POTALIEN (AnPonmanの海外豆ポタ絵日記総集編1)

余談ながら・・・ 経験者の多い神戸市民自転車同好会で海外旅行についてぎょ〜さん教わるうち、私もいっぺん海外を自転車でポタりたなってきたやおまへんか。しかし、英語もほとんどしゃべれず飛行機にもひとりでよ〜乗らん知恵遅れの私は、なんべんも格安パック旅行に参加して要領を学習しながら各地を下見することにしましてん。ほんでから、自転車をどこでどない工面したらえ〜かっちゅ〜のも難題でおましたが、譲り受けたスーツケースには14インチ豆チャリ(Traincle/Pananonic)がなんとか収納でけそ〜で、あっちゃこっちゃ削り込んだりしながら独自の海外旅行スタイルを試行錯誤・・・

感動の中央ヨーロッパ10日間 (2007年4月21日~30日)

5日目(晴れ) プラハ⇒チェスキークルムロフ⇒ザルツブルク(市内宿泊)
4月25日(水)はバスでチェコの古都チェスキークルムロフへ。その後、音楽の都としても有名なオーストリア・ザルツブルクに到着、諦めかけた頃によ〜やくホテルのレンタサイクルでポタることがでけました。車種は太めの700Cタイヤと泥除けや荷台を加えたクロスバイクでハンドルはマルチ。操作には困らず右側通行にもすぐに順応、夕食をキャンセルして市内を徘徊しましたが20時頃まで明る〜て大助かり。

6日目(日本晴れ!) ザルツブルク⇒ハルシュタット⇒ウィーン(郊外宿泊)
4月26日(木)も朝食をキャンセル、おんなじ自転車でザルツアッハ川左岸自転車道を散策。レンタサイクル料は朝夕各1時間の合計10ユーロ(約1650円)也。2日にいっぺんは雨が降るっちゅ〜ザルツブルクで好天に恵まれスーパーラッキー! 市内観光後、ザルツカンマーグートのハルシュタット湖畔にも立ち寄ってからウィーンへ。(上の絵写真は海外自転車初体験の地ザルツブルク)

7日目(晴れ夏日) ウィーン⇒ブダペスト(市内宿泊)
4月27日(金)午前中はウィーン市内観光。暑いほどの午後からは 一路"東欧の真珠"と称されるハンガリー・ブダペストへ、市街北端のホテル前にはドナウ川が南北に流れてブダとペストを分断。夕食をキャンセルして明るいうちにレンタサイクルで周辺を散策。なお、添乗員嬢の説明とは異なり、巷ではユーロが通用せ〜へんことも実感。

8日目(晴れ夏日) ブダペスト(市内連泊)
4月28日(土)はブダペスト市内観光をキャンセル、添乗員嬢に離団届けを提出して終日自由行動。前日とおんなじ自転車でゲレルトの丘、王宮の丘及び漁夫の砦、国会議事堂から英雄広場や市民公園までゆっくり散策。車種は定番のMTB系クロスバイク数台中から自分で選ばせてもらい、泥除けや荷台を省いた細めの700Cを試しましたが階段の担ぎでは悪戦苦闘。ここが遥かなドナウ川自転車道の終点なんやそ〜で、またいつの日か自転車で訪れることがあるかもしれまへん(ほんまかいな?)。

9日目(晴れ夕方雨) ブダペスト⇒ブダペスト空港⇒フランクフルト乗り継ぎ⇒成田空港⇒伊丹空港
4月29日()は朝から帰国の途につくはずが、ど〜ゆ〜わけか15時まで自由行動っちゅ〜ことでもっぺんゲレルトの丘へ。正午前には一旦ホテルまで戻り、チェックアウト後も自転車だけは借り続ける交渉に成功、添乗員嬢とふたりで地下鉄に乗り海外輪行初体験もでけて大満足。経験豊富なプロでさえ、一旦コースを外れるとこない緊張すんねんなと私のほ〜がビックリ! なお、のべ3日のレンタサイクル料は合計30ユーロ(約5000円)也。(上の絵写真はゲレルトの丘から展望するブダペスト市街とドナウ川)

PostScript... 残念ながら、4月下旬の中欧では冬着も必要とのことで、スーツケースに豆チャリを詰め込むスペースがおまへんでしたが、学習ツアー初回にしてはど厚かましゅ〜レンタサイクルで走り回れてスーパーラッキー! *詳細な紀行文はこちら・・・

