユーロ=約3535円也)。泊まり客は小学生たちだけやのに、わざわざ個室を頼んで値段を吊り上げてしもて(アホ!)・・・漕いだ距離約45km也。(上の絵写真は山頂城塞村ディルスベルクからの展望)

16 September 2010... Dilsberg >>> Heidelberg >>> Mannheim >>> Frankfurt >>> Saarbrucken
25日目(曇り) ディルスベルク⇒ハイデルベルク⇒マンハイム駅⇒フランクフルト経由⇒ザールブリュッケン駅(安ホテル泊)

9月16日(木)、山頂のYHにはシャワーが少なく子供らに邪魔されて利用を断念、その代わり自転車を掃除して朝食前に徒歩で周辺をひと巡り。巨乳巨尻の女教師に別れを告げて9時半発、まさかこの時点で今日が一番長い日になろ〜とは思いもよりまへなんだ(笑)・・・。坂道を下り左岸を走って10時半にハイデルベルクを再訪、中国人観光客の多さに圧倒されながら寒風下をリスタート、ここらへんから西は渓谷も古城もほとんど姿を消して、ネッカー川がライン川に合流するマンハイムまで約25km。残り5km地点で小雨が降り出し、なかなか雨宿りでける場所が見つからんまま市内入口のラジオタワーまで。

親切な黒人のおっさんが自転車を預かってくれて、125mの高さからマンハイム市内外をじっくり展望(4ユーロ=約450円也)。中心部は17~18世紀にかけて環状道路の内側を碁盤状に整備されてるもんの、東西南北45度に傾いてまっさかい大阪や京都のよ〜には把握でけしまへん。13時半に中央駅へ、鉄道やったらパリまで簡単やろと考えてたらそ〜は問屋が・・・自転車同伴の場合、Vの字形にバーゼルまで南下して3回乗り換えて9.5時間もかかるやおまへんか! 中央駅近くの選帝候宮殿に立ち寄っただけで、ライン川とも再会でけんまま15時38分発でフランクフルトへ(自転車込み20ユーロ=約2260円也)。

しかし、15時50分に到着したドイツの玄関口からでさえ乗り換え6回で8.5時間・・・おまけに見本市開催中のよ〜で宿泊費がとんでもおまへん。YHも見つからず、ちょびっとでも時間を稼ぐためにザールブリュッケンまで(自転車込み38.3ユーロ=約4330円也)。さいな、焦ってる時に限ってキャンセル便で1時間待ち・・・なんでやねん(汗)? 結局ザールブリュッケンに到着でけたのは23時15分、なんぼ高てもしゃ〜ないわと訪れたホテルは全部断られてしもたやおまへんか・・・なんでやねん(汗)? タクシーの運ちゃんに相談しても「午前0時を過ぎたらどこも閉まってんで・・・警察に保護してもらい!」

危うしAnPonman! 中央駅にも泊まられへんのやそ〜でもっぺん裏通りをウロチョロしてると、も〜1軒安ホテルが見つかったやおまへんか! 幸運にも1部屋だけ空いており、ちょ〜ど午前0時にチェックイン(朝食付きシャワートイレ共同30ユーロ=約3390円也)。エレベータは壊れてて4階まで荷物を持ち上げ、共同シャワーを使おとしたら全階とも閉鎖中・・・なんでやねん(汗)?「気に入らんかったら銭返したんで!」には一言もおまへなんだ・・・泊まれただけでも喜ばなあきまへんけど2日連続シャワーなしで気持ち悪い(涙)・・・。漕いだ距離約60km也。(上の絵写真はハイデルベルクのカールテオドール橋と●城)

17 September 2010... Saarbrucken >>> Strasbourg >>> Mulhouse >>> Belfort >>> Paris
26日目(曇り時々晴れ⇒晴れ) ザールブリュッケン駅⇒ストラスブール~ミュルーズ~ベルフォール経由⇒パリ東駅(ホテルガルニ泊)

9月17日(金)、朝食時に出合たんは安ホテルに場違いなビジネスマンばっかりやおまへんか! ザールブリュッケンは、大戦後しばらくフランスの管轄下におかれてたんやそ〜でラテンな香りがせんでもおまへん。9時半発、中央駅でフランクフルトからの時刻表を見せたところ「何これ・・・バスも含んでるやん!」「え〜っ? どないかしてんか・・・」優し〜ね〜やんが再三調べなおしてくれた答えは、パリまで9.5時間で3回乗り換えて自転車込み98ユーロ(約11075円也)。なんやねん、これやったらマンハイムからの便がいちばんスムーズでしたやおまへんか・・・もちろんお礼の折鶴をプレゼント。