スイスアルプスとロマンチック街道7日間 (2007年5月17日~23日)

1日目(晴れ⇒晴れ) 関西空港⇒ソウル空港乗り継ぎ⇒フランクフルト空港(郊外宿泊)
5月17日(木)、激安のモニタツアーはソウルで乗り継いでドイツのフランクフルトへ。ホテルに着いてもまだ明るかったので早速レンタサイクルでひとポタり、マイン川まで数kmのはずが途中で自転車レーンが途切れてしもて周辺の森を散策。借りた自転車は定番のMTB系700Cクロスバイクでしたが、スワローハンドルにスラムの内装6段変速&コスターブレーキっちゅ〜仕様。2時間近く乗り回して1時間と申告したレンタル料は飲料水も含め6.5ユーロ(約1000円)也。(上の絵写真はフランクフルト市街を流れるマイン川)

3日目(晴れ) ハイデルベルク⇒古城街道⇒ローテンブルク⇒ロマンチック街道⇒フュッセン(郊外宿泊)
5月19日(土)、バスは古城街道をひた走り、ロマンチック街道との交差点にある古都ローテンブルクへ。両街道のハイライトへは自転車で再訪することを添乗員嬢に宣言、さらにバスはロマンチック街道を南下して終点・国境の町フュッセンまで。明るいうちに郊外のホテルに着いたので、夕食をキャンセルして持参の豆チャリで約2時間市内を散策。迷子にならんよ〜に恐る恐るでおましたけど・・・。(上の絵写真は海外豆ポタ初体験の地となったフュッセンの街角)

5日目(晴れ⇒夕立) グリンデルワルト(町内連泊)
5月21日(月)は待望の自由行動日。好天下、グリンデルワルト町内を散策後、ロープウェイでフィルスト山(標高2170m)に登ることにしましてんけど、片道のつもりで支払ろた料金は豆チャリ込みで30ユーロ(約5000円)也。頂上から展望するアイガー(標高3970m)3山に、背後のユングフラウ(標高4158m)やメンヒ(標高約4100m)を加えた美しさは夢のよ〜! 汗ばむほどの陽気でウインドブレーカも用なし、登山道は豆チャリがでんぐり反るほどの急勾配で、結局のところ7割方押し降って正午には無事に麓まで帰着。

午後は地元の駅から登山電車に輪行してみよと思いましてんけど、イケズな車掌のね〜やんは混んでる時間帯にお前なんか絶対乗せたれへんと拒絶。しょ〜がおまへんさかい、スイスらし〜牧歌的風景の中をアイガー北壁麓近くまで押し上げる最中、見る見るうちに暗雲垂れ込めて夕立になり処々雨宿りさせてもらいながら退散。(上の絵写真はスイス・グリンデルワルトのフィルスト山から展望するアイガー北壁)

PostScript... 初めて14インチ豆チャリをスーツケースに詰め込んでパック旅行に参加。今回はドイツ・ロマンチック街道やライン川自転車道の下見が目的でしたが、たとえ2時間前後でもチャンスがあれば積極的に豆チャリでポタって収穫てんこ盛り! 優し〜声の美人添乗員嬢が、自転車に興味を持って応援してくれたのも追い風になりました。*詳細な紀行文はこちら・・・

びっくりイタリア9日間 (2007年6月3日~11日)

4日目(晴れのち雨) フィレンツェ(郊外連泊)
6月6日(水)は世界遺産フィレンツェ歴史地区観光をキャンセル、添乗員嬢に離団届けを提出して終日自由行動。ホテルの周辺に自転車で走れそ〜な道が見当たらず、フィレンツェへの行き方を尋ねてもみんな逆方向を教えてくれるやおまへんか。まるで高速インターチェンジのよ〜な恐怖のロータリーへ侵入できるまでに丸1時間、その後Uターンして約6km東のフィレンツェ市街へ向かう道には信号も専用レーンもなし。市街地のほとんどは石畳でっさかい豆チャリは押して歩き、シンボルのヴェッキオ橋にもちょびっと落胆しながら南東のミケランジェロの丘へ。

昼飯を済ませた頃からにわか雨! 小雨になるまで辛抱してバールで夕飯の素材やビールを買い込んで退散。アルノ川沿いに帰り始めたところロータリーに入り損ねて間一髪、相手の好判断で命拾いしたもんの一難去ってまた一難、集中して走ってたのにいつのまにやらアウトバーンに迷い込んでしもたやおまへんか! 退避場所で思案の末、豆チャリを担いで土手を降り大きな農園で助けを求めることに。びっくりしたおば〜はんはイタリア語で怒鳴りまくってましたけど、その娘とさらにその娘の親子孫3代と筆談の結果なんとかホテルまで辿着。(上の絵写真はミケランジェロの丘からのフィレンツェ市街眺望)

7日目(晴れ夏日) カステルボルトルノ⇒ナポリ⇒カステルボルトルノ(連泊)
6月9日(土)はカプリ島・青の洞窟観光をキャンセル、添乗員嬢に離団届けを提出して終日自由行動。最寄りの鉄道駅からでも約50km離れたナポリ市内へと考えてたところ、添乗員嬢がホテルのシャトルバスを利用できることを調べてくれたやおまへんか。往復とも貸切りで恐縮でしたが、マイクロバスはアウトバーンを時速150kmで疾走してナポリ港まで約30分、早速物騒な裏路地を豆チャリを押したり担いだりして世界遺産セントエルモ城へ。街中の汚らしさとは大違いで、美し〜港町が紺碧のティレニア海に映える眺望には大満足でしたけど、余裕で下れると思てた帰路はあっちもこっちも行き止まりで大弱り、再度危険区域指定の裏路地石畳坂を押し歩いて旧市街などの散策は時間切れ。(上の絵写真はセントエルモ城から眺望する港町ナポリとヴェスヴィオ火山)

PostScript... アウトバーンに迷い込んでしもた結果、農家の住人との必死のコミュニケーションはほんまにえ〜勉強になりました。また、サッカー小僧たちには下手なボールリフティングを披露でけましたが、危険区域指定のナポリの裏路地から無事に帰ってこれたのは奇跡的(笑)? *詳細な紀行文はこちら・・・

美しきカナダ周遊6日間 (2007年6月21日~25日)

2日目(晴れやや寒風) トロント⇒ナイアガラ・オン・ザ・レイク⇒ナイアガラ(市内宿泊)
期待しすぎたナイアガラの滝は私の想像よりかなり小粒でしたけど、早めに市内のホテルに着いたので大慌てで豆チャリをスタンバイ、夕食をキャンセルして滝より上流を往復約25kmポタリング。安全快適かつ平坦上質な自転車道から眺める対岸はアメリカ・・・。再度滝まで戻り、お粗末な夕食をすませた頃には薄暗なったもんのカナダはほんま安全、様々な人種とともに芝生に寝ころんで懐メロ野外ロックコンサートを聴いてから退散。但し、この時期のカナダは北風が冷たく、ウィンドブレーカなしには風邪をひきそ〜なほどでした。(上の絵写真はナイアガラ大瀑布のカナダ滝)

3日目(晴れ時々曇り寒風) ナイアガラ⇒トロント空港⇒カルガリー空港⇒バンフ⇒キャンモア(市内宿泊)
6月23日(土)はバスでもっぺんトロントまで戻り空路をカルガリーへ。バンフから約25km離れたリゾート地キャンモアでは、夕食をキャンセルして日暮れまで町内をポタリング。周囲の山々には雪がわずかに残るだけで、まさに"恐竜が引っ掻いた"っちゅ〜形容ど〜り、スイスアルプスを体験した私にはちょびっと違和感がおました。途中、MTBを持ち上げながらヨタヨタ歩く美し〜メキシコ娘に出逢えたもんの、後輪チューブを引き裂いた惨状にはお手上げでどないもしてやれまへなんだ。

4日目(曇りのち晴れやや寒風) キャンモア(市内連泊)
6月24日()の観光最終日は"ロッキーの宝石"ルイーズ湖をキャンセル、添乗員嬢に離団届けを提出して終日自由行動。今にも降り出しそ〜な天候が心配でしたが10時頃には晴れ始めひと安心、山々の残雪はわずかでも北風が冷たくウィンドブレーカを着込んでちょ〜ど。自転車道が整備されたボウ川沿いに3姉妹山の麓まで押し上げた帰り道、高速道路にも自転車レーンがあると聞〜てましたさかいちょびっと試運転。その後、MTBのオッサン(スイス人)と、女子中高生のサッカーを観戦しながら談笑。宿泊するホテルの近くで観光遊覧ヘリに乗れることも教わり、ヘリポートに急いだもんの財布には95カナダ$(約11000円)しか残ってまへなんだ。(上の絵写真はキャンモアの3姉妹山)