待ち時間にはザールラント州からパリまでの見開き地図も購入(7.5ユーロ=約850円也)。11時24分定刻発、列車は森の中を走り国境を越えた実感なし、丘陵田園風景にはオリーブの木が加わりましたやろか? 通り過ぎる村々の家屋がちょびっと小ぶりになったよ〜な? 駅舎も変化して乗ってくるね〜やんたちはおしゃれでマナーもお上品。13時着、最初の乗り換え駅ストラスブールでは2時間待ち、なんと・・・旧舎を透明のUFOドームで覆った中央駅だけでもビックリだ! 観光案内所で要所を教わりちょびっとだけ市内観光、ほぼ国境線上で半分ドイツのよ〜な木組み家屋の旧市街を迷わずに楽しめました。

ちょ〜ど絵写真のあたりを眺めながら屋外カフェでビールを1杯、ドイツでは考えにくいほどの好天で鉄道移動がもったいないほど。14時50分にリスタートしてミュルーズへ、車窓はやがて一面の葡萄畑に変わってきたやおまへんか。ほんでから、隣席の学生はなんと平仮名を勉強中で、トンチンカンなやりとりを離れた席の美女が補足してくれるっちゅ〜至福のひととき。幸いにしてここまでの駅にはエレベータ完備、短時間の乗り換えにも成功して30分でまた乗り換え、ベルフォールではホームの階段を登り降りさせられたうえ車内には自転車置き場もなく大弱り・・・

1ヶ所のみの身障者用スペースに自転車を無理やり押し込んだもんの、さらなる心配は21時を過ぎた花金のパリで宿が見つかるかど〜か・・・車窓は平地から丘の中腹まで牛馬羊の放牧風景。トロワから乗り合わせた日本女性は、これより先に停車駅がないことを告げてフランス語で宿探し文句を書いてくれたやおまへんか! 完全に日が暮れた20時50分パリ東駅に到着して、21時過ぎには裏通りのホテルガルニにチェックイン(朝食なしシャワートイレ付き46ユーロ×2=約10395円也)。漕いだ距離約10km也。(上の絵写真はドイツ風の木組みの家が並ぶストラスブール旧市街)

18 September 2010... Paris
27日目(晴れ時々曇り) パリ(安ホテル連泊)

9月18日()、昨夜は3日ぶりのシャワーに感激、1階の汚い部屋でも設備は文句なしで周囲も静か、連泊することにしてルームチェンジを交渉したもんの不可。今旅最後の下着に着替えて気分も良好、残金を各荷物に再分配して好天下を11時発、まずは東駅で空港までの便を尋ねたところ隣の北駅へ行けとのこと、さいなホームへの入口はわかっても今度はゲートをくぐる手続きが至難。何人かの様子を観察後、おっさんに実演してもろても知恵遅れの私にはとても無理やおまへんか(汗)。おまけに駅の外ではタクシー乗り場に長蛇の列・・・シャルルドゴール空港までの道のりは予想以上に厳しおまんな。

モンマルトルの丘まではすぐで風もなく暖かいパリ。その後は迷走しながらシテ島 ⇒ エッフェル塔 ⇒ 対岸のシャイヨー宮 ⇒ さらに凱旋門をくぐりブーローニュの森をひと回り。川沿いを戻り17時にコンコルド広場、まだ太陽は高く半袖でじゅ〜ぶん過ごせる暖かさ。シテ島を望むポンデザール橋上では書道家?の日本人青年と遭遇、しばしその場に座り込んで歓談しましたが彼の友達3人とも親しゅ〜なれてラッピ〜。橋上で商売をしても問題おまへんのやそ〜で、ひょっとするとパリ市内で最もくつろげる場所なんかもしれまへん。漕いだ距離約35km也。(上の絵写真はパリのセーヌ川とシテ島の眺望)

19 September 2010... Paris >>> Paris Airport
28日目(ほぼ日本晴!) パリ⇒シャルルドゴール空港(空港ホテル泊)

9月19日()はこれ以上考えにくい日本晴の好天。朝食が付いてまへんさかい、日本から持参した予備のカロリーメイトで我慢。11時過ぎにチェックアウトしてもっぺんモンマルトルの丘へ。昨日の青年に負けんよ〜に、私もサクレクール寺院前で折鶴でもやって見せよ〜と思い立ちましてんけど・・・さいな、こりゃこりゃ予想以上に勇気のいるもんで、結局ツタンカーメンの傍らでひなたぼっこ後ドゴール空港に向かいましてん(なんじゃそら?)。観光案内所へ立ち寄ったら日本語パンフをもらえたかもしれまへんけど、パリ周辺の観光はパック旅行時に阪急交通社がくれた豆ガイドブックだけが頼り(汗)。