PostScript... ホテルの新聞に、高速道路で自転車の女性がハネられて死亡した記事が載ってたやおまへんか! カナダは治安良好でほんまに安全ですけど、阪急交通社上限39名の大所帯っちゅ〜のは・・・パック旅行も少人数のほ〜がよろしおま。*詳細な紀行文はこちら・・・

クロアチア&スロベニア&モンテネグロ13日間 (2007年7月21日~8月2日)

4日目(真夏日炎天) ザダル⇒ドブロヴニク(市内観光後宿泊)
7月24日(火)はバスでクロアチアのドブロヴニクへ。世界遺産の旧市街観光後に到着した3連泊のホテルは残念ながらシャワーのみ、まだ明るいうちに豆チャリをセットアップして夕食キャンセルで旧市街へ。途中でピザを買い込んだ惨めな夕食には添乗員嬢が付き合〜てくれてビールで乾杯。

6日目(真夏日炎天) ドブロヴニク(市内連泊)
7月26日(木)は終日自由行動とはゆ〜もんのオプションも用意されておらず、添乗員嬢が朝からみんなを旧市街までご案内。私も参加して城壁を徒歩で一周後、自力で乗り合いバスを利用して一旦ホテルまで戻りお昼寝、16時頃からもっぺん旧市街周辺を豆チャリで徘徊。(上の絵写真は"アドリア海の真珠"ドブロヴニクの海洋城郭都市)

11日目(曇りのち晴れ) リュブリャーナ(市内連泊)
7月31日(火)のリュブリャーナは天候不安で午前中の市内観光に参加、体調(腹痛で数日ダウン!)も天候も回復した午後からは自由行動で、市内の立派な自転車道を50km以上ポタリング。リュブリャニッツァ川沿い公園ではミニサッカーにも加われてスーパーラッキー!

12日目(晴れ⇒晴れ) リュブリャーナ空港⇒イスタンブール乗り継ぎ⇒関西空港
8月1日(水)も午前中自由行動でティヴォリ公園周辺の自転車道を約25km再走、最後は昨日ケーブルカーで登ったリュブリャーナ城まで豆チャリを押し上げ。(上の絵写真はスロベニアの首都リュブリャーナとリュブリャニッツァ川)

PostScript...「Iちゃん、今日は豆チャリで50km以上走ってサッカーもやってきたで!」「ほんま〜? サッカーもやれたん? お金で買われへん体験やな〜!」っちゅ〜のは英語とスペイン語を使い分ける超能力添乗員嬢との会話。*詳細な紀行文はこちら・・・

美しき北欧ハイライト8日間 (2007年8月27日~9月3日)

3日目(曇り時々雨) ハダンゲルフィヨルド⇒ヴォス⇒フロム⇒ソグネフィヨルド⇒ラルダル(町内宿泊)
8月29日(水)はバス・鉄道・船に乗り継いで、フロムからは約2時間のソグネフィヨルドクルーズ後ラルダルに到着。予定より早めにホテルに着いたので豆チャリをセットアップして周辺を約20kmポタリング。(上の絵写真はオスロとベルゲンの中間にある小町ラルダル)

5日目(小雨⇒曇り) コペンハーゲン⇒ソルナ(ストックホルム郊外宿泊)
8月31日(金)午前中はコペンハーゲン市街を観光後、特急電車でスウェーデン・ストックホルムに向かうはずがまたひと便乗り遅れ。宿泊地があんまり遠ざからんよ〜祈ってましたが幸いにも距離約6km、ホテルの周辺地図は大助かりで早速豆チャリを組み立ててストックホルム市内へ。当日は市内入口まで至ったところで日が暮れんうちに引き返しましたけど、途中で何人かに道を尋ねてもみんなわかりやすい英語で説明してくれました。

6日目(晴れ) ソルナ⇒ストックホルム⇒ソルナ(ストックホルム郊外連泊)
9月1日(土)は奇跡的好天でストックホルム市内観光をキャンセル、添乗員に離団届けを提出して終日自由行動。自転車レーンを南東方向へ直進してみたところ幸運にも中心ガムラ・スタンに到着、各島を周回後は市内東端のカクネスタワー展望台(高さ155m/30クローネ=約580円也)へ。売店のね〜やんが豆チャリを預かってくれたおかげで1時間以上展望を満喫、その後も好天下を夕方までアッチャコッチャ徘徊。なお、ポタリング中の服装は上はTシャツ+長袖シャツ+薄手のセーター、下はレーシングパンツ+サッカー用のストッキング+トレパンでしたが、冬の木枯らしを思わせる冷たい風にはマフラーやウィンドブレーカも着たり脱いだり。

PostScript... 名所旧跡を見学する際、受付でうまいこと交渉したら荷物や自転車を預かってくれまんねん。なお、冬物を加えたスーツケースは21.5kgになりましたけど行き帰りともお咎めなし。*詳細な紀行文はこちら・・・

美しき英国周遊8日間 (2007年9月13日~20日)

3日目(曇りのち時々晴れ) ケンダル(市内連泊)
9月15日(土)今にも降り出しそ〜な空模様でしたが一か八か湖水地方観光をキャンセル、添乗員嬢に離団届けを提出して終日自由行動。今回のツアーでは連泊が2回っちゅ〜のも豆チャリ持参の私には好都合、約20km離れたウィンダミア湖を目指してみたもんの山中に迷い込んでしもてギブアップ。峠頂から宿泊地ケンダルまで自転車レーンのない車道をトコトコ引き返し、この町のシンボルでもある丘上の城跡に登って昼飯後夕方までゆっくりと街中を散策。(上の絵写真は英国湖水地方ケンダルの街角)

6日目(晴れ寒風) ロンドン(郊外連泊)
9月18日(火)は奇跡的好天でロンドン市内観光をキャンセル、添乗員嬢に離団届けを提出して終日自由行動。豆チャリで約10km西のロンドン市内を目指したもんの、テムズ川左岸には出られず車道ばっかり走らされてひじょ〜に危険、右側通行に慣れた海外で左側通行っちゅ〜のもえっらい不自然! 尋ね尋ねよ〜やくタワーブリッジが見えてひと安心、ホテルから約1時間でテムズ川のロンドンブリッジに到着。ビッグベンのある国会議事堂周辺からバッキンガム宮殿へ、巨大な公園ハイドパーク内の自転車道ものんびり散策して、最後は市内中央のピカデリーサーカス周辺を抜け南端のテムズ川へ。帰路の右岸遊歩道は自転車もOK、それが途切れてからも車の少ない川沿いの道を安心して走れ、テムズパス(川底トンネル)から対岸に渡りホテルのあるドックランド開発地域へ。(上の絵写真はロンドンのシンボルビッグベン)

7日目(曇り時々小雨) ロンドン⇒ヒースロー空港発(機内泊)
9月19日(水)、曇り時々小雨の最終日は15時まで自由行動。8時半頃から仲間と電車でロンドン塔の近くまで豆チャリを輪行(4£=約970円也)、大観覧車"ロンドンアイ"にも乗れて上空から約30分間市内を展望(15£=約3635円也)。チップをはずみ大道芸人の傍らに駐車して大急ぎで乗ってきましてんけど、高額料金に加え物々し〜身体検査や荷物検査はまるで空港やおまへんか。冷たい西風のためセーターに加えマフラーやウィンドブレーカが重宝、下半身もレーパンとトレパンでは足りずストッキングを忘れて後悔。なお、ホテルは朝の時点でチェックアウトしており、スーツケースを預けて出かけましたさかい15時前には帰着して豆チャリを収納。

PostScript... 冬物を加えたスーツケースは21.5kgになりましたけど行き帰りともお咎めなし。しかし、秋からはドイツを自転車で巡るはずでしたさかい実行できんかった落ち込みもかなり・・・ *詳細な紀行文はこちら・・・

情熱のスペイン&悠久のポルトガル10日間 (2007年10月7日~16日)

8日目(晴れ) リスボン(市内連泊)
10月14日()はリスボン市内観光をキャンセル、添乗員嬢に離団届けを提出して終日自由行動。ひとりのインテリサイクリストがモンサント森林公園を案内してくれました。ロードバイクの彼と別れた後は、市内南西端まで降りテージョ川河口からベレンの塔へ。広い公園の芝生では1時間以上ミニサッカーにも加えてもらい、ジェロニモス修道院や新大陸発見記念碑を経て川沿いに中心部のコメルシオ広場へ。どこの国の音楽やら音痴な私には検討もつきまへなんだが、太鼓のリーダーとバグパイプの3人が素晴らし〜演奏を聴かせてくれて大満足。さらに、リスボン最古の建造物サンジョルジェ城の石畳坂は豆チャリを押して往復。(上の絵写真はリスボン市街とテージョ川の眺望)