ところで、パリから半径約100kmのエリアがかつて印象派の画家たちが愛したイルドフランス、空港よりもさらに北にはオーヴェルなんとかやシャンティイ城なんぞもあるよ〜で、週末の観光最終日は自転車でそこらへんまで行くことにしまひょ。車道傍を迷走しながら尋ねて尋ねて尋ねまくって13時には空港の近くへ、おりょりょ・・・突然高速道路以外の道が途絶えてしもたやおまへんか。そっからがたいへんであっちゃこっちゃ右往左往して14時半、とりあえず飲食スペースもあるガソリンスタンドで腹ごしらえ、15時になんとか第1ターミナルに入ることができトルコ航空のカウンタも確認。

北へ向けてリスタートしたもんのいつまでたっても高速道路を出られしまへん・・・15kmほど走ったところでついに警察の御用(汗)。しかし、パトカーの若い警察官2人は、私を咎めるどころかパスポートのチェックさえせず、日本の話をしながら空港ホテルまで送り届けてくれたやおまへんか。さいな、ホテル数軒の値段はとんでもおまへんで、目安になる"Ibis"でさえ朝食なしシャワートイレ付き107.5ユーロ(約12150円也)。もっぺんパリ市内へと考えたもんの駅の窓口には長蛇の列、鉄道は自転車禁止でバスやったらえ〜とかチンプンカンプンのまま観念してチェックイン。漕いだ距離約50km也。

20~21 September 2010... Paris Airport >>> Istanbul Airport >>> Osaka Airport
29~30日目(日本晴!⇒?⇒晴れ) シャルルドゴール空港⇒イスタンブール乗継ぎ⇒関西空港⇒帰宅

9月20日(月)~21日(火)ももったいないほどの日本晴! パリ市内まで鉄道で往復する時間はおましてんけど、帰国日に何かトラブっても困りまっさかい正午前までホテルに軟禁状態。チェックアウト後は最寄りのターミナル3で昼飯、好天下をたった1.5km走って3階建円筒形デザインのターミナル1着12時半。2人組の日本女性と雑談後はしばしお昼寝、14時半からは自転車をゆっくり輪行袋に収納する作業、15時半には並ぶこともなくスムーズにチェックイン完了。早口のね〜やんとはスーパートンチンカンでしたが、アホにもほどがと呆れつつ大荷物窓口まで案内してくれる優しさはやっぱりトルコ人。

輪行袋は総重量23kgで60ユーロ(約6780円也)、前旅でもそ〜でしたがなんでトルコ航空は往路だけ輸送費が高いねん? さらに長い時間をもてあましてよ〜やく8時過ぎに離陸、しばらくしてから眼下に見えてきたのはスイスアルプスでっしゃろか? 機内ではトルコ人のおっさんと赤ワイン小瓶を5本空にして現地時間22時にイスタンブール着。乗り継いで0時25分のリスタート、最後はほぼ満席でしんどい空の旅でしたが、機内で中央ヨーロッパ10日間(2007年4月21日~30日)の添乗員K嬢とも再会、無事故多違反体調良好悪運てんこ盛りのまま1ケ月を乗り切れてスーパーラッピ〜! 漕いだ距離約3km也。

PostScript... 自転車ひとり旅も、回を重ねる毎にどんどん横着になって、肩腰膝の悪化も手伝いバックパッカのよ〜なスタイルになってしもたやおまへんか。しんどいとこはパスして鉄道で要所を巡るやり方は交通費がかさむうえ、入門当初のよ〜に思いがけん人・物・場所に巡り逢えるチャンスが減ったかもしれまへん。連日、前の晩どころか朝になっても行き先が決まってへん呑気な旅でしたが、ドイツはま〜なんちゅ〜安全清潔で快適な国でっしゃろ・・・気を引き締めるのがたいへんなほどでしたやおまへんか。反面、最後に3泊した暖かいパリに比べ、この時期のドイツは3分の2が曇りか雨で気候の厳しさを痛感させられたし、東西統合後は年々マナーが低下してるよ〜でちょびっと気になりまんな。ほんでから、フランクフルトもウィーンもおんなじ航空運賃でしたさかいパリから帰ることにしましてんけど、古城街道の延長線を西へ進んだらOKやっちゅ〜甘い認識で最後の1週間はドタバタ劇(汗)。ほんでも、ほとんど雨に濡れることもなくパンクもなしでほぼノントラブル、前旅の強運を維持したまま楽し〜旅がでけてしもたやおまへんか。AnPonman

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