PostScript... 10日間のツアーで自由行動できたのはたったいっぺん・・・スペイン・マドリードでの自由行動断念が悔やまれますけど、ポルトガルのリスボンではミニサッカーもやれたうえ友達もでけてスーパーラッキー! *詳細な紀行文はこちら・・・

メキシコ浪漫紀行8日間 (2007年11月3日~10日)

3日目(日本晴れ!) メキシコシティ(市内連泊)
11月5日(月)は中南米最大の都市メキシコシティで終日自由行動。治安もかなり物騒との情報でしたけど豆チャリで8時に出発、まずは市内中心部のホテルからアラメダ公園を目印にして西端のチャプルテペック公園へ。残念ながら巨大な施設全体が月曜休園・・・週末はまた印象がちゃいまっしゃろけど交通事情はガイド嬢の言葉ど〜り、排ガスとゴミに塗れた凸凹の車道を古いビートルのタクシーが走り回ってました。この国では「もし人をハネたらもっぺん戻ってヒキ殺せ!」っちゅ〜諺があるそ〜で普通やおまへん。ちょ〜ど雨期が終わったこの時節の天候は快晴で暑〜おましたけど北西風がさわやか、昼前からTシャツでOKでしたが周囲にはセーターやジャンパー姿もぎょ〜さん。(上の絵写真はメキシコシティの中心レフォルマ大通り)

4日目(晴れ⇒晴れ時々曇り) メキシコシティ空港⇒メリダ空港(市内宿泊)
11月6日(火)は早朝にホテルを出発して空路を海抜0mのメリダへ。寝ぼけた私は 豆チャリの空気を抜き忘れてましたが、そ〜ゆ〜場合に限ってスーツケースを調べられまんねんな(笑)。幸い、検査係のね〜やんは豆チャリには興味なさそ〜でタイヤも無事でおました。

5日目(晴れ⇒晴れ) メリダ⇒カンクン(市内宿泊)
11月7日(水)はバスで世界遺産チチェンイツァ遺跡観光後カンクンへ。ラッキーなことにホテルはリゾートの中心カンクン岬にあって好条件、日が暮れるまでの約30分間豆チャリのテストもでけました。

6日目(晴れ⇒晴れ) カンクン空港⇒メキシコシティ乗り継ぎ(機内泊)
11月8日(木)はえっらい中途半端な半日自由行動。しかし、豆チャリがあったら集合時間の14時半までじゅ〜ぶん遊べまっさかい、スーツケースは添乗員嬢に預けチェックアウト後の7時半頃からスタート。カリブ海のリゾート地カンクンは内海を囲む細長い陸路が独特の形状、内海を一周しても50km前後の距離で楽しみにしてましてんけど、実際に走ってみると自転車レーンがない場所もぎょ〜さんで周回は諦めて退散。ホテルに戻ってもまだ11時でしたさかい今度は西のダウンタウンへ、こっちは約9kmの全ての区間に自転車道が整備され快適にポタれました。(上の絵写真はカリブ海のリゾート地カンクン)

PostScript... 現地の日本人ガイド嬢は2人とも、メキシコの交通事情や治安の悪さを警告。強盗用にニセの財布も準備して、タクシーで大使館へ駆け込めるだけのお金は靴の中に入れてんねんとのこと(以後は私も猿真似!)。*詳細な紀行文はこちら・・・

ニュージーランドハイライト8日間 (2007年12月2日~9日)

2日目(晴れ⇒日本晴れ!) オークランド空港⇒クイーンズタウン空港(郊外宿泊)
12月3日(月)は北島のオークランドから空路を南島のクイーンズタウンへ。ホテルに早めに着いたので早速豆チャリを組み立てて市内の中心へ。罰金やでと日本人ガイドに脅されて渋々ヘルメットを購入(値切って約3500円也)、郊外からも市内中心部まで自転車レーンが整備されて走りやすく、左側通行で右折車優先とかロータリーではど〜のこ〜の聞〜てたもんのほぼ違和感なし。

3日目(曇りのち晴れ) クイーンズタウン(郊外連泊)
12月4日(火)はミルフォードサウンド観光をキャンセル、添乗員嬢に離団届けを提出して終日自由行動。8時半頃からゆっくり市内中心部まで約3km走り、まずは展望台のあるボブズヒル(標高440m)ロープウェイ乗り場へ。豆チャリを折りたたんだらタダで載せたろっちゅ〜ことで往復21NZ$(約2000円也)。自走下山後は海岸沿いの車道を西へ西へとポタってみましてんけど、小峠の繰り返しにギブアップして10km未満で退散。

昼飯後は東に引き返しホテルを通り過ぎてサザンアルプス・リマーカブル山麓へ、工事現場に迷い込んだ時には大型ダンプのに〜ちゃんが出口まで運んでくれました。なお、豆ポタ中にウィンドブレーカを脱いでさらに長袖を脱いで、カンカン照りの午後からは半袖短パンになりましたけど、紫外線量が日本の約7倍とゆ〜わりには北西風がさわやかでおました。(上の絵写真はクイーンズタウン市街とリマーカブル山脈の展望)

4日目(晴れ⇒日本晴れ!) クイーンズタウン⇒マウントクック(国立公園内宿泊)
12月5日(水)は日本晴れの超好天! バスは世界遺産マウントクック国立公園内のホテルに15時到着。リンデス峠を越えたあたりから遠望できる聖なる山マウントクック(標高3754m)は、添乗員でも5回に1回しか見えへんのやそ〜でスーパーラッキー! 早速豆チャリを組み立てて今来た道を再度プカキ湖の近くまで豆ポタ。アルプスからの吹き下ろしは台風並みで漕がんでもピュンピュン走りましたけど、帰りの風圧は日本で体験したことがないほどでちょびっとずつ押し歩き・・・(上の絵写真はニュージーランド最高峰のマウントクック)

7日目(晴れのち曇り) オークランド(市内連泊)
12月8日(土)は終日自由行動。9時半にホテルを出て海岸沿いの快適な自転車道タマキドライブを東へ。汗ばんですぐに半袖になりましたけど北東風がさわやか、終点の岬(約12km)ではお化けアロエを見つけてこの国の紫外線量をよ〜やく納得。13時には一旦市街東端にあるホテルまで戻ってお昼寝、15時半からは逆回りにドメイン公園を含む中心街をお〜まかにひと巡り。(上の絵写真は自転車道タマキドライブ)

PostScript... 南島の全コースを無事に周遊させてくれた白人女性運転手は、バスの荷物室にMTBを載せてるほどの自転車好きでおました。幸か不幸か、女丈夫の大姉御と一緒に走る機会はおまへんでしたけど「マウントクックの吹き下ろしには参ったわ・・・」「バスでさえ大揺れやったやんか・・・ガ〜ッハッハ!」*詳細な紀行文はこちら・・・

感動のフランス世界遺産紀行11日間 (2008年3月21日~31日)

2日目(晴れのち薄曇り) ニース(連泊)
3月22日(土)はニース&モナコ観光をキャンセル、添乗員嬢に離団届けを提出して終日自由行動。南仏の朝は北風が冷たくウィンドブレーカにマフラーっちゅ〜格好で8時半スタート、車道に匹敵するほど幅広い海岸遊歩道には複線の自転車道も整備され快適そのもの。市内観光は後回しにして天使の湾を西へと進みカンヌを目指したもんの、自転車道が途切れてからはヴァール川右岸を北上して彼方に見える鷲の巣村へ進路変更。ニース市街に戻るまで東洋人には皆目出会わずひとり旅のお稽古がでけましたが、帰路は高速道路に迷い込んでパトカーに捕まってしもたやおまへんか。なお、ウィンドブレーカはいっぺんも脱ぎまへなんだ。(上の絵写真はニースのコートダジュール=紺碧海岸)

7日目(晴れ⇒曇り⇒晴れ) トゥール⇒モンサンミッシェル(隣村宿泊)
3月27日(木)、ノルマンディ地方西端モンサンミッシェルに近付くほどに再び晴れてきたやおまへんか。修道院観光後、早めに着いたホテルでは夕食まで間があり、1時間6ユーロ(約1000円)のレンタサイクルで周辺をポタリング。700Cクロスバイクはごっついスワローハンドルが違和感、サドルの高さだけは調整したもんの空気の甘いタイヤに泣かされながら、修道院を横目に周辺の村々を散策後大巾時間超過でホテルへ、笑顔で出迎えてくれたフロントの美女は「え〜ねんえ〜ねん! 今日は最高の天気やったしあんたほんまにラッキーやわ!」さらに夕食後、ツアー仲間は20時からの満潮の様子を見に修道院近くまで出かけましてんけど、私はマルセイユファン(虎キチでんな!)の運ちゃんと駐車場の照明下で1時間ほどボール蹴り。(上の絵写真は世界遺産モンサンミッシェル修道院)

9日目(晴れのち曇り) パリ(連泊)
3月29日(土)は奇跡的晴天でパリ市内観光をキャンセル、添乗員嬢に離団届けを提出して終日自由行動。仲間のバスを見送ってから豆チャリでセーヌ川の中洲へ、市内北西端にあるホテルから中心のシテ島までの距離はざっと25kmでっしゃろか、正面にエッフェル塔が見えたあたりからは自転車レーンを走れてひと安心。対岸のエッフェル塔を横目にシャイヨー宮、コンコルド広場、ルーブル美術館を経て午前中にシテ島着。途中でウィンドブレーカ下の薄手のセーターを脱いだほど暖かいパリは、昼前から雲が広がり始めたもんの南西風もさほど気にならず南仏よりも穏やか。ノートルダム寺院で休息後は北へ約4kmのモンマルトルの丘を目指して迷走、よ〜やく丘上のサクレクール寺院に着いた頃には雲が増えてセーターを追加。帰路は曇天下をシテ島まで戻って左岸の自転車レーンをエッフェル塔へ、その後もセーヌ川左岸を迷走しながら最後は広大なブーローニュの森へも立ち寄り。翌朝も余裕があるし、いっぺん巨乳巨尻のね〜やんと無断外泊したろと思てましてんけど相手に恵まれず(笑)。(上の絵写真はパリの中心部から遠望するモンマルトルの丘)

10~11日目(雨⇒曇り) パリ・ドゴール空港⇒関西空港
3月30~31日(日~月)、ヨーロッパは3月30日午前0時からサマータイムに移行っちゅ〜ことで、忘れんよ〜に夜中に時計を1時間進めなあかんのは焦ったやおまへんか。しかも朝から雨で、10時40分集合までに近くの新凱旋門あたりを散策する予定はボツ。帰国の途は直行便でひじょ〜に楽チンでおましたが、冬物を詰め込んだスーツケースは22.5kgもおましたけど行き帰りともお咎めなし。

PostScript... パック旅行便乗豆ポタ最終回っちゅ〜わけで気合いの入ったフランス、積極的にぎょ〜さん交流して親切な相手にはもれなく折鶴をプレゼント。15ヶ国24都市(レンタサイクルも含む)をノントラブルで駆け巡った14インチ豆チャリ、修理を重ねながらなんべんもツアーに耐えてくれたスーツケースと健康な体にも感謝。今後の目標はドイツ4大河川流域の自転車道をひとり旅することですけど、間違えんよ〜に飛行機や電車に乗れるやろか? 宿が見つからず路頭に迷て野垂れ死んでまうんとちゃうやろか? これからは阪急交通社梅田支店の幸運の女神にも頼れまへんさかい前途多難不安山積憂鬱てんこ盛り・・・(2007.4.1.AnPonman) *詳細な紀行文はこちら・・・

蛇足ながら・・・ えっ? 離団届けてなんやねん? そ〜でんがな、あれこそは「お前なんかどないなっても知らんで!」っちゅ〜旅行代理店の引導渡し。紙1枚提出するだけですけど、事故ったら仲間にも迷惑かけまっさかいビビりまんな。ところで、ツアーから離団しての豆ポタはだいたいこ〜ゆ〜ダッサダサの格好。背中のリュック(機内手荷物)も含めて衣服はほとんど入りまへんさかい、豆チャリも漕げてサッカーもやれてホテルでも失礼のない妥協策。靴やズボンが写ってまへんけどま〜なんとか一流ホテルでもお咎めなし? ほんでから、まいど喉元にツアーバッジを着けて添乗員嬢に笑われましたし、万一に備えてコンパス付きの笛をぶら下げてそこらぢゅ〜を徘徊。豆チャリのほ〜は変速なしの単ギア、黄色のボトルの中には修理工具がぎょ〜さん入ってまんねんわ。なお、終日自由行動のチャンスは帰れる宿のある連泊日に限られますけど、豆ポタの大半が好天の週末っちゅ〜よ〜な幸運は今までの人生におまへなんだ。


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